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SF作家のアキバ事件簿252 大阪から来た腐女子

作者: ヘンリィ
掲載日:2026/04/18

ある日、聖都アキバに発生した"リアルの裂け目"!

異次元人、時空海賊、科学ギャングの侵略が始まる!


秋葉原の危機に立ち上がる美アラサーのスーパーヒロイン。

ヲタクの聖地、秋葉原を逝くスーパーヒロイン達の叙事詩。


ヲトナのジュブナイル第251話「大阪から来た腐女子」。さて、今回はヲタッキーズと容姿はそっくりな"量子もつれ"4人組が登場します。


関西弁の彼女達は"母なる世界線"からコンタクトがあり、大阪での"会議"に失恋で超能力を失ったヒロインに代わり"僕"に出席するよう迫りますが…


お楽しみいただければ幸いです。

第1章 サイバーパンク


大阪。


西日本の秋葉原…日本橋にっぽんばし


表通りはメイドとインバウンドでにぎやかだが、

裏通りはネオンと電線が絡まる昭和な未来都市だ。


そこを歩く4人組。


レトロフューチャー。

昭和の頃に流行ったサイバーパンクの残骸達。


光る回路模様のロングコート。

金属プレートの肩章。


太腿まであるブーツにはLEDが走り、

歩くたびに赤や紫に点滅する。


まるで戦隊ものの女司令官の軍団だ。

ただし…


こいつらは正義の味方ではない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


4人の先頭を歩くのは…


ルナリ。

長身、巨乳。


黒いサイバーコートの襟を立て、

片目だけに赤いスカウター型バイザー。


まるで昭和アニメの悪の女王。

悪魔陣のリーダーだ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


その隣を歩くのが…


ミィナ。

No.2。


ショートカットで鋭い目。

銀色のボディスーツに電子回路が青く流れる。


腕には古いパワーグローブ。

戦うときは一番強い。


理屈屋で、ルナリとよく衝突する。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


3人目。


カナン。

細身で猫っぽい顔。


ネオンピンクのジャケット。

腰には大量のガジェットポーチ。


ハッキング、盗み、電子工作担当。

手癖が悪い。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


最後が…


リリル。

1番小さい。ツインテール。


胸元が妙に開いた改造軍服。

意外に深い胸の谷間をチラ見せ。


サイバー戦隊のマスコット担当。

口が悪い。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


その時。


「アイヤー!屋台壊れたアルよ!」


突然、路傍の果物屋台が崩れる。


リンゴ、オレンジ、ドラゴンフルーツ。

色とりどりの果物が坂になった路地を転がる。


「助けてー。ひどいアルよー!」


中華系の店主は果物を拾うのに必死だ。

その背後で…


カナンがレジスターを開けている。


「あ。やっぱり現金、入ってる」


札を抜く。

リリルがリンゴを取る。


ガブッ。


「うまっ」


ルナリが呆れた顔をする。


「アンタら、堂々とやりすぎやろ」


ミィナが肩をすくめる。


「通報されても警察、こんな路地まで来んやろ」


4人は歩き出す。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「なぁ姉ちゃん」


通りの角で声がかかる。

アジアン系の若い男。


ルナリがゆっくり振り向く。


「何?」


男がニヤつく。


「姉ちゃん、その格好ヤバいな。

 めっちゃイケてるやん」


隣の男が慌てて肩を掴む。


「やめとけって。こいつら絶対ヤバいって」


ルナリが微笑む。


「あらそう?」


男の持っていたバスケットボールを奪う。


ダン。


ダン。


そのままバウンドさせながら歩く。


「おい待てや!」


男が叫ぶ。


「返せや!俺のボールやぞ!」


リリルが振り返る。


「知らんがな」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


歩きながらミィナが言う。


「またコンタクト、来た」


ルナリはボールをつきながら答える。


「ほっとけ」


カナンが言う。


「会議の件やろ?」

「そう」


リリルは口を尖らせる。


「せっかく呼ばれてんのに断るん?」


ミィナがルナリを見る。


「これ断ったら次ないかもよ」


ルナリは止まらない。


「別にええ」


ミナが苛立つ。


「何考えてんの?

 あんた行かへんのやったらウチが行くで」


ルナリが足を止める。

ゆっくり振り向く。


ネオンが赤いバイザーに反射する。


「No.2が行ってどうすんねん」


低い声。


「ウチらは悪魔陣の4人やぞ」


カナンが空気を読んで言う。


「まあまあ」


リリルも慌てる。


「せっかく日本橋来てんのに喧嘩すんなって」


ミィナはまだ納得していない。


「みんなで行って話を聞けばええやん」


ルナリは少し笑った。


「それがワナやったら?」

「逆にチャンスかもしれへん」


沈黙。


ネオンが4人のサイバーコートを流れる。

ルナリが言った。


「私は王や」


静かな声。


「それ忘れんといて」


カナンが「うわ出た」と小声で言う。

リリルが慌てる。


「はいはい!王様王様!」


ミィナはしばらく睨んでいたが、

ため息をつき、手を差し出す。


「わかった」


握手。


「王はあんたや」


ルナリがニヤリと笑う。

そのまま肩を組む4人。


ネオン街を歩いていく。


ダン。


ダン。


バスケットボールは、まだ弾んでいる。


第2章 ブラックホール第2.5惑星


アキバ超音波天文台。


古びた会議室の一室で、市民講座が開かれている。

講師は、台長で白髪の天文学者だ。


彼はスクリーンに映る星のスペクトルを指す。


「星の寿命が尽きる時、

 ブラックホールが生まれます。

 その多くは、赤色巨星が爆発して、

 超新星となった結果です」


会場は静まり返っている。

穏やかな寝息だけが完全な沈黙を拒む。


「しかし、今回観測された現象は、

 これまでの理論では説明できません」


超音波望遠鏡が捉えたデータが映し出される。


「通常、恒星が超新星に至るまでには

 数千年の変化が必要です。

 ところが、この星は違った」


彼は少し言葉を選ぶように間を置く。


「核融合が安定して続く、

 いわば"成熟期"の星が、

何の前触れもなく爆発したのです」


スクリーンの星が白く弾ける。


「そして数百万度の熱を持つ超新星となり…」


星は急速に光を失う。


「そのまま、消滅しました」


会場の誰もが言葉を失う。


「なぜこのような爆発が起きたのか。

 原因はまだ解明されていません」


宇宙のどこかで、1つの恒星が突然崩壊する。


その星は、静かに死ぬ。

音もなく、前触れもなく。


数千万年、安定して燃え続けていた星。

核融合は正常に進んで、寿命はまだ長い。


なのに。ある瞬間、星の中心が崩れる。


核融合が暴走し、

光は一瞬で膨張し、

星は自分自身を吹き飛ばす。


超新星。


だがそれは普通の超新星ではない。

爆発の後に残るはずの星が…消える。


白い光の残像だけを残して、

星そのものが存在を失う。


天文学者たちはそれを説明できない。

データには、ただ1つの痕跡だけが残る。


音…宇宙空間では聞こえないはずの音。


超音波望遠鏡が捉えた振動は、

何かが砕けるような低く長い共鳴。


それは、世界線の断末魔だ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


講座が終わり、人々が廊下へ流れ出る。

その中で、声をかけてきたのはミユリさんだ。


メイド服。だって、ココはアキバだからね。


「テリィ様」


僕は振り向く。


「さっきのお星様のお話」


彼女は少し首を傾げた。


「なんだか悲しくないですか?」


僕は肩をすくめ、歩き去ろうとする。

ミユリさんは僕の前に回り込み、行く手を塞ぐ。


「だって」


彼女は小さく笑う。


「今までキラキラ輝いていたのに、

 急に萌え尽きちゃうなんて」


少しだけ、探るような目。


「でも、事実だし」


僕はつまらなそうに応えると、

ミユリさんはその場に立ち尽くす。


廊下の蛍光灯が静かに唸っている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


路駐のベンツ770K(グロッサーメルセデス)。ドアが、内側から開く。

背広姿の運転手が引きずり出される。


「…降りろや」


低い声。


「おい、何するんだ!」


抵抗。


だが長くは続かない。

男はあっけなく路上に転がる。


「総統のベンツやぞ!」


間。


「返せ!」


ミィナは見ない。

もう興味を失ったみたいに。


運転席に滑り込む。


ハンドルに手をかざす。


ナンバーの数字が、

ゆっくりと崩れる。


書き換わる。

男の声が遠くなる。


「誰か…警察…」


エンジン音。

そのまま、消える。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


車内。


しばらく、誰も喋らない。

カナンがアクセルを踏む。


「行くで」


短い。

それだけ。


スピードが上がる。

ネオンが流れる。


「大阪、終わりやな」


誰にともなく。


バックミラーの中で、

カナンがわずかに笑う。


「200はいける」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


後部座席。


リリルが口を開く。

少し迷ってから。


「4人で、家族だったのに」


間。誰も答えない。

少し遅れて、ミィナ。


「しゃあないやろ」


それだけ。


クラクション。

短く、強く。


「どけや」


前の車が避ける。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


リリルはまだ引かない。


「ルナリは」


言い淀む。


「あなたの姉でしょ」


間。車内の温度が、わずかに下がる。

ミィナはすぐには答えない。


ルームミラー越しに、

じっと見る。


逃げ場のない距離。


「せやな」


間。


「姉や」


さらに間。


「そして、カナンは恋人」


沈黙。

それから、ゆっくり。


「…で」


リリルを見る。


「リリルは何なん」


言葉は静かだが、

逃げ場がない。


「なんの権利あって」


ほんの少しだけ首を傾ける。


「この車、乗っとんねん」


リリルは何も言えない。

視線を落とす。


ピアスのついた唇を噛む。

外の光が、顔をかすめて流れていく。


ミィナはもう見ていない。

前を向いたまま。


「…わかったら」


間。


「余計なこと、言うな」


さらに1拍置く。


「自分の立場、考えとき」


カナンは何も言わない。

ただアクセルを踏む。


スピードが上がる。

エンジン音が低く唸る。


最後にミィナが一言だけ言う。


「黙っとき」


それで終わりだ。

あとは、音だけ。


夜の東名高速を切り裂く、

ベンツの走る音だけが残る。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


秋葉原。パーツ通り。


"タイムマシンセンター"の朝は、

やけに静かだ。


展示用の紫の光が、ホールに置かれた模型を

ぼんやり浮かせている。


奥のオフィスで館長のブディがキーボードを叩く。

止まらない。リズムもない。


ただ、打ち続けている。

画面に喰われてるみたいだ。


僕は、声をかける。


「やぁブディ」


館長はゆっくり振り向く。


「テリィたん」


少しだけ笑う。


「良いタイミングだ」


椅子を回す。目が妙に冴えている。

寝ていない者の目だ。


「朝からさ、誰かに言いたくて仕方なかった」


モニターを指で叩く。ログが並んでいる。

点滅。反復。規則性のない規則。


「動きがあった」


僕は聞く。


「大阪か」


ブディの眉が上がる。


「わかるのか?」


僕は、フランス人みたいに両肩をスボめる。


「こっちに来たって顔してるからさ」


短い沈黙。

ブディは曖昧にうなずく。


「当たりだ」


画面を拡大する。

緑の輝点が、断続的に光る。


「先週から続いてる」


一瞬、言葉を選ぶ。


「誰かが…」


やめる。

言い直す。


「"何か"が、コンタクトを取ってる」


ログが流れる。

過去。現在。繰り返し。


「記録を洗ってる。同じパターンがないか」


俺は聞く。


「ヒットは」

「ゼロさ」


間。


「こんなの初めてだよ」


キーボードを軽く叩く。

そのとき、電子音が鳴る。


ブディが腕時計を見る。


「あ、しまった」


いきなり立ち上がる。


「朝飯の時間だ!」


僕も腕時計を見る。

第3新東京電力の退職記念品。


「まだ早いだろ?」


ブディは、激しく首を振る。


「規則正しい食生活が大事だ。身体は正直だから」


僕の肩をバシバシ叩く。


「テリィたんも何か食べに行け」


僕は言いかける。


「でもさ…」


ブディはドアを指さす。


「良いから行けょ」


それで終わりだ。


僕は、オフィスの外に出される。

背後でドアが閉まる。


静かな音だ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


展示ホールに朝の光が差し込む。

僕は、ふと立ち止まる。


さっきの信号。


大阪から、こっちへ。

誰か、あるいは、何か。


考えても仕方がない。

こういうときは、だいたい考えた方が負ける。


外に出て、パーツ通りの空を見上げる。

星は、とっくにいない時間だ。


それでも。

見られている気がした。


理由はない。

ただ、そう感じた。


観測されている。


そんな言葉が、頭のどこかに引っかかる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


御屋敷(メイドカフェ)


朝のキッチンは戦場に似ている。

油の匂いと、鉄板の熱と、どうでもいい会話。


その全てが混ざり合って、世界は回っている。


ディッシュアップカウンター越しに、

メイド姿のスピアとマリレが向き合っている。


「ペパージャックチーズ、忘れないでよ」


スピアが言う。

声は軽いが、命令の形をしている。


「うるさいわね」


マリレは視線も上げない。

手は止まらない。


少しの沈黙。


「さっきミユリ姉様から連絡ょ。

 土曜の夜、ヲタッキーズは集合だって」

「その日は無理」


即答だ。

スピアの口元が、ほんの少しだけ上がる。


「やっぱりね」

「何が"やっぱり"よ」

「大事な用事、あるのょね?もぉ優しいんだから」


マリレは一瞬だけ手を止めた。

それから、何でもない顔で言う。


「ダーツ大会の決勝だけど」


目が三角になるスピア。


「あのね!その日は、私も決勝戦。

 メイドカラオケ大会。

 タイムマシンセンターの隣のステージ」

「でも。前にも聴いたし、あなたの歌」

「で、どうだった?」


審査員は残酷だ。


「幅広い音程に、自由なリズム」


スピアは、いきなりランチセットの紙袋を掴む。

雑で、しかし確実な手つきだ。


「行ってくる」

「チーズ」

「しつこい」


スピアは振り返らずに出て逝く。


ドアが閉まる音だけが、

遅れて追いかける。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ブディのオフィスは、必要以上に整っている。

整った男の部屋は、たいてい何かを隠している。


ノックもなくドアが開く。


「まいど!」


スピアだ。メイド服。


ブディは一瞬、鏡を隠す。

反射的な動作だった。


「いらっしゃい…いや、どうも」


言葉が揃わない。


「はい、マヨネーズ抜き」


袋を差し出すスピア。


「ありがとう」


ブディは万札を出す。が…

金額を確認する習慣は、スピアにはない。


あっさり万札を受け取り、すぐに踵を返す。

だが、ドアの手前でハタと立ち止まる。


「それ、チーズ入ってる?」


振り向かないまま言う。

袋を覗き込むブディ。


「…入ってないな」


短い沈黙。


スピアが振り返る。

目が冷えている。


「信じらんない」


それだけで十分だ。


「別に僕は良いけど」


ブディは肩をすくめる。


「よくない」


スピアは一蹴。


「注文はチーズ入り。

 それが食べられないのは、間違ってる」

「たかがチーズだぜ?」

「その"たかが"が私は嫌いなの」


間。


「こだわりのない人間は

 秋葉原で生きて逝く資格がないわ」


ブディは愉快そうに笑う。


「厳しいんだね」

「普通よ」


スピアは万札を差し出す。


「これは返す。御屋敷(ウチ)のミスだから」

「待ってよ」


ブディはもう1枚、万札を出す。


「せめてチップだけでも」


スピアは、あっさり受け取る。

やはり金額を見ていない。


「こんなのいいのに」


1拍置く。


「でも、ありがとう」


ブディは頷く。

何とか話の端緒をつかもうとする。


「ところで、ホルムズ海峡だけど…」


しかしスピアはもういない。

ドアは開いたまま、空気だけが残っている。


「自由に航行できると良いね」


部屋は静かで、

世界は相変わらず、何かが間違っている。


第3章 悪魔陣の4人


夜の東名高速。


疾駆するベンツ770K。

ヘッドライトの列が、黒い川のように流れる。


後部座席。リリルが口を開く。


「なぁリリル、さっきから黙っとるけど…

 どないしたん?」


カナンが前を見たまま言う。


「…会議に出るように、

 ルナリ説得するんやなかったん?」


短い沈黙。


「説得はしたで」


カナンの声は平坦だ。


「せやけど、あいつ聞かへんかった。

 せやから…最後の手ぇ打っただけや」


ミィナが割り込む。

ハンドルを握ったまま。


「せやからって、あれはやりすぎやろ」

「頑固な奴はな、消えた方が話は早いねん」


カナンは笑わない。


「うちらの方が、うまいコトいくで」


吐き捨てるように言う。

リリルが食い下がる。


「でもな、秋葉原におる

 "もう一人のルナリ"も同じやったら、

 どないすんの?」


ミィナが鼻で笑う。


「ミユリ、やろ」


ダッシュボードからミニコミ誌を引き抜く。

片手でページをめくる。


御屋敷(トラベラーズビクス)のメイド長。

 でも、今は超能力(パワー)なくしとるらしい」


1枚の写真で手を止める。


「今度は短気起こさんと、うまくやろや」


カナンが小さく頷く。


「会議には"王"が要る」


ミィナの声が低くなる。


「メイドの4人は関係あらへん。揉めてもええ。

 最悪"王"だけ連れて大阪に帰る」


2人は目を合わせる。

同じ種類の笑みだった。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


真昼のパーツ通り。

乾いた風が抜けていく。


ブルマでランニングしているエアリ。

その後ろをケッテンクラートで追う僕。


痴漢かょ。


「話がある」

「テリィたん。あとにして」


呼吸を乱さずに言う。

僕は前に出て、進路を塞ぐ。


エンジンを切る。


「エアリ。何から逃げてる」

「美容」


即答だ。


「妖精が運動かょ?階段も上がらないくせに」

「翅があるからね。でも、今は違うの」


1拍置く。


「わかった。あとで良いょ」


僕は言いかけて、やめる。

それでも1言、置く。


「ビラン」


エアリの足が止まる。

時空が、ほんの少し歪む。


振り向く。


「エアリ。お前はビランなのか」


彼女は答えない。

考える顔をしている。


化粧をしていない分、

余計にウソが下手に見える。


「ヲタッキーズはさ、特別なんだろ」


僕は続ける。


「隠し事はしないで、何でも話せょ」


沈黙。


「…ごめんね、テリィたん」


それだけ言って、エアリは走り出す。

振り返らない。


僕はその背中を見送る。

溜め息が、少し遅れて出る。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


再びベンツ770K。高速は東名から首都高へ。

秋葉原シティリミットを通過。


後部座席のリリル。


「なぁ、なんであいつら会議に呼ばれてへんの?」


ミィナが答える。


「"別の4人"の存在を知らんかったんやろ」


間。


「こんなヲタクの街に住んどったら、

 しゃーないけどな」


吐き捨てる。

バックミラーに赤色灯が映る。


「…来たで。万世橋警察や」


ミィナが車を寄せる。

カナンが低く言う。


「落ち着いてや」


ミィナは笑う。


「いつでもトーストにしたるわ」


物騒だ。覆面パトカーのドアが開く。

降り立ったのは…ラギィ警部。


無線が聞こえる。


「こちら本部。現在地を報告せよ」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ラギィが近づく。

靴音がやけに響く。


「免許証を拝見…って、エアリ?」


顔が一気に緩む。

後部座席にライトを振る。


「…あら?ティルも?」


リリルは軽く笑う。


「ちゃうちゃう。似てるだけや」


ラギィが目を細める。


「え。その格好、何?」


ミィナが即答する。


「これからコスプレパーティなんです。

 テーマはサイバーパンク」


ラギィは感心する。


「今どきレトロフューチャー狙い?

 まるで、タイムトラベラーね」


車内に一瞬、静寂が落ちる。


「ところで、このベンツは?」


ミィナは、ラギィの名札を一瞥する。


「ちょっと借りただけですょラギィ警部」


ラギィは頷く。


「いい?少し速度落として。

 今、貴女達が目立つのはよくないわ。

 いろいろあった直後だし」

「了解です警部。あんた、いつも正しいし」


ミィナは笑顔で返す。

ラギィがふと訊く。


「エアリ、テリィたんは?」


ミィナは少し考えてから答える。


「迎えに行くトコロなんですけど…

 実は、アパートの前に変な車があって。

 ちょっと怖くて」

「変な車?」

「タイムトラベラーハンターかも。

 さっきから誰かに見られてる気もして」


1拍置く。


「確認してもらえません?ね、お願い」


ラギィは少し迷ってから頷く。


「わかったわ。私が先導する」

「助かります。警部、クールですね」


ラギィは照れるように笑う。覆面パトカーに戻る。

ミィナがその背中を見て、小さく笑う。


「ちょろい」


カナンと拳を軽くぶつける。

夜の道路は、まだ続いている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


御屋敷トラベラーズビクス


カウンターの端。

僕はスマホでSFを描いている。


店の音は遠い。


コーヒーカップの触れ合う音だけが、

やけにクリアに聞こえる。


ここは僕の席だ。

勝手にそう決めている。


視線を感じる。


ミユリさんだ。

注文を取るふりをして、まっすぐこちらへ来る。


「ラストオーダーですけど、

 何かご注文は?」

「いや、何も」


スマホを閉じる。


間。


「…私、こんなの嫌です」


声が少しだけ震えている。


「どうして普通に話してくれないの?」


僕は答えない。


「私がもう推しじゃないのは良いです。

 でも…私達はヲタ友でしょ?」


1歩近づく。


「また、みんなで話したり、笑い合ったり、

 そういうの、もう戻れませんか?」


溜め息が出る。


「無理だよ、ミユリさん」


視線を外す。


「今は…どうしても」


言葉が途中で切れる。


僕は立ち上がる。

デイパックを担ぐ。


「そう…ですよね」


ミユリさんは小さく頷く。


「私は"推し変"されて当然だと思う」


1拍。


「でも、お願い。私を嫌いにはならないで」


その目を見ないまま、僕は歩き出す。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


僕がペントハウスを借りてる雑居ビルの前。

覆面パトカーが去っていく。


それを見送る、黒い人影3人組。


リリルはすでに"その辺にいそうな姉ちゃん"だ。

短パン、Tシャツ、隙のない"巨乳娘"。


ミィナがウンザリした顔で言う。


「何もあらへんな。こんなとこ、住める?」


カナンが肩をすくめる。


「想像つかんわ。テリィたんの部屋、見てみるか」


リリルに視線を送る。


「見張り、頼むで」

「はいはい」


軽く手を挙げる短パンのリリル。


カナンとミィナは窓から滑り込む。

音はしない。


スイッチを入れる。

蛍光灯が白く点く。


「…ダサ」


カナンが呟く。

クローゼットを開ける。


「見てみぃこれ。なんやねんこの服」


指でつまんで笑う。

ミィナが宇宙飛行士のGIジョンを手に取る。


「ここでは流行りなんちゃう?」


軽く叩く。


「センス終わってるけど」


引き出しを開けるミィナ。


「…あ」


小さく声を漏らす。


「なんや?」

「これ」


IDを見せる。


「"タイムマシンセンター"のパスや。

 あのチンケなトコロでバイトしとるみたいやで」


カナンが吹き出す。


「マジか。おもろすぎるやろ」


さらに探る。


「こっちは…写真やな」


1枚引き抜く。


「彼女やろ」


ミィナが覗き込む。


「どこにあったん?」

「引き出しの奥」


裏返す。


「"テリィ様へ 永遠の愛を込めて。ミユリ"

 …やって」


カナンがワザと声に出して読む。

途中から笑いが混じる。


「ミユリ?あかん、ツルペタやん」


ミィナが鼻で笑う。


「どこがええねん」

「百合して試してみる?」


軽い口調。カナンが肩をすくめる。


「手ぇ出すくらいならええけどな」


低く続ける。


「殺すなよ。計画パーになる」


そのとき。


ノック。


2人の動きが止まる。声がする。


「テリィたん?」


ドアが開く。メイドが入って来る。

エアリだ。


咄嗟に物陰に飛び込むミィナ。

視線がカナンに止まる。


「…マリレ?」


間。


「その格好、何なの?ラッパー?」


カナンは一瞬で表情を作る。


「安心して。ボディペイント」


軽く腕を見せる。


「洗えば落ちるわ」


1歩近づく。


「今の私はマリレじゃないの」

「…じゃあ何?」

「ジュリエット」


しれっと言う。


「JAZZ版のロミオとジュリエット、やるの。

 全編、関西弁ょ」


エアリが目を細める。


「それで主役に?」

「YES。そういうこと」


エアリは、感心した顔になる。


「私も昔やったわ。"真夏の夜の夢"でパック」


さらっと言う。


「カルチャーセンターのミュージカルで」

「へぇ、すごいやん」


カナンが頷く。


「ちょっと見直した?」


エアリが小さく笑う。


「でも安心した。また何かに興味持ってくれて」


1拍置く。


「問題はミユリ姉様ね」


カナンが首を傾げる。


「どないしたん?」


エアリは少し考える。


「最近、変なの。ピリピリしてて」


視線を落とす。


「セラピーも効かない」


一瞬だけカナンを見る。


「貴女の時には効いたのに」

「…そ、そやな」


カナンは曖昧に頷く。

僕のデスクに腰掛ける。


「テリィたんがいてくれたから、立ち直れたの」


エアリが続ける。


「だからね」


少し前に出る。


「今度、姉様も貴女と一緒に

 カウンセリング受けたらどうかと思うの」


カナンは、頭が真っ白になる。


「考えとくわ」


ベッドの陰。


ミィナが腹を押さえて、

声を殺し大笑いしている。


カナンもわずかに口元が緩む。


「仲直りしたいんは、ホンマや」


エアリは頷く。


「いい子ね。お願い」


軽く膝を叩く。

そのまま部屋を出ていく。


ドアが閉まる。


静寂。


ミィナが顔を出す。


「おもろすぎるやろ」


カナンは小さく息を吐く。


「秋葉原、退屈せぇへんな」


2人は大笑いする。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


パーツ通り。タイムマシンセンター。


静かな朝の空気を切り裂くように、

スピアが入ってくる。


足音は遠慮がない。

一直線にブディのオフィスへ。


ドアを開ける。


「これ、何?」


デスクに万札を叩きつける。

腰に手を当てる。完全に臨戦態勢だ。


ブディは一瞬、固まる。


「…チップだよ」


「万札で?」


スピアは眉をひそめる。


「どうして?」


ブディは少し考えてから言う。


「言わないとだめか?

 福沢諭吉は苦手なんだ。応慶は落ちたから。

 手元に来たら直ぐ誰かに渡すコトに…」


スピアは目を細める。


「…あなた、相当お金に困ってないのね」


呆れ半分、諦め半分。

ブディは肩をすくめる。


「まあね」


スピアは1歩詰める。


「何を考えてるのか知らないけど」


真っ直ぐ見る。


「私スピアは、もう売約済みなの」


空気が少しだけ変わる。


「だからこういうの、やめて」


万札を指で弾く。


「どんなに積まれても、ダメなものはダメ」


ブディは少しだけ驚いた顔をしてから、言う。


「じゃあ…一緒にランチは?」


スピアが1歩引く。


「それってデート?」

「違うってば」


即答だ。

スピアは胸に手を当てる。


「…あぁ、よかった」


ほんの少し赤くなる。

その沈黙を、ブディが埋める。


「でもさ」


言葉を慎重に選ぶ。


「次にデリバリーに来たとき、

 ココで一緒に食べないか」


スピアは絶句。


「もちろん、君の分は僕が払う」


少しだけ困った顔になる。


「でも、それだとデートっぽくなるから…」


必死に考える。


「そのときは、君の分は君が払う?」


さらに1拍置く。


「…やっぱりダメかな」


視線を逸らす。


「君とココで食べたいんだ」


静かに続ける。


「そうしたら、僕も少しは寂しくない」


スピアがふっと息を吐く。


「変わってるわね、あなた」


ブディは小さく笑う。


「自分でもそう思う」


沈黙。

そのあと、どちらからともなく笑い出す。


声は大きくない。

でも、切れることなく続く。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


御屋敷メイドカフェのバックヤード。

昼と夜の狭間みたいな時間。


使い終わったトレーの匂いと、

冷めた紅茶の気配が空気に沈む。


ミユリはパイプ椅子に腰掛けて、何も見ていない。

ただ、考えないようにしているだけだ。


そこに、靴音。

わざとらしく、軽い。


ミィナが入ってくる。

壁にもたれ、斜めに笑う。


「えらい浮かない顔しとるやん」

「…なんですって?」


振り向いた瞬間、ミユリの表情がほどける。


「やだ、エアリ…どうしたの、その関西弁」


ミィナは肩をすくめる。


「姐さんの気ぃ引こ思てな」

「そう。十分に印象的だったわ」


ミユリはため息をつく。

でも、その声は少しだけやわらかい。


ミィナは1歩近づく。


ポケットから指先でつまむように、

光るものを出す。


「なぁ、ちょっと試してみぃひん?」

「…何を?」

「ピアスや。ほら」


自分のヘソピアスを見せる。光が小さく跳ねる。

ミユリは顔をしかめる。


「やめてよ。あなた、何言ってるの?」


ミィナは笑わない。

目だけが、じっと見ている。


「テリィたんとは別れたんやろ?」


1拍置く。


「…だったら、ウチと百合でもどうや?」


空気が変わる。

ミユリの目が細くなる。


「馬鹿なこと言わないで」


声は低い。

はっきりと線を引く声だ。


ミィナは肩をすくめる。


「まぁ、冗談や」


間。


「でもな、ちょっとくらい可能性、

 あるんちゃうかって、思てもうたんや」


ミユリは即答する。


「いいえ。そんなのありえないわ。絶対に」


そのまま踵を返す。

歩き出す背中。


逃げているわけじゃない。

ただ、関わらないと決めただけだ。


ミィナは、その肩に手を置く。


止める。

そして…


キスをする。


一瞬だ。

ミユリは強く押し返す。


「離しなさい…もう、信じられない」


頬を押さえたまま、距離を取る。

怒りと、わずかな動揺が混ざっている。


「最低」


それだけ言って、早足で去っていく。

ドアが閉まる音。


バックヤードに静けさが戻る。

ミィナは舌で唇をなぞる。


「あかんか」


小さく笑う。

乾いた、音のしない笑いだ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


その夜。パーツ通りの"タイムマシンセンター"。


展示用の紫色の光は、昼間よりも深く沈んでいる。

まるで水底に沈んだ街の灯りみたいだ。


静かで、少しだけ現実から遠い。


ヲタッキーズが集まっている。

ミユリさんが中央に立ち自分の考えを言葉にする。


「ブディが追跡してる超音波は、

 星の爆発消滅と関係があると思うの」


言葉にすると、それはあまりにも遠い話だ。

遠すぎて、日常とほとんど関係がない。


「そんな宇宙の果ての話をするために

 緊急招集をかけたの?」


エアリはすぐに顔をしかめる。

疲れているときの彼女は何事も隠さない。


スピアも腕を組む。


「偶然にしては出来すぎてると思うの」


ミユリさんは続ける。

僕は結論を述べる。


「システムを再起動させる。

 コンタクトを取るべき時だと思う」


言葉は宙に浮いたまま、誰の胸にも着地しない。


僕はふと、自分が透明になっていくのを感じる。

ここにいるのに、いないみたいに。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


その様子を、上のビジターズエリアから

見下ろしている影がある。


ミィナとカナンとリリル。

手すりにもたれて、小声で話している。


「なぁカナン、ミユリって…

 ルナリみたいやと思わへん?」

「せやなぁ。ルナリよりよっぽど頑固やで、あれ。 あんなんやったら男にフラれてもしゃあないわ」

「ほんま冴えへんやつやな」


ミィナは肩をすくめる。


「しかもウチらの正体、ヲタクにバラしとるしな」

「救いようないで」


3人は同時に小さく笑う。

乾いた笑いだ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


そのとき、扉が開く。


「遅くなっちゃった。ごめーん」


スピアが入ってくる。

息を少しだけ切らしている。


「前の子のステージ、20分も押しちゃって」


サイバーパンクの3人に気づいた瞬間、

彼女は目を丸くして、それから笑い出す。


「なにこれ。今日サイバーパンクしばりだっけ?

 ハロウィンの予行演習?それとも取材?」


軽い冗談だ。


でも、その視線がフロアに落ちたとき、

彼女の表情は止まる。


真剣な顔で話し合っている僕たち。

空気が重くなる。


スピアは小さく息を呑む。


「…ごめん、今のなし」


誰にともなく言って、

そのまま踵を返し、階段を駆け降りる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「スピア、遅刻だぞ」


僕が言う。


「へいへい」


彼女は手を上げる。

その時だ。


「こっちやで」


声が落ちてくる。

ミィナだ。


階上から、ゆっくりと姿を現す。

ニヤニヤと笑いながら、階段を降りてくる。


その動きは妙に滑らかで、

現実よりも1拍だけ遅れているみたいだ。


それぞれが"それぞれ"の前に立つ。

僕とスピアの前には誰もいない。


マリレがリリルを見て、溜め息をつく。


「ちょっと貴女、キモいんですけど」

「直球やなぁ」


ミィナが笑う。

僕は言う。


「君たちは何者だ?」


ミィナは一歩前に出て、軽く首を傾げる。


「あんたらの"量子もつれ"や」


エアリが眉をひそめる。


「どういう意味よ、それ」

「気を許しちゃダメょエアリ。

 また"頭巾ズ"が化けてるのかもしれないわ」


ミィナは両手を広げる。


「まぁ疑う気持ちはわかるわ。  

 いきなりやもんな」


少しだけ間を置く。


「せやけど、まず話聞いてくれへん?」


エアリが僕を見る。


「この人たち、誰?」

「…君達の"量子もつれ"の4人だってさ」


僕が言うと、ミィナの目がわずかに揺れる。


「知っとったん?」

「つい最近ね。

 でも、顔まで同じとは思わなかった」

「ウチらもや。振動体が8対あるっちゅう話しか、

 知らんかった」


場の空気が少しだけ静かになる。

ミィナは続ける。


「ウチら、大阪の日本橋(にっぽんばし)から来たんや」

日本橋(にっぽんばし)?西日本の秋葉原ね」


ミユリさんが口を挟む。


「でも3人しかいないじゃない」


ミィナは頭を掻く。


「最初は4人やったんやけどな。1人、死んだ」


リリルが小さく言う。


「ルナリっていうの」


僕は名乗る。


「僕はテリィだ」


ミィナは頷く。


「ミィナや」


手を差し出す。

僕はそれを握る。


温度がある。

エアリが訊ねる。


「ルナリはどうして死んだの?」


ミィナは少しだけ空を見た。


「つまらん事故や」


軽く言う。


「交通事故やて。あんな力持っとったのに、な」


歌うみたいに、淡々と。

そのあと、ミィナは僕だけを見た。


「ちょっとええか」


僕は、うなずく。


2人でフロアの隅に移動する。

光の届かない場所だ。


向かい合う。


「ウチらな、コンタクト受けたんや」

「コンタクト?」

「せや。"母なる世界線"からのシグナルや。

 "会議"に出ろって」


僕は言葉を失う。


「"母なる世界線"?」

(いにしえ)の3つの太陽や。それぞれに王家がおる。

 その王家が集まって"会議"するんや」


少しだけ間。


「ほんで本来はルナリが出るはずやった」


彼女は僕をまっすぐ見る。


「せやけど、あいつもうおらん」


静かに語る。


「せやから…あんた、代わりに出てくれへん?」

「僕が?」

「今となったら、あんたしかおらへん」


僕は息を吐く。


「なぜ君たちにだけコンタクトが?」


ミィナは肩をすくめる。


「知らんねん。ただな…

 生命の樹が2本あったんは知っとる」

「2本?じゃ普通、もう1本は知恵の樹だろ」

「ちゃう。最初の1本が完全やなかったからや」


僕は彼女を見る。


「君たちは欠陥なのか?」


ミィナは小さく笑う。


「逆や」


少しだけ顔を近づける。


「欠陥なんは、あんたのメイド達や。

 所詮あんたにフラれるようなメイドやからな」


悪かったな。


「母なる世界線はな、今、宇宙戦争の最中なんや」


静かに続ける。


「生命の樹はウチらが生き残る最後の保険やった」


1拍置く。


「チャンスは1つより2つの方がええやろ?」


僕は何も言えない。

ミィナは視線を落とす。


「ルナリとはな…姉妹以上やった」


拳を軽く握る。


「ウチにとって、あいつは目標やったんや」


そのまま拳で自分の掌を叩く。

乾いた音が、小さく響く。


「それが…あんなふうに、いきなりや」


彼女は微かに笑う。

でもその笑いは、どこにも届かない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


僕たちを待つあいだ、

フロアの端でエアリとリリルが向かい合う。


人の気配はあるのに、そこだけ少し温度が違う。


「ねぇ…ミィナってビランの愛称なの?」


エアリの言葉に、リリルはほんの少し目を細める。


「ええ。そうよ。ビランの愛称」


1拍置く。


「…ビラン、知ってるの?」


エアリは視線を外す。


「話を聞いたわ」

「どこまで?」

「あなたは?」


問いがそのまま跳ね返る。


リリルは少しだけ笑う。

でもそれは笑いというより、形だけのものだ。


ゆっくりと顔を近づける。

声が落ちる。


「家族を裏切って…みんなを死なせた」


空気がわずかに揺れる。


「その話をね、自分ひとりで抱えてるの、

 ちょっとしんどくて」


エアリは小さく頷く。


「わかるわ」


ほんの短い言葉だったが、

そこには時間が詰まっている。


リリルはエアリを見つめる。


「テリィたんには?」


間。


「あんなに仲良さそうなのに」


エアリは少し考えてから答える。


「…話したかったわ」


正直な声だ。


「でもね、自分でも信じたくないことって

 あるでしょ?」


リリルは黙っている。


「言葉にした瞬間に、

 全部ほんとうになってしまう気がして」


エアリは指先で自分の袖をつまむ。


「だから、言えなかった」


リリルは静かに頷く。


「そうね」


そして、少しだけ肩の力を抜く。


「大丈夫。これは―」


小さく息を吸う。


「2人の秘密にしておきましょう」


そのときだ。


「はいはい、おふたりさん」


場違いなくらい明るい声が割り込む。

スピアだ。


トレーを片手に、いつもの調子で近づいてくる。


「冷たいジュースでもいかがですか?」


一瞬、空気が止まる。

エアリは顔も見ずに手を振る。


「…あっち行って」


リリルも肩をすくめる。


「百合で3Pとか、そんなんちゃうし」

「ひどくない?」


スピアは笑う。

でもその笑いで、ほんの少しだけ距離を測る。


「はいはい、邪魔者は退散しますよっと」


軽く手を上げて、くるりと背を向ける。

そのまま、別の光の中へ消えていく。


あとには、さっきまでと同じ静けさが戻る。


ただ、少しだけ…

秘密の重さが、形を変えてそこに残る。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


僕はミィナに訊く。


「宇宙戦争のことすら、僕たちは知らないんだ」


ミィナはすぐには答えない。

少しだけ視線を落として、それから静かに語る。


「原因はな、あの魔方陣の4人や」


言葉は軽いのに、意味は重い。


「あいつらを再生させるために、

 秋葉原に送り込んだ。それが始まりや」


間。


「それ以来、母なる世界線は

 ずっと戦争状態やねん」


僕は息を吐く。


話が遠すぎて、現実感が追いつかない。

それでも、どこかで確かに繋がっている。


ミィナは、1歩だけ近づく。


「テリィたん。あんたはルナリやない」


はっきりと言う。


「でもな、代わりにはなれる」


その目は、冗談を許さない種類の光を持っている。


「ルナリの遺志や」


小さく、しかし確実に言い切る。


「これはな、

 "母なる世界線"を平和に導くチャンスなんや」


僕は首を振る。


「ルナリの"もつれ"は、

 ミユリさんだろう。僕じゃない」


ミィナは少しだけ笑う。

同情でも嘲笑でもない。


ただの事実としての笑いだ。


「理由は知らん」


肩をすくめる。


「でもな、あの子はもう超能力(パワー)を失っとる」


1拍置く。


「力のないスーパーヒロインなんてな、

 ただの…」


言葉を選ばずに続ける。


「自意識過剰な腐女子や」


僕は何も言えない。

ミィナは視線を外さない。


「大丈夫や」


柔らかくなる。


「ウチがついて行ったる」


ほんの少しだけ、距離が縮まる。


「テリィたんこそが、会議の要なんや」


静かに、しかし逃げ場を塞ぐように。


「あんたが来ぉへんかったら、

 会議も成立せぇへん。平和も来ぇへん」


言葉がゆっくりと積み上がっていく。


「何百万人も死ぬかもしれへん」


その重さが、ようやく現実に触れる。

ミィナは息を整える。


「せやから…」


わずかに声を落とす。


「ルナリの代わり、やってくれへんか」


間。


「来るって、言うて」


その言葉は、頼みというよりも、

未来そのものを差し出しているように聞こえる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


"彼等はもう来た"


そう書かれたサインボードの下、

マリレはひとりベンチに座っている。


何かを待っているというより、

ただそこにいる、という感じだった。


やがてドアが開く。


オフィスから僕とミィナが、

それぞれ別の出口から出てくる。


同じ場所に向かって歩くのに、

どこか別々の線路を歩いているみたいだ。


「全員、揃ったな」


誰かが言う。


「あっちもね」


短い返事。

視線が交差する。


4 vs 3。


数の問題じゃないのに、

その差だけが妙にくっきりと見える。


エアリが僕の耳元に顔を寄せる。


「何の話だったの?」

「日本橋へ行って"会議"に出ろって」

「マジで?」


少しだけ間。


「招かれたの、テリィたんだけ?」


僕は肩をすくめる。


「断ったよ」


エアリは何も言わない。

ただ、ほんのわずかに息を吐く。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


その少し離れた場所で、

関西弁の3人も輪になっている。


ミィナが腕を組んでいる。


「ちょっと仕掛けがいるな」


小さく言う。


「ルナリと同じや。頑固やで、あいつ」


カナンが即座に返す。


「時間ないわよ」


ミィナは首を振る。


「せやけど、手ぇ出したらあかん」


目だけが笑っていない。


「ウチに任せとき」


カナンは舌打ちする。


「ルナリのとき失敗したやん。

 あとで私を担ぎ出す気なら、やめてよ」


言葉の端が鋭い。


「テリィたんを会議に出さんかったら…」


1拍置く。


「うちら、秋葉原から一生出られへんのやで」


その言葉は冗談みたいに軽く、

でも重さだけは消えない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


夜がほどけていく。


小鳥の声がして、

朝日がパーツ通りのアスファルトを薄く照らす。


"タイムマシンセンター"の中は、

まだ夜の続きを引きずっている。


スピアの声が響く。


「つまりこういうことなの?」


ミユリの前に立つ。


「バックヤードでミィナにキスされたの、

 ずっと黙ってたわけ?」


ミユリは首を振る。


「違うわ。言おうとしたの。

 でも、話せなかった」


スピアは眉をひそめる。


「カナンが舌入れてきたくらい、 

 どうでもいいって?」


その言葉には、妙に現実的な怒りが混ざる。


ミユリは一瞬だけ言葉を失い、

それから必死に探す。


「スピア…違うの。彼女はマリレじゃないの」

「でも、そのときはそう思ってたんでしょ?」


逃げ場がなくなる。


「いい加減にして」


ミユリの声が少しだけ強くなる。

そして、すぐにほどける。


「ごめんなさい」


小さく息を吸う。


「でも…聞いてほしいの」


スピアは腕を組んだまま動かない。


「私とカレルのこと、覚えてるでしょ?」


ミユリは言う。


「…あれ、ウソなの」


空気が止まる。


「でも、それをテリィ様には言えない」

「なんで?」

「それは…」


言葉が途切れる。


「あなたにも、話せない」


自分で言って、少しだけ笑う。


「なんだか、私…馬鹿みたいね」


その笑いは、どこにも着地しなかった。

スピアは1歩も動かない。


「何が言いたいのか、さっぱりわからないわ」


静かに、そして容赦なく言う。

それで会話は終わる。


朝の光が、少しだけ強くなる。


誰も納得していないまま、

それでも時間だけが、前に進んでいく。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


"タイムマシンセンター"の朝は、音で始まる。


規則正しい足音だ。ためらいがない。

目的地を知っている人間の歩き方。


「7時半だ」


僕はつぶやく。


隣で雑魚寝してるティルの腕時計をちらりと見る。

秒針がきちんと世界を刻んでいる。


その視線に気づいたのか、

ティルはゆっくりと目を開ける。


そして、わざとらしく伸びをして、

胸元の布地をほんの少しだけずらす。


「もう朝なの?」


僕は答えない。そういう問いには、

答えないほうが良い場合もある。


ドアが開く。


館長…ブディが入って来る。


その瞬間、空気が一段階引き締まる。

見えない何かが、部屋の中を一周したみたいに。


ミィナたち3人が、反射的に手を構える。

念力線の発射姿勢だ。ためらいもない。


「よせ」


僕は低く制する。


「僕のボスだ。隠れてくれ」


3人は一瞬だけ僕を見る。

それから、無言で手を下ろす。


影のほうへ溶けるように散る。

存在感だけが残る。


ブディはすでに気づいている。

あるいは、最初から疑っていたのかもしれない。


「何をしてるんだ」


声は平坦だったが、温度は低い。


「おはよう、館長」


僕はできるだけ普通に応える。


ブディは部屋を見回す。床、ソファ、空気の歪み。全部をひとつずつ確認するみたいに。


「みんなで夜通しパーティか?」


間を置く。


「それならそうと、館長の僕に断れ」


その言い方には、少しだけ本音が混じっている。

冗談の顔をした管理欲だ。


そのとき、カナンが姿を現す。


音もなく歩いてきて、マリレの横に立つ。

まるで当たり前のように。


ブディの目がわずかに細くなる。


「君は誰だ?」

「双子の姉のボブ子」


1拍も置かズ答える。


「双子の姉妹がいたのか」

「大阪の日本橋にね」


ブディはうなずく。納得したわけではない。

ただ、話を先に進めることを選んだだけだ。


「どうりで…モヒカン入ってる」


視線がカナンの頭から、部屋全体へと滑る。


「で、一体ここで何をしていた?」


怒りはまだ表面に出ていない。

ただ、そこにあるのは確かだった。


その空気を、別の温度が切り裂く。


「おはよう」


スピアが現れる。


メイド服のまま、何事もなかったように。

いや、むしろ何かを狙っている顔で。


ブディの姿勢が一瞬で変わる。


「あ、やあ…おはよう」


さっきまでの鋭さは、どこかへ消えている。

別のヤル機スイッチに切り替わる。


「あなたとのランチの約束なんだけど」


スピアは一歩近づく。


「代わりに朝食を一緒に食べるのはどうかしら」


言いながら、自然な動作で腕を絡める。

計算されていないふりをした、完璧な距離感。


ブディは完全に無防備になる。


「ああ、もちろん…いいとも」


それから、僕たちのほうを振り返る。


「みんな、好きなだけいていいぞ」


さっきまでの館長は消えた。

別の誰かがそこにいる。


彼はそのまま階段を上がっていく。足取りは軽い。さっきと同じ人間とは思えないくらいに。


背中が見えなくなってから、

カナンが小さく言う。


「あいつ、殺してほしいの?」


エアリは肩をすくめる。


「そのうち頼むわ」


軽い調子だ。

冗談にも聞こえるし、本気にも聞こえる。


この街では、その違いはあまり重要じゃない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


御屋敷(メイドカフェ)の朝。


陽の光は、どこか嘘っぽい。

ボックス席に、それは均等に降る。


焼きたてのパン。

スクランブルエッグ。

規格通りのサラダ。


世界は一見、きちんと整っている。

その正確さの中で、ブディだけが浮いている。


背筋が妙に伸びてる。フォークの持ち方も固い。

誰かに見られることを意識している人間みたいに。


向かいのスピアは、まったく違う。

肩の力が抜けている。


けれど視線だけは、必要なところを外さない。


「き、君は神を信じる?」


ブディは、少し噛む。

スピアは1拍置いて、パンをちぎる。


「朝からずいぶん重い話題ね」


軽く笑う。空気を柔らかくするための笑いだ。


「別にいいわ。私は…まぁ信じてる方かも」


ジャムを塗る。


「あなたは?」


ブディは少し考えたふりをする。

実際には、ずっと考えていたのだろう。


「今だって信じてると思うよ」


オレンジジュースに視線を落とす。


「神がいるとしか思えないような、

 不思議なことが多いしね」


スピアは顔を上げる。


「例えば?」


その一言で、会話の重さが少しだけ増す。


ブディは身を乗り出す。

その距離の詰め方は、少しだけ不自然だ。


「時間旅行者はいると思う?」


スピアは間を置かずに言う。


「私の彼女がそうよ、なんてね」


肩をすくめる。


「冗談」


ブディは笑わない。


「僕は信じるよ」


その声は静かだ。


「以前に、ちょっとした経験があるんだ」


スピアは興味なさそうにナイフを置く。

でも、その手の動きは正確すぎた。


「時間旅行者に誘拐されたのよね、貴方」


ブディの手が止まる。


「なぜ知ってる?」


一瞬だけ、別の顔になる。


「テリィたんがしゃべったのか?」

「いいえ、違うわ」


スピアはあっさり否定する。


「実はあなたの経歴、調べたの」


フォークで卵をすくう。


「だってハンサムだし、お金持ちだし」


少し笑う。


「"タイムマシンセンター"を買収したでしょ。

 それで好奇心が働いちゃったってワケ」


ブディは何も言わない。


「ネットで調べたら」


スピアは顔を上げる。


「変人だってわかったわ」


軽く笑う。


ブディも、少し遅れて笑う。


「僕は、また誘拐されるかもしれない」


その言葉は、冗談には聞こえない。


「なんで?」


スピアはあくまで軽く返す。


「予兆があるんだ」


ブディはフォークを置く。


「記憶が突然途切れたり、

 変な夢を見るのに覚えてなかったり」


少しだけ視線が遠くなる。


「前と、まったく同じなんだ」


間。


「だからもし僕が、何日か姿を消したら」


グラスに手を伸ばす。


「さらわれたと思ってくれ」


オレンジジュースを1口飲む。

甘さを確かめるみたいに。


スピアはうなずく。


「わかったわ」


短い返事だ。

ブディは眉をひそめる。


「それだけかよ?」


少しだけ笑う。


「普通はさ、そんなはずないって言うだろ」


スピアはナプキンで口元を軽く押さえる。


「そう?」


それから、ほんの少しだけ身を乗り出す。


「でも1つだけ言えることがあるわ」


視線がまっすぐになる。


「秋葉原にいれば」


間。


「何でもありってことよ」


ブディはしばらく何も言わなかった。

それから、ゆっくりと頷く。


「そうだな」


そして、少しだけ楽しそうに笑う。

オレンジジュースは、最初より甘く感じられる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


カナンが、窓の外を見たまま言う。


「あいつ、考え変えへんわ」


短く、断定する声だった。

ミィナは腕を組んだまま動かない。


「無理でも大阪に来てもらう」


言葉に迷いはなかった。

リリルが顔をしかめる。


「それ、どういう意味なん?」


ミィナはゆっくりと視線を向ける。


「知りたい?」


一瞬の沈黙。

リリルは首を振る。


「うちは協力せぇへん」


椅子が鳴る。立ち上がる動きは、 

思ったよりも大きな音を立てる。


サイバーパンクで短パンにへそ出し。


似合っていないわけじゃない。

ただ、場には合っていない。


そのまま背を向けて歩いていく。

カナンが小さく息をつく。


「リリルのやつ、ほんま扱いにくいな」


ミィナは肩をすくめる。


「大丈夫や」


ほんの少しだけ笑う。


「テリィたんは、必ず来る」


間。


「うちに任せとき」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ペントハウスは、朝と夜の境目みたいな場所だ。


僕は窓際で、ぬるくなりかけた、

食物繊維ドリンクを飲む。


音もなく、窓が開く。


振り向くより先に、気配でわかる。

ミィナだ。


ビルの屋上を伝ってきたのか、

それとも、ただ飛んできただけなのか。


どちらでも不思議じゃない。

僕は立ち上がる。


「何しに来たんだ」


ミィナは部屋の中を見渡す。


「話があるの」


僕はすぐに窓を閉める。


「見られたらどうする。軽率だぞ」


ミィナは気にした様子もない。


「本当なら、ルナリに話すべきやったんやけど」


少しだけ言葉を選ぶ。


「おらんから。あんたが聞いて」


視線がまっすぐになる。


「このままやと、しんどいねん」


僕はベッドの方を顎で示した。


「どんな話だ」


ミィナは腰を下ろす。

少し遅れて、僕も隣に座る。


距離は近すぎず、遠すぎず。


「謝りたいんよ」

「どうして」


ミィナは、少しだけ笑う。

自分を馬鹿にするみたいな笑いだった。


「裏切ったからや」


間。


「誰かのためなら、

 何でもしてまうくらいの恋って…

 あるやろ?」


僕は小さく頷く。

ミィナは視線を落とす。


「昔、ビランは」


一瞬だけ言い淀む。


「つまり、うちとエアリは」


呼吸を整える。


「ギパァっていう、アホやけど、

 顔だけええ(イケメン)に惚れてしもてな」


部屋の空気が少し冷える。


「あんたを売ったんよ」


言葉は静かだ。


「そのせいで、みんな死んだ」


沈黙。


「ビランの裏切りで、イザベルも」


僕は首を振る。


「でも君はビランじゃない。エアリだって違う」


ミィナはゆっくり顔を上げる。


「厳密にはな」


わずかに笑う。


「でもな、うちらの中には"それ"がおる」


胸元を指で軽く叩く。


「悪魔みたいなんが」


間。


「エアリの中にも、おるで」


僕はすぐに言う。


「エアリは裏切らない」


少しだけ間を置く。


「彼女は僕の大切な…だ」


ミィナが目を丸くする。


「え、セフレなん?」


一瞬、空気がズレる。大声出すな。


「いや、そこはええわ」


自分で首を振る。


「とにかくな」


少しだけ声が柔らかくなる。


「ルナリには言えへんかった」


視線が遠くなる。


「でも、あんたとエアリは違うやろ」


小さく笑う。


「なんでも話せる関係って、ええよな」


沈黙。


「うちらは、ちゃうかった」


拳を軽く握る。


「今でも、後悔してる」


部屋の中には、ドリンクの甘い匂いだけが

漂っている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


パーツ通り。


夕方の光は、どこかで濾過されたみたいに鈍く、

壁の表面にだけ静かに残っている。


僕はその壁にもたれてエアリを待っている。


「嘘ついてたな」


エアリは足を止めた。

靴底がアスファルトに吸い付くような音を立てる。


「テリィたん? どういうこと?」

「とぼけるな」


彼女は目を見開く。


その仕草は、ほんの少しだけ遅れて、

現実に追いつく人間のそれだった。


「お前は裏切ったんだ。

 ミユリさんを、家族を、世界線のみんなを」

「その話、ミィナから聞いたの?」

「ミィナは僕のところに来て謝った。

 だから余計に、エアリの口から聞きたかった。

 ヲタッキーズであるエアリから」


エアリは小さく息を吐く。

諦めに似た、でも、どこか軽くなったような呼吸。


「やめて、テリィたん。もういい。

 むしろ、ほっとしたわ。

 これでやっと、あなたに怯えなくて済む」


その言葉は柔らかいのに、骨のように硬く鋭い。


「僕は信じてたのに」

「私は何もしてないわ。

 別の世界線の誰かが何かをしただけ。

 この世界線の私とは無関係よ。

 そんなことで責められる理由はない」

「関係がないなら、どうして言わなかった」


彼女は振り返る。その顔には怒りというより、

長い時間をかけて積み上げた何かが滲んでいる。


「あなたの顔色を伺って生きるのは、

 もう終わりにしたいの。私には私の人生がある」

「僕は責めてない」

「嘘ばっかり。あなたはいつも指図する。

 思い通りにならないと怒る。

 私はあなたの所有物じゃない」


その言葉は、どこか遠くから届いたように感じる。

その中で聞く声みたいに、少し歪んでいる。


エアリは背を向けて歩き出そうとする。


「お前は、そんな風に思っていたのか」


自分の声が、やけに乾いている。

彼女はもう一度だけ振り向く。


「知らなかったの? あなたが考えているのは、

 いつも自分のことだけ。自分とミユリ姉様だけ。 他のメイドの気持ちなんて、どうでも良いのよ」


僕はその言葉の重さを測りかねる。

どこからどこまでが本当なのか、

うまく切り分けられない。


「あなたは、自分のことしか考えない。

 ただのワガママで味覚5才児なヲ子ちゃまよ」


僕は無意識に彼女の腕をつかむ。

体温が現実を引き戻す。


「放して」


後ろからマリレがその手を引く。


「やめて、テリィたん」

「僕は大阪へ行く」


その言葉は、どこかで既に決められていたように、

自然に飛び出す。


「馬鹿なこと言わないで」

「マリレ、お前も反対するなら、

 僕は余計に行く気になった」

「なにそれ…もう勝手にして」


僕は角を曲がる。振り返らない。

いや、振り返る理由が、うまく見つからない。


「何がなんだかわからないわ」


エアリはその場に崩れ落ちる。

マリレが静かに抱き寄せる。


「大丈夫。うまくいくわ」


しばらくして、エアリは顔を上げる。

その表情は、さっきまでのそれとは少し違う。


「当然よ。私の立てた計画だもの」


その声は、まるで別の誰かみたいに滑らかだ。

街灯の下に、突然ミィナとカナンが現れる。


さっきまでメイド服だった2人は、

サイバーパンクなコスプレに変わっている。


「アンタ、ほんまええ仕事してくれたわ。

 最高やでミィナ」


「ここまで綺麗にハマるとはなぁ。

 ウチ、ちょっと鳥肌立ったわ」


2人は肩を寄せて笑う。その笑いは軽いのに、

どこか計算が透けて見える。


「ほな、段取り通りや。今夜、大阪入りやで」

「せやな。あいつ、まんまと1人で

 動きよったしな。扱いやすいわぁ」


ミィナがくくっと喉で笑う。


「ほんま、真面目いうんか単純いうんか…

 可愛ええとこあるやん?」

「せやけどな、ああいうタイプが

 1番よう萌えるねん。火ぃつけたら一気やで」


カナンが指先で空をなぞる。

見えない線を引くみたいに。


「なぁ、この格好…いつまで着とくん?」

「もうええやろ、こんなん。

 うっとうしゅうてしゃあないわ」

「せやろ?ウチもさっさと脱ぎ捨てたいわ。

 もっと身軽なほうが動きやすいしなぁ」


ミィナがにやっと笑う。


「結局そこやろ。アンタ、ほんま分かりやすいわ」

「ミィナもや。人のこと言われへんで?」


一瞬だけ、2人の視線がぶつかる。

冗談みたいでいて、探り合いみたいでもある。


「ほな、行こか。夜はこれからや」

「せやせや。遊びも仕事も、本番はここからやで」


2人は、肩を並べ軽やかに歩き出す。

笑い声が、パーツ通りの闇に吸い込まれていく。


第4章 旅立ちの朝


メイド長オフィスは、夜になると、

少しだけ広く感じられる。


ミユリさんはベッドに横になり、天井ではなく、

その少し手前にある何かを見ている。


指先には、小さなプリクラ。


そこには、笑ってる僕と少し照れてる彼女がいる。

溜め息をひとつ落とす。


そのとき、窓が軽く叩かれた。


乾いた音だ。都会で見る夢の続きみたいな。

顔を上げる。ガラスの向こうに、僕。


一瞬で、表情がほどける。

信じるより先に、身体が反応する。


彼女は急いで起き上がり、

ほとんど音を立てずに窓へ向かう。


カーテンが肩に触れて、

少しだけ揺れる。


窓を開ける。


「テリィ様」


僕は何も言わず、そのまま部屋に入る。

外の空気を少しだけ連れて。


ミユリさんは僕を見上げている。

期待と不安が、同じ場所に同時にある顔だ。


「君は、僕と友達でいたいって言ったよね」


僕はゆっくり言葉を選ぶ。

間違えないように、というより、戻れないように。


「だから考えたんだ」


短い沈黙。


「でも無理だ。君とは友達になれない」


彼女のまばたきが、1度だけ遅れる。


「僕はまだ、君のことを推してる。忘れられない」


その言葉は、思ったよりも静かに床に落ちる。

重さはあるのに、音はほとんどしない。


ミユリさんの顔に、いくつもの表情が通り過ぎる。

喜びか、戸惑いか、それとも諦めか。


どれも途中で止まり切らずに

次々に推し流されて逝く。


「だから、けじめをつけたいんだ」


僕はポケットからそれを取り出した。

小さな金属の感触。


彼女は受け取る。

視線を落とす。


"T&M always(永遠に)


刻まれた文字をなぞるように、

細い指がわずかに動く。


「それはクリスマスに、私が」

「うん」


僕はうなずく。


「でも、返すよ」


彼女は顔を上げる。

その視線には、少しだけ温度がある。


「僕は大阪へ行く。ミィナやカナンと。

 ティルを連れていく。"会議"に出るンだ」


言葉が届くまでに、ほんのわずか時間がかかる。


「戻ってくるの?アキバに」

「わからない」


正直に答える。

未来は、まだどの世界線にも固定されていない。


僕は窓の方へ向かう。


「待って」


その声は小さかったけれど、はっきり届く。


「テリィ様がいらっしゃらない間に

 "時空トンネル"のことが問題になるはずよ。

 あの力は、危険だわ。使い方を間違えたら」


僕は振り返る。


「どういうことだ? なんでミユリさんが、

 超古代の科学センター遺跡のコトにこだわる?」


彼女は一瞬、言葉を失う。

浅い呼吸だけが、部屋に残る。


「それは」


言いかけて、止まる。


両目をきゅっと閉じる。

まるで何かを内側に推し止めるみたいに。


「説明できないんです。でも」


ゆっくり目を開ける。


「お願いです。テリィ様。私を信じて」


その言葉は、さっきよりもずっと静かだ。

でも、どこか切実だ。


僕は少しだけ考える、

ほんの一瞬だ。それで十分だから。


「もうミユリさんを信じられない」


自分の声が、遠くに聞こえる。


僕は、窓を越えて外に出る。

外気は、さっきよりも冷えている。


背後で、しばらく何も起きない。


それから、窓が閉まる音。

きちんとした、迷いのない音がする。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


部屋の中では、ミユリさんはしばらく動かない。

手の中のスキットルが、冷たくなって逝く。


彼女はゆっくりと息を吐く。


その音は、誰にも聞かれない場所に落ちる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ベンツ770Kの前に、3人が立っている。

夜の空気は、何処か金属の匂いがする。


やがて、僕がティルを連れ姿を現す。


言葉は交わさない。

ただ1度だけ、視線を合わせて、うなずく。


ミィナとカナンは、

すでに勝ちを拾ったみたいな顔だ。


サイバーパンクの光が、

頬の輪郭を不自然に切り取っている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


記憶は、雨の中でしか再生されない。


夜の日本橋。

空から降っているのは、酸性雨というより、

細かく砕けた何かだ。


ネオンに触れるたび、色を変えながら落ちてくる。


4人で歩いている。

靴底が、水と油の混じった路面に張りつく。


ミィナが拾ったバスケットボールを転がす。

それは不規則に弾みながら、暗い路地へ転がる。


「待ってや、それウチのやで」


カナンが笑う。

笑いながらも、目は笑っていない。


ルナリがそれを拾いに行こうとする。


「おい、行くなや」


ミィナが言うより早く、足が出ている。

鈍い音。


ルナリの身体が前に崩れる。


「ミィナ、やめぇや!」


リリルの声が、雨に切り裂かれる。


遠くでエンジン音が膨らむ。

振り返る間もなく、光が迫る。


「ブレーキ…効いてへんやろ、あれ」


カナンが、どこか他人事みたいに言う。

すべてが速すぎて、でもやけにゆっくり見える。


光。音。雨。

そして、何かが途切れる感覚。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「狭いわね」


リリルが低い声で言う。


「私は、とても乗れないわね」

「何言うてんの、今さら」


ミィナが肩をすくめる。


「ウチら、もう後戻りできへんとこまで

 来とんねんで?」

「私は残るわ」


その言葉は、妙にまっすぐだ。


「はぁ?アホちゃう?」


カナンが鼻で笑う。


「こんなヲタクの街に、何があんねん」

「つべこべ言わんと、はよ乗りぃや」


ミィナも被せる。


「時間、あらへんねんで」


リリルは何も言わず、くるりと背を向ける。

そのまま歩き出す。


ヒールの音だけが、やけに乾いて響く。


「おい、待てや!」


ミィナが追いかける。


「乗れ言うてるやろが!」


「何?」


リリルが振り返る。


「私も殺す?」


その声は静かで、恐怖を伴う。


「はぁ?何言うてんねん」


ミィナの眉がわずかに動く。

そこに僕が割って入る。


「やめろ。何を揉めてる」


空気が一瞬だけ止まる。

ミィナはすぐに、愛想の良い笑顔を作る。


「殺すわけないやん。そんなん」


肩をすくめる。


「残りたかったら、残ればええやん。

 秋葉原で。好きにしたらええ」


リリルは何も返さない。

そのまま歩き去る。


振り返らない。

その背中だけが、少しだけ遠くなる。


「ほな、行こか」


ミィナが手を叩くみたいに言う。


「大阪、待っとるで」


カナンが笑う。


「派手にいこや。ここからが本番やろ」


ミィナが僕の背中を、軽く叩く。

軽いのに、やけに響く。


僕は唇を噛む。

そのまま、車に乗り込む。


エンジンが低く唸る。

古いベンツは、意思を持っているみたいに震える。


「ほな、出すで」


ミィナがハンドルを握る。


「しっかり掴まっときや。振り落とされんで?」


カナンが笑う。


音楽が鳴り出す。ロックンロール。

少し古くて、でもヤタラとしつこい。


ライトが跳ね上がる。

夜を切り裂くみたいに。


ベンツ770Kは急発進する。


パーツ通りのネオンが、線になって流れる。

誰も、何も言わない。


ただ、どこかへ向かっている。

それだけが、はっきりしている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


夜の秋葉原は、何も覚えていないふりをする。

でも、全てを記憶している。



To Be Continued

今回は、海外ドラマによく登場する"秘密会議"をテーマに、失恋で超能力を失ったヒロインに代わり、別の世界線では妻だったらしい巨乳エスパーと大阪に赴く物語です。


SF映画の巨塔"ブレードランナー"の酸性雨が降る夜の大阪をイメージしながら、新たに登場させたサイバーパンクスの関西弁に苦労しながら描きました。


大阪の日本橋、秋葉原のように、今ではインバウンドで溢れかえっているのでしょうか。


海外ドラマでよく舞台となるニューヨークの街並みを、すっかり中華系の色が抜けた秋葉原に当てはめて展開してみました。


秋葉原を訪れる全ての人類が幸せになりますように。

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