王妃&宮廷魔法使い
シルアレク殿下と共に、王宮に入る。
ごく偶に、仕事の関連で王宮に顔を出す機会があるけど、基本立ち入る機会のない場所なので、やはり緊張してしまう。
そんな中、王宮の最奥……厳重な警備が敷かれた部屋の重厚な扉が開くと、中から鼓膜を突き破りそうな声が飛んできた。
「ラフィナちゃぁぁぁぁぁん!! よく来てくれたわぁぁぁっ!!」
突風のような勢いで私に抱きついてきたのは、この国の王妃様――シルアレク殿下の母親だった。
年齢を感じさせない艶やかな金髪と、弾けるような笑顔……それに、甘くて心地良い香りが私を包み込む。
最近、悪臭ばかり嗅いでいたせいか、良い香りの女性に抱擁されて、胸の中に花が咲いたような感覚になる。
王妃様はすっぴんの私の頬に、自分の頬をこれでもかとばかりにスリスリと寄せていた。
「ああ、本当に無事でよかった! パーティー会場の惨状を聞いて、もし貴女までおかしなことになっていたらと生きた心地がしなかったわ! うちの可愛い未来のお嫁さんに、万が一のことがあったらって、気が気じゃなかったわよ!」
「母上、離してあげてください。ラフィナが困っていますよ」
シルアレク殿下が呆れたように、私から王妃を引き剥がす。
「ご無沙汰しております、王妃様。お元気そうで何よりです。……ネマの化粧品は使っていなかったのですね」
王妃様の顔は、劣化の痕が全く見られず、綺麗なままだった。
「ええ、もちろんよ! だってラフィナちゃんが、あの化粧品は『すっごく変な臭いがする』って言ってたじゃない。あの時の皮膚病で、私は貴女の教えてくれた『自然のままの美しさ』と『正しい処置』がいかに大切か身に染みているもの。あんな胡散臭いもの、タダでも使うもんですか! それに……」
王妃様は、少しだけ声を潜めた。
「あの化粧品ってターゲットが若い女性で、私は年齢層が合わなかったから、そもそも触れる機会がなかったのよね……歳だからこそ、幸運が舞い込むこともあるものなのねー」
結果として、王妃様は被害を免れたのだから、確かに幸運と言える。
美容ブームに乗せられず、若作りもせず、まさに『自然のままの美しさ』を体現するお方だ。
「……若い女性で唯一、ネマの化粧品を使用しなかった……。素晴らしい判断力と精神力ですね」
部屋の奥、無数の資料と魔導具が散乱する長机から、静かで理知的な声が響いた。
「それにしても、ラフィナ殿の嗅覚には恐れ入るばかりです。あの完璧な『芳香』の偽装を見抜き、呪いを『悪臭』として感知していたとは……」
声の主は、深い翠色のローブを纏った青年……宮廷魔法使いのティエリーだ。
シルアレク殿下とは学生時代からの親友であり、殿下に引けを取らない美貌と、切れ者ぶりで知られる人物で、銀色の髪をなびかせ、細縁の眼鏡の奥で知的な瞳を光らせている。
「ティエリー様、お久しぶりです」
「ラフィナ殿も、お疲れのところ申し訳ありません。一晩中『浄化』に奔走されていたと聞いております」
「ええ、まあ。仕事ですから……」
以前、王妃様が皮膚病で倒れた件で、前任の宮廷魔法使いが間違った美容魔法で症状を悪化させ、偶然居合わせた私が王妃様を治したことで、前宮廷魔法使いは失脚した。
代わりにシルアレク殿下の強い推薦もあって、ティエリーが異例の若さで宮廷魔法使いに就任した……という経緯がある。
なので、ティエリーは「私のおかげでチャンスが巡ってきた」と恩義を感じているらしく、いつも私に好意的に接してくれている。
「ティエリー、解析の方はどうだ? 現状の報告を聞きたい」
「承知いたしました、シルアレク殿下」
殿下が促すと、ティエリーは眼鏡を指で押し上げ、冷徹な仕事人の顔つきに変わった。
「結論から申しますと、これは美容液などではありません。使用者の『生命力』と『若さ』を前借りして、一時的に美に昇華させますが、最終的にそのエネルギーを『製造者』の元に吸い上げる、極めて悪質で高度な【搾取の呪い】です」
ティエリーの言葉に、部屋の空気が一気に張りつめた。
「やはり、高度な呪いでしたか」
「はい。あまりに巧妙に認識阻害が掛けられていたため、我々も気付けなかった。これほどの術式を組める魔法使いは、歴史上でも数えるほどしかいません」
ティエリーは眼鏡を押し上げ、机の上に広げた地図の一点を指差した。
「そして、呪いの供給線……つまり、奪われた生命力がどこへ送られているかを逆探知した結果、ネマの逃亡先が判明しました」
その指先が示した場所を見て、私は思わず眉をひそめた。
「……『魔の森』、ですか」
「そうです。ネマが化粧品の素材を調達していると公言していた場所であり、王国の北に広がる禁忌の領域。彼女はそこに逃げ込んだ可能性が高いです」
魔の森……。
そこは魔物が巣食う危険地帯であり、森の周りには魔物を封じ込めるための巨大な結界が張られている。
かつては、伝説の大聖女がその結界を維持していたと言われているが、現在は国が管理する魔導装置によって封じられている場所だ。
その結界のおかげで、魔物は森の外には出て来られないため安全が維持されている。
魔力が弱い魔物は、『獣』として認識されるので結界から出て来てしまうが、王国騎士や冒険者ギルドが駆除してるので、被害は無いに等しい。
魔の森へ入るのを許可されているのは魔法使いだけであり、魔力を持たない普通の人間が入れば、数時間で衰弱死してしまう。
しかも、森の深部ほど魔力濃度が高くなり、危険度が跳ね上がるため、未だに森の全貌は把握出来ていない人類未踏の領域だ。
「隠れるには、最適の場所ですね。ですが、長期滞在となると……」
「ええ。常人なら入ったその日に衰弱死しますし、当然強力な魔物から身を守り続けなければならない」
ティエリーの言葉を引き継ぐように、シルアレク殿下が険しい顔で言った。
「並の魔法使いに出来ることじゃない。だが、これだけ用意周到に計画を実行し、魔の森へ逃げ込んだからには、彼女には森で生き延びるだけの『力』と『安全な拠点』があるはずだ」
「一言で魔の森といっても、簡単に見つかるような浅い場所には居ないと考えるべきでしょうね」
「……下手すれば、ネマに返り討ちされる可能性すらあり得ます」
「そういうことだ。しかも、森の深部へ向かえば向かうほど、魔物も凶悪になる。魔法使い以外が森に入るには、希少な『魔石』が必要になるから、大軍を送り込むことも出来ない」
「……相当なリスクです。ネマ捜索は困難を極めるでしょうね」
難題を前に、重い空気で支配された。




