廃墟となったネマ本店へ
シルアレク殿下にエスコートされ、到着したのは王都のメインストリート――昨日まで『ネマ通り』と呼ばれ、美の中心だった場所だ。
しかし、現在――その光景はあまりにも無残だった。
華やかだった通りは、見る影もなく閑散としていて、ネマの本店である豪奢な建物は、全壊こそ免れていたものの、一階の大きなショーウィンドウは見事に粉砕されていた。
怒り狂った被害者とその関係者が暴徒と化して、店に押し入った痕跡だ。
現在は武装した近衛兵たちが建物をぐるりと取り囲み、厳重に封鎖している。
「ひどい有様ですね」
「ああ。昨夜のパーティー会場での惨劇が伝わると同時に、街中が大パニックに陥った。……ここも暴徒に火を放たれる寸前だった」
床には、昨日までなら金貨数枚で取引されていたであろう『高級美容液』の小瓶が割れ、ピンク色の液体が泥と混ざってぶちまけられていた。
むせ返るような腐敗臭に、私は思わず顔をしかめる。
店の奥へと進むと、近衛兵に囲まれた一角から、ヒック、ヒックという弱々しい嗚咽が聞こえてきた。
そこに座り込んでいたのは、見覚えのある揃いの制服を着た女性たち――ネマ本店の美容店員たちだった。
「ううっ……ひぐっ……私達、なにも知らなかったのに……っ」
彼女たちの顔を見て、私は静かに目を伏せた。
昨日まで、最高級の化粧品で完璧に顔を仕上げ、来店する客を『美の伝道師』として、上から目線で品定めしていた彼女たち。
その顔もまた、深いシワが刻まれ、老婆のようにたるみきっていた。
彼女たち自身もまた、ネマの化粧品を誰よりも愛用していた被害者なのだ。
「ネマの行方について、何か思い出したことはあるか?」
シルアレク殿下が冷徹な声で尋ねると、店員の一人が震えながら顔を上げた。
「ほ、本当に知らないんです……っ! ネマ様とは、直接お会いしていません! やり取りは手紙と、商品の納入に使う転送の魔法陣だけで……」
「昨日の夕方までは、普通に商品の追加が送られてきていたんです。でも、日が沈む少し前に、突然魔法陣が光って……」
別の店員が、泣き腫らした目で言葉を継ぐ。
「『全ての在庫を放出しなさい。私は少し遠くへ行くわ』というメッセージカードだけが送られてきて……それっきり、魔法陣の接続が完全に切れてしまったんです……っ」
「まさかネマ様が、私たちまで見捨てて逃げるなんて……あああ、私の顔……っ!」
店員たちは再び顔を覆って泣き崩れた。
話を聞く限り、完全にネマの計画的犯行だ。
昨日のパーティー時に、『美の代償』を『若さと生命力』で一斉に徴収するように時限式の呪いを仕掛けておき、本人はその直前に高飛びしたというわけだ。
(……逃げ足の速い魔女だ)
私が感心半分、呆れ半分で溜息をついていると、殿下が忌々しそうに舌打ちをした。
「暴動が起きた直後に近衛兵を突入させ、かろうじて店に残っていた未販売の商品や、顧客リスト、転送用の魔導具などの資料はすべて押収した。……だが、ネマ本人の痕跡はまるで見当たらない」
「押収した品は、どうしたんですか?」
「現在、王宮の宮廷魔法使いに回して、最優先で解析と調査を急がせているところだ」
殿下はそこで言葉を区切り、私に向き直った。
「ラフィナ、疲れているところ申し訳ないが、一緒に王宮へ来てくれないか。君の『聖女としての知見』も交えて、報告を聞きたいんだ」
「構いませんよ。私にとっても、この悪臭の元凶を放置しておくのは死活問題ですから」
給料の発生源である国が滅んでしまっては困るし、何より、こんな臭い空気を吸い続けながら生活するのは御免だ。
「ありがとう。……では、王宮へ向かおう」
シルアレク殿下に促され、私たちはもぬけの殻となったネマ本店を後にした。
王都を包むどんよりとした空気の中、次なる目的地である王宮へと馬車を走らせるのだった。




