私に群がる手のひら返しの男たち
昼下がり。
終わりの見えない『浄化』の作業にようやく一区切りをつけ、私は重い肩を回しながら神殿の正面玄関を出た。
一晩中、そして午前中いっぱい聖魔力を放出し続けたせいで、さすがに疲労が溜まっている。
昨日からずっと、女性たちの腐臭を間近で嗅ぎ続けて来たのもあって、少し外の新鮮な空気を吸いたかった。
しかし、重い木扉を押し開けた瞬間――私の期待は最悪の形で裏切られた。
「おおっ! ラフィナ様だ!」
「ラフィナ様が出てこられたぞ!!」
神殿の前の広場を埋め尽くしていたのは、主に着飾った貴族の男性たちだった。
彼らは私の姿を認めるなり、血走った目で一斉に群がり、口々に叫び始めた。
その手には、色とりどりの花束や、プレゼントの入った小箱が握りしめられている。
「ラフィナ様! どうか私と婚約を前提としたお付き合いを!」
「私の方を向いてください! 私は昔から、貴女の飾らない素朴な美しさに惹かれておりました!」
「化粧の毒に冒されていないのは貴女だけだ! 金ならいくらでも出します! どうかその美しい遺伝子を我が家に……っ!」
「……うわぁ」
私はドン引きして、思わず後ずさった。
彼らの顔には見覚えがある。
昨日、ネマ通りでエリザと一緒に私を嘲笑っていた取り巻きの男たちや、「化粧もしない女なんて、女としてカウントできねえよ」と吐き捨てて私に道を譲らせた連中だ。
昨日まで私を「地味」「女を捨ててる」と見下していたくせに、自分たちがチヤホヤしていた女性が醜く変貌した途端、この手のひら返しである。
私が唯一、ネマの呪いに毒されず、彼らの基準からすれば『まともな顔』を保っているので、我先にと群がってきているのだ。
(……男の欲望って、腐った化粧品より臭いかも)
鼻息を荒くして、「自分が君を一番欲している!」とアピール合戦を繰り広げる男たちを見ていると、人間の身勝手な欲望というのは、呪いに負けず劣らず酷い悪臭を放つものだなと本気で思う。
「ラフィナ様! さあ、私のこのダイヤを受け取って――」
「そこまでにしておけ!」
一番前にいた男が私に掴みかかろうとした瞬間――冷たく、そして絶対的な威圧感を伴った声が広場に響き渡った。
びくりと、男たちの動きが止まる。
群衆が割れたその向こうから、純白のマントに身を包んだシルアレク殿下が、静かな怒りを湛えた足取りで歩み寄ってきた。
その後ろには、数人の近衛兵が控えている。
「で、殿下……っ」
男たちが青ざめて道を譲る中、シルアレク殿下は私の前に立ち、私を庇うようにして彼らと対峙した。
その海のように深い青い瞳が、すっと細められる。
「失せろ」
「ひっ……!」
「彼女が泥の中にいると思い込んで、今まで石を投げたのはお前たちだ。自分が持っていたガラス玉が割れたからといって、本物の宝石に群がるな。酷く見苦しいぞ」
低く凄みのある言葉を叩きつけられ、男たちはぐうの音も出ない様子で顔を真っ赤に、あるいは真っ青にした。
昨日まで散々私を侮辱していた事実を突きつけられ、彼らの薄っぺらいプライドは完全に打ち砕かれたようだ。
「二度と彼女に近づくことは許さない……さあ、散れ」
殿下が剣の柄に手をかける仕草を見せた瞬間、男たちは蜘蛛の子を散らすように、蜘蛛よりも無様な逃げ足で広場から消え去っていった。
数秒前までの騒ぎが嘘のように、静寂が戻る。
「……助かりました」
私が小さく息を吐き出して頭を下げると、殿下は先ほどの冷酷な表情から一変、背後に花畑を背負ったような、いつもの眩しい笑顔を向けた。
「ラフィナ……怪我はないかい? 聖魔力の使い過ぎで倒れていないか心配で迎えに来たんだが……間に合って良かった」
「ええ、おかげさまで……本当にありがとうございました」
あんなにたくさんの男に言い寄られるなんて、当然初めての経験だ。
あまりにおぞましくて、どう対応するか瞬時に頭が回らなかったから、殿下が来てくれて追い払ってくれたのは、本当にありがたかった。
「……先程の殿下は、とても優秀な防虫薬のようでした」
まさに虫のように散って行った男たちを見て、そんな感想が浮かんでいた。
ちょっと変な例えだけど、心からの感謝を込めてそう言うと、殿下はふっと目を伏せ、芝居がかった手つきで私の手を取った。
「ありがとう。君という美しい花を守るためなら、僕は喜んで永遠に君の防虫薬となろう」
「……」
「君に群がる羽虫は、僕がすべて追い払ってみせるよ。だから安心して僕のそばに――」
「はいはい、わかりました。ありがとうございます」
私は発作のように始まった、殿下の芝居がかったポエムを適当に遮り、自分の手をスッと引き抜いた。
相変わらず、大袈裟だ。
だが、先程の薄っぺらい男たちを見た後だと、彼の一貫した姿勢が不思議と心地よく、信頼出来るのも事実だった。
「それで……殿下が私を迎えに来たということは、何か進展があったのですね?」
私が真面目なトーンに切り替えると、殿下もすぐに空気を察し、真剣な表情で頷いた。
「ああ。君に見てほしい場所がある。……ネマの本店だ」
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