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ノーメイク聖女はイケメン王子に溺愛される ~私以外の女が劣化した事件~  作者: ネペタ


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令嬢エリザの末路

 王宮を後にして、私と殿下が向かったのは、王都の一等地に建つ公爵邸――エリザの屋敷だった。


(昨夜の時点で、エリザの顔が一番酷かったからね……)


 馬車に揺られながら、私は昨夜のパーティー会場での惨状を思い出していた。


 あの場で私が『浄化』を施した中で、最も呪いの症状が重かったのが、誰よりもネマの最高級品を全身に塗りたくり、誰よりも特等席で美容ミストを浴びていたエリザだった。


 彼女の顔はもはや原型を留めておらず、深い皺と痣、そして無惨に爛れた皮膚によって醜く歪み、赤黒く変色してしまっていた。


 顔ほどではないにせよ、身体も豪奢なドレスから覗く手や腕、足にまで呪いの代償である黒い痣がびっしりと浮かび上がっていたのだ。


 正直なところ、昨夜の時点で『最悪の症例』であるエリザの惨状を見ていたからこそ、今日の神殿での治療作業をあそこまで冷静にこなせたのだと思う。


 比喩でも何でもなく、神殿に押し寄せてきた女性たちの『老婆のような顔』など、あの時のエリザに比べればずっと『可愛いもの』だったからだ。



 公爵邸で案内された部屋は、昼間だというのに厚いカーテンが引かれ、薄暗かった。

 そして、部屋の中にあったであろう姿見や手鏡は、すべて粉々に叩き割られて床に散乱している。


 その部屋の奥、天蓋付きのベッドの隅で、頭からすっぽりと分厚い黒いベールを被った人影がうずくまっていた。


「……!? 何しに来たの!?」


 私とシルアレク殿下の姿を認めた瞬間、ベールの奥からエリザの金切り声が飛んできた。


「笑いモノにするため!? それとも、惨めな私を憐れんで見下すため!? 私を治せないなら、さっさと帰って!」


「……」


「同情するなら、今すぐ治しなさいよ! 私を元に戻して! 何とかしてよぉっ!」


 ヒステリックに泣き叫び、クッションを投げつけてくるエリザ様の痛々しい姿に、シルアレク殿下は静かに息を吐いた。


「エリザ嬢……ラフィナのおかげで呪いが止まって、命が助かっただけでも良かったと思うべきだ。ここで自暴自棄になって絶望していても、何も変わらない」


 殿下が冷静になるよう説得している中、私の意識は別のところに向いていた。


(おかしい……。もの凄い腐臭がする)


 昨夜、私が直接『浄化』を施し、呪いの進行は完全に止めたはずだ。

 それなのに、今の彼女からは昨夜と同等、いや、それ以上の強烈な臭いが漂ってきている。


 私は無言のままベッドに近づき、うずくまるエリザ様の頭のベールに手をかけた。


「やめ、触らないで……っ!」


「失礼します」


「きゃあっ! 見ないで!」


 現れた顔を見て、私は息を呑んだ。

 深い皺の間から黄色い膿が滲み出し、皮膚の爛れが昨夜よりもさらに酷くなっている。


 それはもう、人間の顔ではなかった……文字通り、絵本に出てくる『化け物』の姿そのものだ。


「……まさか……また、ネマの化粧品を使ったんですか?」


「う、ううっ……だって、また綺麗な顔に戻りたくて……!」


 エリザは、膿の滲む顔を両手で覆って泣き崩れた。


「ずっと大切にとっておいた、最高級の美容液だったの……これを使えば、ネマ様の奇跡で、また美しい私になれると思ったのに……!」


「なんてことをっ……!」


 私は激昂し、彼女の枕元に転がっていたネマの小瓶を手に取ると、壁に向かって全力で叩きつけた。


 ガシャンッ! と甲高い音を立てて瓶が砕け散り、僅かに残っていたピンク色の液体が壁を汚す。


「ひっ……!」


「まだ分からないんですか。それが原因なんですよ。……現実を見てください」


 私は冷たく言い放った。


 現実逃避をして、綺麗だった過去の自分に縋っているのだ。

 今の醜い自分を受け入れられないから、呪いだと分かっていても手を出してしまう。


「……私には、たくさんの男性から結婚の申し込みが殺到していたのに……今朝になって、すべて無かったことにされたわ……」


 エリザ様は床の破片を見つめながら、うわ言のように呟き始めた。


「あんなに、私のことを『好きだ、愛してる』って言ってたのに、一斉に手のひらを返して……。あんなに私を『綺麗だ、美しい』と絶賛していたくせに……っ!」


 それを聞いて、私は内心で冷めた感情を抱いていた。

(ああ、そいつらなら知ってる。今日の昼間、こぞって神殿に押し寄せて、今度は私に向かって求婚してきた連中だろうな。本当にろくでもない)


「そんな男に好かれても意味ないですよ。気にする事ないです」


 私が淡々と事実を述べると、エリザ様は血が滲むほどに唇を噛み締め、悔しそうに顔を上げた。


「……本当は、誰に求婚されても満たされなかった。私は……本当は、シルアレク殿下に愛されたかった……!」


「え……?」


「たくさんの男に愛される……そんな圧倒的に美しい私を見てもらえば……殿下に、私の価値を分かってもらえれば……いつか必ず私に振り向いてくださる……そう思ったのに……!」


 悲痛な告白だった。

 ただ、一番好きな人に愛されたくて、美しさを求めた結果が『これ』だったのだ。


 しかし、その告白を受けたシルアレク殿下の声は、どこまでも冷静で揺るぎないものだった。


「逆だよ、エリザ嬢。僕は『ありのままの自然体』が好きなんだ。化粧で分厚く塗り固められた君の姿は、僕にはただの『人工的な俗物』にしか見えなかった」


「あ……ああ……っ! ああああぁぁぁぁ……っ!!」


 自らの行動のすべてが、愛する人から最も遠ざかるための愚行だったと突きつけられ、エリザはその場に崩れ落ち、獣のような声で泣き叫んだ。


「私はもうダメ……! 『ありのまま』なんて、もうどこにもない。こんな酷い顔……。他の女もみんな劣化したけれど、彼女たちは私を見て『自分はエリザよりはマシだ』って、優越感と哀れみの目を向けてくる! あんなに私の美しさを羨ましがって、私に媚びへつらっていたみんなが、今は化け物を見る目で私を見下している! みんなが……世界中が、私を嘲笑っているのよ!」


 かつて、自分が他人に振りかざしていた優越感が、そっくりそのまま自分に返ってきたという事だ。


 ヒエラルキーの頂点から、最も惨めな底辺へと叩き落とされた者の末路だった。


「前借りしていただけですよ」


 私はゆっくりと右手を伸ばしながら、真っ直ぐに彼女の濁った瞳を見据えた。


「あなたは、一生分モテて、一生分チヤホヤされたんです。他人を見下して、優越感と自己肯定感を誰よりも享受した。今の姿は、その代償です。正直に言って、自業自得だと思います」


「ううっ……ひぐっ……」


「……でも、見捨てはしません」


 私の右手から、清らかで温かい光が溢れ出す。


「『浄化ピュリフィケーション』」


 光がエリザの身体を包み込み、自ら塗りたくってしまった呪いの魔力と、そこから発生した濃密な瘴気を祓っていく。


 みるみるうちに爛れからの膿が止まり、乱れ狂っていた彼女の呼吸も次第に落ち着きを取り戻していった。


「私たちは、ネマを探し出して、みんなが元に戻る(すべ)を見つけるつもりです。だから、勝手に諦めて絶望を撒き散らさないでください」


 私はかざしていた手を下ろし、彼女に背を向けた。


「いつか私が治します。それまで、大人しく寝ていてください」


 私の言葉に、エリザ様は呆然と目を見開いた。

 そして、ボロボロと大粒の涙をこぼし、ベッドの上で深く頭を下げた。


「……本当にごめんなさい……。私、貴女に酷い事ばかりして……殿下に好かれている貴女が、羨ましくてしかたなかったの……」


 泣き声で、彼女は懺悔のように口を開く。


「思えば最初から、貴女は『ネマの化粧品は臭い』と言ってらしたわね。優秀な聖女様……なのに、その言葉を、ただの嫉妬や戯れ言としか思えなかった。……あなたの言葉を信じていれば、こんな化け物にならずに済んだのに……っ」


 激しい反省と後悔……それを聞いて、私は小さく息を吐いた。


 その時だ……涙を拭っていたエリザが、ふと何かを思い出したように顔を上げた。


「そういえば……以前、こんな顔になる前にも、私……『化け物』と言われたことがあったわ」


「そうなる前に……? 誰にですか?」


「あれは……完璧なお化粧をして、ネマ通りを歩いている時だったわ。すれ違った小さな女の子に『お化けがいる』って指を差されたの。……私のことを言っているとは思わなかったけれど、その子……はっきりと私を見て怯えていた。その時は意味が分からなかったけれど……」


 その言葉に、私とシルアレク殿下は顔を見合わせた。


 私が『嗅覚』で呪いや瘴気を感知していたように、もしかすると……その少女は『視覚』で呪いが『見える』のではないか。


 殿下も同じことを考えているらしく、静かに頷く。


「……その子の特徴は覚えていますか?」


「ええ……サリィ校初等科の制服を着ていたわ。えんじ色のリボンの……それに、ルビーのように真っ赤な……とても特徴的な瞳の色をしていたから、印象に残ってるわ」


 サリィ校……王都にある貴族や裕福な平民の子供が通う学校だ。

 それに、赤い瞳は珍しい……すぐに特定出来るはずだ。


「ありがとう。エリザ嬢、もう自暴自棄にならず安静にしているんだよ」


「諦めないで、待っていてください」


 そう言い残して、エリザの元を後にした。  



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