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「そうか」


私はただ低くて小さな声で返答する。来店してたった数秒で、私の機嫌は既に最悪になっていたのだ。


 私は静かにメニュー表を手に取り気を紛らす。特に悩む事もなく、ハンバーグとライスをそれぞれ単品で頼み終えて料理の到着を待つ事にする。普段なら料理が届くまでの待ち時間も会話を楽しむのに、この時は自分から喋りかけるのも苦しくなっていた。


 そして、納得の出来ない言い訳を言ってから話してくる事がなかった友人の口は、ふとメニュー表のセットコースを指差しながら再び動き出す。


「なぁ、さっき頼んだパターンならこの【サラダセット】で良かったんじゃないか?」


「え…」


彼が指を指す【サラダセット】


メイン料理と一緒にサラダとライスが付いてくるセット。特にサラダを食べたいとも思っていない私には何故それが良かったのか分からず彼に聞く。


「どうして?」


「このサラダセット、サラダとライスも付いてくるし、さっき単品ずつで頼んだ時より安くなるよ」


安くなる。ただそれだけの理由だった。


彼なりに気を遣っているのだろう。その提案に


「本当だ」


と、返してあげるべきなのだろう。


 だが、苛立ちが収まらない今の私には、まともな判断が出来ないのである。旅行のプランで何千何万の金額の差が発生するお得情報ならまだ分かる。


 しかし、社会人になってお金を得た現在、たった数十円程のお得な情報など、友人との遊びに置いては不要になっていた。社会に馴染んできた私は、金額よりも友人と遊ぶのに金額なんて気にしなくなっていたのだ。その思考だからこそ、彼の


【金が無い学生時代を思わせるような提案】


が、より私を腹立たせたのである。ましてや、サラダを食べるつもりもないのに何故その提案を今するんだと、考えれば考えるほど私自身も冷静さを失っていく。


「いや、ハンバーグとライスだけで良かったから」


当然の理由を彼に話す。しかし彼も【そうか】で終わらせてくれない。


「こっちの方が安いよって言ってるじゃん」


引き下がらない両者は、お互いに声が少しずつ荒れていく。


「いやだからハンバーグとライスだけでいいんだよ。サラダを食べたいわけじゃないし、安くなるかは今は関係ないだろ」


「だったらこのコースを頼んで店員に【サラダは無しでお願いします】って、頼めばいいじゃないか。そうすればサラダも届かないし安くもなる」


「そんな手間をしてまで安い方を選べと言うのか!?」


店内に少し響き渡るような怒鳴り声が、私の口から出てきた。


 彼と出逢い、今まで付き合ってきた中で初めて、彼に怒鳴った。怒り慣れていない私は、自分の口から出た怒鳴り声に動揺して声が微かに震えていた。周りにいる客がチラ見で見てくる視線がとても痛かった。


 この怒りが肝心の友人には届くことがなく、謝るどころか私と同じ様にイラついた表情を見せ、メニュー表を机の端へと避けて小さく呟いた。



「安くなるのに…」



私はこの時理解した。



私と友人の【価値観】は、とっくに変わっていたのだと。


 久しぶりに出会って話す会話は日常や身の回りの様なものではない。ソシャゲの話、ゲームのアップデートの話、Xでバズっている内容の掘り下げ。


 一緒に歩いている時でも【暑いから】という理由だけで、何の抵抗もなくリバーシブルジャケットでもない物をひっくり返して不細工に羽織る。


 彼の一つ一つの行動や言動が、時代が進むと共に徐々に理解する事が出来なくなっていた。社会という混沌の渦に呑まれ見方を変えてきた私には、目の前で拗ねている友人が【学生時代の延長】にしか見えなかったのである。


何よりも、今こうして最悪の空気の場になっていても



【ごめん】



の言葉が、お互いの口から出ることはなかったのだ。



 そこからはもう酷いものだった。今まで遊んでいる最中で怒鳴る事がなかっただけに、一度リミッターが外れるとどんな話題になろうと口論となり、お互いの気分を害していくばかり。良い歳をした大人達が


【ゴルゴ13の最終話をXで載せればバズるか】


なんて燃えるような要素がない話題ですら、店内に響く程の言い争いをしてしまうぐらいに最低の空気となっていた。


 あまりにもお互いがお互いの意見を耳にせず否定にばかりになってしまい、キリがないと感じた私は


「この話はもうやめよう」


と、何度か無理矢理話を切ってしまった。その度、彼の顔は明らかに不機嫌になっていたが、私にはもうどうこうの話ではなかった。



友人と付き合って数十年


初めてこの場から早く帰りたいと


心の底から感じてしまっている自分がそこにいたのだ。



 結局、最初から最後まで少したりとも楽しむ事が出来なかった食事。受付にて提示された金額に合わせて私は纏めて支払うべく財布を取り出す。そんな支払う背中姿を見ながら彼は呟く。



「サラダセットにすれば安かったのになぁ…」



【おい。今、何て言った?】



普段の生活では絶対に口にすることのない台詞。


そんな暴言が喉から出そうになったが、下唇を噛んで必死に堪える。もしも今振り返って彼を見てしまったら、本当に全てが止められなくなっていただろう。



どうしてこうなってしまったんだ



最早何で怒っているのかも分からなくなっていた私は、ただ虚しく惨めに感じるのだった。



 支払いを済ませ店の外へと出ても、友人に顔を向けることはない。彼は流石に先程の発言はまずかったと思ったのか、レシートを見て自分の分の支払い金額を返しながら、聞いてもないこの後の予定の話をする。


しかしもう、私には全てがどうでも良かった。その日で確信したからだ。



彼とは、最早別の世界で生きているのだと。



私は社会で多くの事を学んだが、アルバイトでしか生きてきていないこの男には、そんなのが分かるわけがない。


そんな偏見に塗れた考えで、友人を突き放すことしか私には出来ない。



私は友人を見下す思考に陥る最低な人間になっていた。いや、ずっと隠れていただけでこれが私の本性なのだろう。


 軽く別れの挨拶を交わし、二人はそれぞれの車へと向かう。私は冷え切った暗闇の車内で重い溜息を吐き、その場から逃げるように直ぐにエンジンを掛けて車を走らせた。彼には何も言わなかったが、私はまだ残る怒りと失望の感情への余韻に浸りながら心の中で決めた。



これで終わりにしよう、と


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