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この一文は、私からすれば不思議でしかなかった。
というのも、彼は私とは逆でお酒が大好きなのである。日本酒、ワイン、ウイスキー…ありとあらゆるお酒を美味そうに飲んでいる彼を幾度と見てきた。わざわざ自分から誘った居酒屋で、飲まない理由なんてない。
もしかして体調が悪いのだろうか?そう心配をしつつも、その一文が気になる私は聞き返す。
【どうして?】
彼は答える。
【今日は呑むつもりはないから】
とてもシンプルな理由だった。別に細かい理由を求めてるわけでもない。彼がそう言うのならそれでいいかと思い、私は今回は彼に甘えて車を出してもらうことにした。
時刻は進み、車で迎えにきてくれる友人。もう一人の友人Bを既に乗せて、三人の男は居酒屋へと向かう。着いた場所は私が訪れた事のない新しい店。
メニューを見れば、興味を唆る物ばかりでどれもが美味しかった。私と友人はお酒を飲まず、Bだけがビールを旨そうに飲んで堪能していた。場の空気もどんどんと楽しくなり、二人の友人とは流行りのゲームの話やネットニュースなど、オタクならではの話題で盛り上がる。普段の疲れすらも忘れる楽しいひと時を、仲間と共に過ごせる最高の時間だった。
しかし、そんな楽しい時間も、ある一言で大きく流れが変わった。
「俺も飲もうかな」
「えっ?」
今日は飲まないと言っていた友人が発した言葉。聞こえなかったわけではなく、予想もしてない言葉を耳にすると、人間は不思議と「えっ?」と声が出るのだ。
私は混乱した。飲まないと言ったから今回は車を出してもらってここへ来たというのに、そんな彼が今は酒を飲もうとしている。唐突に発せられた思わぬ言葉に、初めから私がいつも通りに車を出せば良かったのではないかと、気持ちがどんどんと複雑になっていく。
私はさっきまでの楽しい雰囲気などなかったかのように、彼へ恐る恐ると聞く。
「飲まないって言ってなかった?」
「言ったね」
申し訳なさそうな素振りもなく、早速お酒のメニューを見つめる友人。私の質問は終わらない。
「運転はどうするの?」
「それなら酒を飲んでないお前が、俺の車を運転すればいい」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
その提案に私の声は思わず声を荒げて、メニューを見ている彼の視線を私の方へと無理矢理振り向かせた。長く付き合ってきた仲だが、この時【初めて】彼に対する怒りが込み上がったのかもしれない。彼は「なにか?」と顔に書いたかのようなキョトンとした表情で、私を見ていた。
一見、そんなの運転してやればいいじゃないかと思うのが普通の事なのだろう。しかし私は融通が利かない頑固者。第一前提、万が一事故をした時の事を考えて運転したくないという理由がある。だが、それだけではない。
私が乗っている車と、彼が乗っている車は車高が大きく違い、性能面でも大きく差がある車だった。何度か誰かの車を運転した事があるが、普段とは全く異なる運転を求められるあの感覚が、私は非常に嫌いだったのである。
何よりも、その私の下らない拘りを彼が知っているからこそ、その提案に【待った!】となったのだろう。融通の効かない頑固者と思われようと、私には私なりに理由がある。それを友人の身勝手な発言で【分かりました】とは、気持ちよく言えるわけがないのだ。
少し苛立つ様子を隠しきれない私は、彼に続けて吠える。
「そんな簡単に言うけど、私は君の車を運転する気なんてないよ。というか、飲まないと言ったから、今回は君に車を任せたんじゃないか」
「まあまあ」
「それよりもなんで飲みたいなんて言うんだ?」
「いやぁ。友人Bが酒を飲んでいるのを見てると、俺も飲みたくなってきちゃって…」
あの時の【言葉の重み】を知らない様に、彼は何故私が苛立っているのかも理解せずヘラヘラと笑っている。その様子を見て私の中の怒りが益々と込み上がっていくのだ。




