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君の収納魔法はゴミ箱だと言われたので、中身を全てお返しします  作者: 秋月 もみじ


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第6話 リストラ王国からの招待状


 その手紙は、豪奢な封筒に入っていました。

 金箔が散りばめられ、極彩色のシーリングワックスで封がされています。

 いかにもリストラ王国らしい、無駄に派手な外見でした。


 しかし、私が眉をひそめたのはその見た目のせいではありません。


「……臭いますね」


 私が呟くと、手紙を運んできたセバスチャンさんが、ハンカチで鼻を覆いながら頷きました。


「ええ。きつい香水で誤魔化しておりますが、染み付いた腐臭は隠せておりません」


 執務室の空気が、その一通の手紙のせいで淀みます。

 封筒からは、生ゴミのような、あるいはドブ川のような、鼻を刺す臭いが漂っていました。

 私がよく知っている、王国の裏路地の臭いです。


 机に向かっていたレオンハルト様が、顔を上げずに手を伸ばしました。

 彼の手には、いつも通り白い手袋が嵌められています。


「よこせ」

「殿下、直接触れられるのは……」

「構わん。差出人は分かっている」


 レオンハルト様はペーパーナイフを使わず、指先から出した氷の刃で封を切りました。

 中から出てきたのは、羊皮紙の親書です。


 私は息を呑んで見守りました。

 差出人は、間違いなくリストラ王国の王家でしょう。

 私が国を出てから数週間。

 何の音沙汰もないはずがありませんでした。


 レオンハルト様の視線が、手紙の上を走ります。

 最初、無表情だった彼の顔が、行を追うごとに険しくなっていきました。

 部屋の温度が下がっていきます。

 比喩ではなく、物理的に。

 窓ガラスに、ピキピキと霜が張り始めました。


「……正気か、あの国は」


 低い、地を這うような声。

 レオンハルト様が手紙を机に叩きつけました。

 バンッ! という音と共に、インク壺が震えます。


「レオンハルト様……なんと書いてあるのですか?」


 私が恐る恐る尋ねると、彼は吐き捨てるように言いました。


「『コレット・ヴィオレは我が国の重要備品である。即刻返還せよ』だと」


 備品。

 人間扱いすらされていませんでした。


「さらにこうある。『彼女は王家の資産を不正に持ち出した窃盗犯の疑いがある。身柄を引き渡さなければ、貴国を共犯と見なし、国交断絶および経済制裁を行う』……」


 目の前が真っ暗になりました。

 窃盗犯。

 私が持ち出したのは、自分の着ていた服と、母の形見の宝石いくつかだけです。

 王家の資産なんて、一ゴールドたりとも触れていません。

 むしろ、彼らが私に押し付けていた「負債ゴミ」を返しただけですのに。


「そんな……嘘です! 私は何も盗んでいません!」

「分かっている」


 レオンハルト様は即答しました。


「君の管理能力を見れば分かる。君は、自分の所有物と他人の所有物を明確に区別する人間だ。泥棒などという汚名、聞く耳も持たん」


 彼は私を信じてくれました。

 でも、相手は一国です。

 腐っても大国であるリストラ王国が、本気で難癖をつけてきたのです。


 私のせいで、この美しい国が戦火に巻き込まれるかもしれない。

 レオンハルト様の経歴に、傷がつくかもしれない。

 そう考えただけで、胃が縮み上がる思いでした。


「……レオンハルト様」


 私は、震える声で告げました。


「私を、引き渡してください」


 部屋の空気が凍りつきました。

 レオンハルト様が、ゆっくりと私を見ます。

 その瞳は、怒りではなく、深い悲しみに揺れていました。


「……本気で言っているのか?」

「はい。私が戻れば、丸く収まります。私は元々、向こうの人間です。貴方様にご迷惑をおかけするわけには……」

「迷惑?」


 彼は立ち上がりました。

 椅子が倒れる音も気にせず、私の目の前まで歩いてきます。

 そして、私の両肩を掴みました。

 強い力です。でも、痛くはありませんでした。


「コレット。君は、自分が何のために戻れと言われているか分かっているのか」

「……はい。ゴミの処理をするためだと思います」

「そうだ。彼らは君を人間だと思っていない。便利な掃除用具が無くなって困っているだけだ。戻ればどうなる? 一生、地下牢のような部屋で、彼らの尻拭いをさせられるんだぞ」


 想像がつきました。

 もう二度と、太陽の下でお茶を飲むことも、誰かと笑い合うこともない日々。

 それは死ぬよりも辛い、緩やかな地獄です。


「それでも……私が我慢すれば……」

「私が我慢できない」


 レオンハルト様が叫びました。

 普段の冷静な彼からは想像もできない、激情の発露でした。


「君が不当に扱われることが、私には耐え難い。君は私の管理官だ。私の屋敷を整え、私の心を救ってくれた恩人だ。それを……備品だと?」


 彼は私から手を離すと、机の上の手紙を睨みつけました。


「ふざけるな」


 彼の右手に、青白い魔力が収束します。


 パキパキパキッ!


 手紙が、一瞬にして氷の塊に閉じ込められました。

 そして次の瞬間、粉々に砕け散りました。

 煌びやかな金箔も、不快な臭いも、すべてが氷の塵となって霧散します。


「コレット、よく聞け」


 彼は私に向き直り、まっすぐに目を見据えました。


「私は君を返さない。たとえ王国軍が国境を越えてこようと、世界中が敵に回ろうと、君を守る」

「レオンハルト様……」

「これは外交問題ではない。私の、個人的な意思だ。……君がいない世界になど、私はもう戻りたくないんだ」


 胸が熱くなりました。

 涙が溢れそうになり、私は必死に堪えました。

 こんなに、誰かに必要とされたことがあったでしょうか。

 「役に立つから」ではなく、「私だから」必要だと言ってくれる人が、ここにいるのです。


「セバスチャン!」


 レオンハルト様が鋭く呼びました。


「はっ。ここに」

「外務省に伝達。リストラ王国に対し、『不当な要求には一切応じない』と返答せよ。それから、国境警備隊を増強。不審な入国者は、貴族であろうとすべて拘束しろ」

「かしこまりました。……して、王国の使者が強行突破を図った場合は?」

「氷像にして送り返せ。送料はこちらで負担してやる」


 過激な命令に、セバスチャンさんがニヤリと笑いました。


「承知いたしました。では、直ちに」


 執事が出て行ったあと、部屋には私とレオンハルト様だけが残されました。

 砕け散った手紙の残骸が、ダイヤモンドダストのように床で輝いています。


「……すまない、コレット。怖い思いをさせた」


 彼は、いつもの穏やかな声に戻っていました。


「でも、約束する。この国の、私の手の届く範囲にいる限り、君には指一本触れさせない」


 私は、溢れる涙を拭うことも忘れ、深く頭を下げました。


「ありがとうございます……。私も、もう迷いません」


 戻れば、私はまた「ゴミ箱」になります。

 でも、ここにいれば、私は「コレット」でいられる。

 

 罪悪感はまだあります。

 けれど、それ以上に、この人の信頼に応えたいという思いが勝りました。


(来るなら、来ればいい)


 私は顔を上げました。

 私の収納魔法は、ゴミを隠すためだけの力ではありません。

 大切なものを守るための「盾」にもなるはずです。

 

 レオンハルト様が守ってくれるなら、私も戦います。

 かつての主、レイモンド様たちと。


 窓の外を見ると、南の空に黒い雲がかかっていました。

 嵐が近づいています。

 でも、ここには頑丈な屋根と、温かい暖炉、そして頼もしい騎士様がいます。

 私はもう、凍えることはないでしょう。


 しかし、私たちはまだ甘く見ていました。

 王国の腐敗が生み出す「ゴミ」の執念深さを。

 そして、元婚約者レイモンドという男の、底知れぬ愚かさを。

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