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君の収納魔法はゴミ箱だと言われたので、中身を全てお返しします  作者: 秋月 もみじ


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3/10

第3話 潔癖症の王子様は、私の魔法に救いを見出すようです


 目が覚めると、そこは白銀の世界でした。


 雪国ではありません。部屋の中の話です。

 壁も、床も、天井も、磨き上げられた白。

 家具は必要最低限のベッドとサイドテーブルのみ。

 装飾品は一切なく、カーテンのドレープさえも定規で測ったように均等です。


(……ここは、病院でしょうか?)


 いいえ、違います。

 昨夜の記憶が蘇りました。

 私はレオンハルト様に助けられ、このお屋敷に運び込まれたのです。


 体を起こすと、糊の効いたシーツがカサリと音を立てました。

 私の肌着も、新品のように清潔なものに変わっています。

 昨夜の泥だらけのドレスは、影も形もありません。


 コンコン。

 控えめなノックの音が響きました。


「コレット様、お目覚めでしょうか」


 現れたのは、背筋の伸びた初老の男性でした。

 燕尾服を着こなす彼は、セバスチャンと名乗りました。このお屋敷の執事だそうです。


「ご気分はいかがですか? 昨夜はひどくお疲れのようでしたが」

「はい、おかげさまで……。あの、レオンハルト様は?」

「殿下はすでに執務に向かわれました。コレット様には『体を清めて待機せよ』との伝言を預かっております」


 体を清めて待機。

 やはり、昨夜の私は汚すぎたのでしょう。

 私は縮こまりました。


「あの、セバスチャンさん。このお屋敷には、他の方は……?」

「私と、数名の通い人がおりますが、基本的には私一人で管理しております」


 こんなに広いお屋敷を一人で?

 私は驚いて周囲を見渡しました。

 廊下に出ても、塵ひとつ落ちていません。窓ガラスは存在を忘れるほど透明です。


「殿下は……少々、潔癖な性分でして」


 セバスチャンさんが、困ったように眉を下げました。


「他人が触れた物を好まれません。メイドを雇っても、『掃除が甘い』『配置が数ミリずれている』と叱責され、三日と持たずに辞めてしまうのです」


 なるほど。

 あの氷のような瞳を思い出しました。

 確かに、あの方の視線に耐えられる人は少ないでしょう。


(でも、助けていただいた恩をお返ししないと)


 私は無一文です。

 ただ飯を食らうだけの居候になるわけにはいきません。

 元・ゴミ処理係の私にできることといえば、掃除と片付けくらいです。


「セバスチャンさん。私に何か、お手伝いできることはありませんか? お掃除でも、洗濯でも」

「滅相もございません。お客様にそのような」

「お願いします。じっとしているのは落ち着かないのです」


 私が食い下がると、セバスチャンさんは少し考え込み、廊下の奥を指差しました。


「では……あの『備品室』をお願いできますか? 実は、そこだけ手が回っておらず、殿下が近づくのを嫌がっておられるのです」


 案内された部屋の扉を開けた瞬間、私は息を呑みました。


 そこは、この美しい屋敷の中で唯一の「カオス」でした。


 トイレットペーパーの山、洗剤の予備、電球代わりの魔石、タオル、掃除用具。

 ありとあらゆる日用品が、無造作に積み上げられています。

 床が見えません。

 これでは、必要なものを取り出すのに一苦労でしょう。


「通いの業者が投げ込むように置いていくもので……。殿下は『視界に入れるだけで頭痛がする』と、扉を閉ざしてしまわれました」


 私は、胸が高鳴るのを感じました。

 汚いからではありません。

 「直せる」からです。


「お任せください。こういう場所は、得意なんです」


 私は袖をまくり上げました。

 セバスチャンさんが心配そうに見守る中、私は部屋の中央に立ちます。


 まず、観察。

 何が、どれだけあるのか。

 使用頻度は? 形状は? 重さは?


 私の目には、散らかった物品が、それぞれの「住所」を求めて泣いているように見えました。

 タオルは湿気を避けて上段へ。

 重い洗剤は下段へ。

 頻繁に使う魔石は、扉の近くへ。


 頭の中でパズルが組み上がります。

 あとは、魔法を使うだけ。


収納イン――解析、分類ソート


 私は部屋中の物品を、一度すべて「収納魔法」の中に取り込みました。

 部屋が空っぽになります。

 セバスチャンさんが目を丸くしました。


 私の魔法空間の中で、時間は停止しています。

 私はその静止した世界で、数千個のアイテムに瞬時にタグを付け、並べ替えました。


 ――展開アウト


 私は、あるべき場所へ、物を戻しました。


 シュッ、シュッ、トン、トン。

 リズミカルな音と共に、棚に物が収まっていきます。

 ただ並べるだけではありません。

 ラベルを正面に向け、種類ごとに色を揃え、隙間なく、かつ取り出しやすい間隔で。


 十分後。

 そこには、芸術的なまでに整然とした備品室が完成していました。


「こ……これは……」


 セバスチャンさんが絶句しています。

 乱雑だった山が、まるで図書館の本棚のように整列していました。


「いかがでしょうか。これなら、在庫の確認も一目で――」


「――誰だ、私の屋敷で魔法を使ったのは」


 背後から、冷ややかな声が響きました。

 心臓が跳ね上がります。

 振り返ると、いつの間にかレオンハルト様が立っていました。


 軍服姿の彼は、眉間に深い皺を刻んでいます。

 不機嫌そうです。

 しまった、勝手なことをして怒らせてしまったのでしょうか。


「も、申し訳ございません! 私が、勝手に……」


 私は慌てて頭を下げました。

 すぐに追い出される覚悟を決めました。


 しかし、怒声は飛んできませんでした。

 代わりに聞こえたのは、静かな足音。

 レオンハルト様が、備品室の中へ入ってきます。


 彼は棚の前で立ち止まりました。

 手袋をした指先で、整然と並んだタオルの列をなぞります。

 ミリ単位で揃えられた、その直線を。


「……美しい」


 ぽつりと、吐息のような声が落ちました。


「え?」

「ノイズがない。色が揃っている。用途別に区分けされ、動線が確保されている。……完璧だ」


 レオンハルト様が振り返りました。

 その瞳から、険しい色が消えています。

 代わりに浮かんでいたのは、砂漠でオアシスを見つけた旅人のような、安堵と渇望でした。


「これを、君がやったのか?」

「は、はい。私の収納魔法で、一度取り込んで整理しました。不快でしたでしょうか?」

「不快? まさか」


 彼は私に歩み寄りました。

 その迫力に、私は後ずさりそうになります。

 けれど、彼は私の目の前で止まり、真剣な眼差しで私を見下ろしました。


「私の執務室も、頼めるか」

「え?」

「書類が山積みなんだ。誰も私の基準で片付けられない。触られるのも嫌だ。だが、君の魔法なら……」


 彼は少しだけ言い淀み、そして言いました。


「君の魔法は、物を『汚さない』。……君になら、任せられる気がする」


 胸の奥が、熱くなりました。

 王国では「ゴミ箱」と呼ばれた魔法です。

 汚いものを隠すための、見苦しい力だと。


 でも、この人は今、「美しい」と言ってくれました。


「……はい。謹んで、お受けいたします」


 私が答えると、レオンハルト様は満足げに頷きました。

 その表情は、昨日森で見た冷徹な騎士とは違い、どこか少年のような無防備さを含んでいました。


「セバスチャン。彼女を正式に雇用する。役職は……そうだな、『筆頭管理官』だ」

「かしこまりました」


 セバスチャンさんが、ウィンクをするように微笑みました。


 こうして、私の新しい生活が始まりました。

 ゴミを隠すのではなく、あるべき場所へ導く日々が。

 でも、この時の私はまだ知りませんでした。

 レオンハルト様が私に求めているのが、ただの掃除係以上の役割だということを。

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