表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君の収納魔法はゴミ箱だと言われたので、中身を全てお返しします  作者: 秋月 もみじ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/10

第10話 綺麗な部屋と愛する人と、幸せなティータイム


 長い冬が終わり、雪に閉ざされていたヴェリテ公国にも、遅い春が訪れていました。


 陽光が降り注ぐテラス。

 私は、ガラスのティーポットにお湯を注ぎました。

 ポットの中でジャンピングする茶葉を眺めながら、ふと視線を上げます。


 目の前に広がるのは、手入れの行き届いた庭園。

 かつては「管理が面倒だ」という理由で芝生しかなかった庭に、今は色とりどりの花が咲いています。

 私が植えたビオラや、春告げの小花たちです。


「……いい香りだ」


 向かいの席で、レオンハルト様が目を細めました。

 今日の彼は、堅苦しい軍服ではなく、柔らかなリネンのシャツにカーディガンというラフな姿です。

 以前の、人を寄せ付けない氷のような雰囲気は、もうありません。


「今日は『春摘み(ファーストフラッシュ)』のダージリンです。若々しい香りが、今の季節にぴったりだと思いまして」

「君の選ぶものに間違いはない。……私の生活は、君のおかげで色彩豊かになった」


 彼はカップを手に取り、一口飲んでから、満足げに微笑みました。


 この数ヶ月で、お屋敷の雰囲気はずいぶんと変わりました。

 以前はモデルルームのように無機質で、生活感の一切なかった部屋。

 今は、ソファにふかふかのクッションがあり、テーブルには季節の花が飾られ、カーテンも温かみのある色に変えました。


 レオンハルト様は最初、「物が増えるのはノイズだ」と渋っていましたが、私が配置した空間を見るなり、「……悪くない。むしろ落ち着く」と認めてくれたのです。

 潔癖症が治ったわけではありません。

 相変わらず、他人が触れたものは嫌がりますし、手袋も欠かせません。

 でも、私にだけは別です。


「コレット」

「はい?」


 名前を呼ばれ、私はカップを置きました。

 レオンハルト様が、なぜか視線を泳がせています。

 朝から少し様子がおかしいのです。

 書類仕事をしている時も、ペンの進みが遅かったり、何度もネクタイを直したり。


「……その、話があるんだが」


 彼は咳払いを一つして、ポケットから小さな箱を取り出しました。

 ベルベットの紺色の箱。

 金色の装飾が施された、とても高価そうなものです。


 心臓が、トクンと跳ねました。


(なんでしょう。……新しい魔導具の管理依頼でしょうか?)


 彼が箱を開けます。

 中に入っていたのは、指輪――ではなく、一本の「鍵」でした。

 アンティーク調の銀の鍵で、持ち手の部分にはヴェリテ公国の紋章である「天秤と剣」が刻まれています。


「これは……?」

「この屋敷の、マスターキーだ」


 レオンハルト様は、少し顔を赤らめながら説明しました。


「これ一本で、すべての部屋、すべての金庫、そして王城にある私の私室まで……あらゆる扉が開く」

「そ、そんな重要なものを! 私が預かってよろしいのですか?」


 私は慌てました。

 筆頭管理官として、いくつかの鍵は預かっていますが、これはレベルが違います。

 公国の機密に関わる権限そのものです。


「すぐに収納魔法で、誰にも盗まれない場所に保管いたします!」


 私が手を伸ばして魔法を使おうとすると、レオンハルト様が私の手首を掴みました。


「違う」

「え?」

「しまってほしいんじゃない。……使ってほしいんだ」


 彼は私の手を引き寄せ、そのてのひらに、鍵を載せました。

 金属のひんやりとした重みが伝わります。


「コレット。君は私の屋敷を完璧に管理してくれた。私の体調も、仕事も、君なしではもう回らない」

「それは、私の仕事ですから」

「仕事としてではなく……これからは、家族として管理してほしい」


 家族。

 その言葉の意味を理解するのに、数秒かかりました。


 レオンハルト様は、いつになく真剣な瞳で、私をまっすぐに見つめました。

 その瞳の中には、私だけが映っています。


「私は不器用で、面倒な潔癖症で、君に苦労をかけるかもしれない。……だが、君を愛する気持ちだけは、誰にも負けない自信がある」


 彼は、私の手の上にある鍵ごと、両手で私の手を包み込みました。

 手袋を外した、素手の温もり。


「私の心も、人生も、すべて君に預ける。……受け取ってくれないか?」


 風が吹き抜け、庭の花々がざわざわと揺れました。

 私の目から、涙が溢れ出しました。

 悲しいわけではないのに、止まりません。


 リストラ王国での十年間。

 私は「ゴミ箱」でした。

 誰もいらないもの、隠したいものを押し付けられるだけの存在。

 私の心なんて、誰も見てくれませんでした。


 でも、この人は違います。

 私のすべてを肯定し、一番大切な鍵を――心を、私に預けようとしてくれている。


「……はい」


 私は涙声で答えました。


「喜んで、お引き受けいたします」


 レオンハルト様の表情が、ぱぁっと輝きました。

 まるで氷が解けて、春の水が溢れ出すように。


「ありがとう、コレット」


 私は、掌にある鍵を見つめました。

 いつもなら、大切なものはすぐに「収納魔法」に入れます。

 汚れないように、なくさないように、時間停止の空間へ。


 でも、私は鍵を握りしめ、自分の胸元に引き寄せました。


「あの、レオンハルト様」

「ん?」

「この鍵は……収納魔法には入れません」

「……なぜ?」


 彼は少し不安そうに尋ねました。

 私は、涙を拭って、精一杯の笑顔で伝えました。


「だって、しまってしまったら、いつでも触れられないではないですか。……大切なものは、こうして肌身離さず、温めておきたいのです」


 魔法の空間は安全です。でも、温度はありません。

 この鍵は、そして彼との関係は、冷たい箱の中ではなく、日向のようなこの場所で育てていきたい。


 レオンハルト様は目を見開き、そして愛おしそうに目を細めました。


「……そうだな。君の言う通りだ」


 彼は立ち上がり、テーブル越しに私を引き寄せました。

 そして、私の額に、瞼に、最後に唇に、優しい口づけを落としました。


「愛している、コレット」

「私もです、レオンハルト様」


 カシャン。

 物陰から、お皿が割れるような音がしました。

 驚いて振り返ると、庭の植え込みの陰で、セバスチャンさんとメイドたちが涙ぐみながらガッツポーズをしていました。


「あ、あれは……!」

「……見なかったことにしよう」


 レオンハルト様が苦笑いして、私の視線を遮ります。

 私たちは顔を見合わせ、声を上げて笑ってしまいました。


 テーブルの上には、まだ湯気を立てている紅茶と、焼き立てのスコーン。

 美しく整えられた庭。

 そして、隣には愛する人。


 かつて「ゴミ箱」と呼ばれた私の手の中には今、数え切れないほどの宝物が溢れています。

 もう、収納魔法に隠す必要はありません。

 だって、この幸せは、隠しておけないほどに輝いているのですから。


 私は鍵をネックレスに通し、首にかけました。

 胸元で揺れる銀色の重みを感じながら、私はまた、彼のために新しい紅茶を淹れるのです。


 これが、私が見つけた「一番美しい居場所」のお話。


(完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ