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願わくば一輪の花束を  作者: 雨宮 瑞樹


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梅5

「ずいぶん突拍子のない……行く当てはあるの?」

「母には言えずに終わっているのですが、実は、私には結婚しようと約束している人がいます」

「なるほど。じゃあ、その人のところへ転がり込めば大丈夫ってことか」

「え……それは、さすがに……」

 真っ赤になって否定すると、春樹から怪訝な顔をされる。

「だって、付き合ってるんだろ? 別におかしい話ではないじゃないか?」

 常識的に考えれば、そういうものなのだろうか。でも、私の中には全くない選択肢だ。

「……そもそも……彼の家の場所も知らないですし……」

「本当に付き合ってるの?」

「付き合う……といいますか、プロポーズしていただきました」

「いきなり?」

 ここで、初めてでふと不安過った。でも、今まさに春樹と結婚させられそうになっていたわけだし、レアケースではあるけれど、ない話ではないだろうと思う。結婚の約束をしたのは間違いないし、将来の話も直接ではないがスマホでやりとりしている。日本に帰ってきてからは一度も会えていないけれど、これからはたくさん会えるし、知っていけばいいのだ。

 けれど、春樹は嘆息する。


「まぁ、その話はとりあえず置いておいて。直近で彼に頼れないとするのなら、住む場所はどうするの?」

「昨日、お相手が新居の契約を済ませたと連絡があったので、とりあえずそこへ行けばいいかと」

「購入したっていうこと?」

「はい」

 答えると、目を丸々とさせていた。悩ましいといわんばかりだ。そんなに驚かれることだろうか。一緒に住むのだから問題ないだろうと思うのに春樹は、問題山積だといわんばかりだ。

 ともかく、色々いいたいことはあるらしいが、先を続けた。

「すぐに、住める状態なの?」

 すぐに住めない家なんて、あるのだろうか? 首をかしげると、また悩ましそうな顔をしだす。

「まぁ、正真正銘の世間知らずだもんな」

 

 呆れてるように言われるが、返す言葉はない。春樹のいう通りで、世の中の情報も、当たり前の生活も、私はかなり疎い。しゅんとしていると、気を取り直して春樹がいう。

「まぁ、色々彼氏によく確認しておくとしても、通常引き渡しまでには数日の時間を要するのが一般的だ。そもそも鍵持ってないんだろ?」

 そういえば、そうだ。出ていくことばかり考えていて、細かいことまでは全く気が回っていなかった。

 春樹が、内ポケットから自分の名刺を取り出して、裏にする。そこへペンを走らせて、私へ差し出した。受け取ると、電話番号と名前が書かれていた。

「不動産屋をやっている友達の電話番号。僕からも連絡しておくから、今すぐに住める場所を相談するといい」

「あ、ありがとうございます」

 こんなに助けてくれる人に出会ったのも初めてだし、心から有難い。一方で、思う。

「あの、どうして、こんなに親切にしてくださるんですか?」

 私は、厄介者で、迷惑をかけている相手だ。それなのに。ここまでしてくれる意味は何だろう。

 春樹は、ふうっと息をつく。


「僕も、表向きは従順な息子をやってきたけど、正直辟易としてるんだ。この身動きできない空気。どこに行っても岩国の御曹司って言われ続けて、好奇の目で見られ、監視されて。いつかは反抗してやるって思ってたけど、現実的にそんなことできるはずもない立場で、結局今日だ」

「うちのような、恐怖政治を引いているご家庭なんですか?」

「いや、違うよ。うちは正常だ。君の家とは違う。でも、僕は純粋に親父の会社を継ぎたいと思ってるんだ。そして、俺は会社をもっと大きくしたいという野望がある。そのためには、ある程度親に従順でなければならない。今の代表取締役は父だからね。今反抗して、へそを曲げられて、追い出されてしまうと僕が困るんだ。それなりの犠牲も致し方ない」

「そういうことでしたら、私に手を貸したと知られたら、問題になるのではないでしょうか?」

 春樹がわざわざ私を逃がす手引きをしたと知れたら。ここまで我慢してきた努力が、無駄になるのではないだろうか。

「その辺りは、狡賢くさせてもらうよ。君が勝手に飛び出してやったことだと主張するし、僕はむしろ花嫁に裏切られた被害者だと主張させてもらう。僕は、どうとでもなるさ。人の心配より、自分の心配だろ?」


 指摘されて、そういえばそうだなと苦笑するしかなかった。

 着の身着のままで、飛び出さなければならない。持ち物は、手に持っているこの着物用の小さな鞄ひとつ。中身は、財布とスマホだけだ。だけど、私は絶対に後悔はしない。覚悟を決めると、春樹は笑っていた。


 

「世間知らずのお嬢様が、初めて反抗して、自由を得る。その結果、そんな人生を送るのか興味津々なんだ。今までは地獄だと思っていたけれど、下には下があるように、もっと奥底にある地獄を見るのか。それとも、思い描いていたような天国をみるのか。どちらへ転ぶのか。僕は、高みの見物をさせてもらうよ」

 春樹の瞳は、好奇心なのかキラキラ輝いていた。廊下が騒がしくなっている。もしかしたら、母がしびれを切らしているのかもしれない。あまり時間はなさそうだ。その光をもらい受けて、私はしっかりと頷き、立ち上がる。

 

「私、行きます」

「みんなの目は僕が適当に引き付けておく。その間に、すぐ目の前の庭の奥。ソメイヨシノの裏に、外へ出る小さい扉がある。そこから出るといい」

「ありがとうございます。ご恩は、一生忘れません」


 頭を下げると、春樹は力強さを含んだ微笑みを返してくれる。

 春樹は踵を返し、先に部屋を出た。女将さんと何か話して、親たちの部屋へ向かっていくようだ。話し声が遠くなっていく。頃合いを見計らって、私は駆け出した。

 

 満開のソメイヨシノ。

 言われた通り裏に回り、扉を開け放つ。風に揺れヒラヒラと舞い落ちる花弁に見送られ、私は外の世界へ飛び出した。

 

 

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