スイートピー3
目がくらんで痛みさえ感じるのに、目を見開くことしかできなかった。
まるで嵐の檻の中に、一人だけ閉じ込められたかのようだ。どしゃぶりの雨のようなシャッター音に、雷のようなフラッシュ。どんな状況に置かれているのか理解できないまま立ち竦んでいると、次第に大嵐が通り過ぎて、光や音がまばらになった。
途端、無数の人間の目が現れる。獲物を見つけた獣のような無数の鋭い瞳が、全部私へ向いていた。
全身に鋭いナイフのような鋭い視線が、突き刺さってくる。体中の血液が流れだしていくようだった。自分が今ちゃんと立てているのかどうかも、よくわからなくなる。
「影山さん。この度は、取材許可をいただきありがとうございます」
誰かの声が響いた。途端、抜け続けていた血液が徐々に体内に戻っていく。凍り付いて固まっていた思考が次第に溶け出して、回り始めていた。
人ごみの微かな隙間から、さらに奥へと視線を伸ばせば、門が全開になっている。
外にいたはずのマスコミが、敷地内に入ってこれた理由はただ一つ。
由紀子が、門の中へ招き入れたということだ。外にいたマスコミに対し、娘がこれから取材を受けるとでもいったのかもしれない。
「本日、ある遊園地で佐藤蓮さんと影山さんの仲睦まじい姿を見かけたという目撃情報が、多数SNSなどに投稿されていました」
一番前にいた記者が、タブレットを私の方へと向けた。
それは、遊園地の入り口で接近しているところ。乗り物に乗って、はしゃいでいるところ。喫茶店で、見つめ合っているところ。
それは確かに湊と私。
折り重なって飛んでくる質問は、全く知らない言葉のようだった。何を言っているのか聞き取れないのに、その人たちには敵意があるということだけはわかる。一瞬、身が固くなってしまう。同時に、由紀子の真意が手に取るようにわかった。
由紀子は、私を晒し者にするために、ここへ突き出した。
私は、どこへ行っても使いものにならない。それを世に示したいとでも思っているのかもしれない。
最後の最後まで、由紀子らしいやり方だと思う。
由紀子の思考を理解すれば、不思議とどんどん頭の中が冴えわたっていくようだった。足先から指先まで冷え切っていた体温が、徐々に熱をとり戻し、自分の立ち位置も明確になって足の感覚が戻っていた。
私は、息を大きく吸い込んで、正面を向く。一歩前へ出た。
「この度は、お騒がせして大変申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げる。
それが合図だったかのように、再び嵐が吹き荒れた。頭上にフラッシュとシャッターを切る音が絶え間なく降り注ぐ。しばらく続いて、顔を上げる。私が顔を上げると、再び激しいシャッター音。視界が真っ白になった。長い時間しばらくそれが続いて、やっと白い嵐が静まってくる。そのタイミングを見計らったように、女性の声が響いた。
「お二人が堂々と近い距離で歩いていたということは、お付き合いされているということですか?」
飛んできた声の方向へ目を向ける。ちょうど真正面を陣取っていた銀縁眼鏡の女性記者だった。
気まぐれに放たれる光が、眼鏡に反射している。
「私は、佐藤蓮のマネージャーです。そのような事実はございません」
「では、二人は仕事で訪れていたと?」
眼鏡レンズに光が反射する。私は、目を逸らさない。
「はい。先日ある方より、佐藤蓮を広告塔として起用したいと依頼を承りました。その一環として、今回訪れさせていたまでです」
帰りの車で湊が教えてくれた。
春樹が湊に協力する条件として提示されたのが、ワールドレジャーランドの広告塔を請け負ってほしいというものだったらしい。佐藤蓮を宣伝に起用すれば、膨大なお金がかかる。それを、破格の値段で。
その提案を湊は、のんだ。
「では、あくまでも仕事で訪れた、ということですか?」
「その通りです」
決して、嘘は言っていない。今回私と一緒に訪れたのは、その約束を必ず守るとアピールするために過ぎない。
堂々と答える。光がやんで、女性記者の眼鏡は夜の暗さにのまれた。
その隙を狙って、別のところから質問が飛んできた。
「あなたは、影山ホテルグループの娘さんですよね? なぜ、親の会社で働こうとは思わず、佐藤蓮のマネージャーをやろうと思ったんですか? あなたが佐藤蓮に近づきたいがために、計画を練って入り込んだという噂を小耳にはさんだのですが、そちらは事実でしょうか?」
ひゅっと喉が鳴って、背筋に冷たい汗が落ちていく。
グランドセンターホテルで由紀子を追い払いたいがために、私が作り上げた話。過ぎ去ったと思っていたことが蒸し返される。
いくら小早川がかん口令を敷いたとしても、あれだけ人数がいれば、話が漏れるのは当然のことだろうと思う。いや、それ以前に、由紀子が直接吹き込んだという可能性もある。嘘をつけば、結局自分の首を絞めるとは、このことだ。
今更、ここで弁解の方向へ動けば、どうしても由紀子の話を触れなければならなくなる。そうなれば、この騒動は違う方向にも火がついてさらに拡大していく可能性がある。公然の事実となっているのは、嘘の方だ。
ならば、公然の事実をそのまま認めてしまえばいい。
私の言葉を待つ記者たちの沈黙と視線が、私を急かしている。
私は、大きく息を吸った。
「それは」
「僕が、彼女をスカウトしたからです」
よく通る声にハッと、目を見開き声がした方へ視線を伸ばした。その声は、マスコミの最後方にいた。
いつもの湊にしか見えないが、よく見てみると少しだけ肩で息をしていた。裏口で待機していたところ、異変に気付いて駆けつけてくれたのかもしれない。
湊が立っているだけで、この場の空気をガラリと変えていた。
その場にいる全員が一斉に振り返っている。そこから波が起きたかのように、その場の意識を全部浚っていた。
佐藤蓮本人が現れた。記者が名前を口にし、さらにざわついていく。興味の対象はすべて湊。記者たちは、興奮して食いついていた。
「佐藤さん直々にということでしょうか?」
「ええ、そうです。彼女が働いるところをお見掛けして、僕が声を掛けました」
「それは、なぜですか?」
その質問が飛んだ瞬間、再び白い嵐が吹き荒れた。一斉にシャッターを切られる。
湊は、普段カメラを向けられているから、まったく動じていないようだった。 湊は一瞬だけ、私を一瞥し、再びカメラへと視線を向ける。
そして、余裕の笑みを浮かべ、形のいい唇が上向いた。
「当然です。僕が彼女に、こ」
「ス、トップ! ストップ! ストーップ!」
小早川が、叫びながら駆け込んできていた。まだ、湊まで距離がある。息が切れてもう、走れないのか、ともかく両手のひらを空へ大きく左右させ自分の存在を強調させていた。しかし、注目はやはり湊。小早川を無視している。
「『こ』の後、何を言いかけましたか?」
矢継ぎ早に質問が飛び、湊はさらに広角を上げた。口と目元にいたずらっぽい笑みがある。
何を言おうとしているかよくわからないが、こんな顔をするときの湊は要注意。私の勘は、そう言っていた。
湊が唇を動かしかける直前、私は反射的に割って入っていた。
「コ、コーヒーです! 私はそれまで喫茶店で働いていて、そこで蓮さんがコーヒーを頼まれたんです! それで」
「僕が、恋に落ちたという訳です」
湊の声は、やはりよく響く。響きすぎて、マスコミの目が点になる。
私は顔が真っ赤になるやら、真っ青になるやら、気が気でなかった。
小早川だけは鬼の形相と化していったのだった。




