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願わくば一輪の花束を  作者: 雨宮 瑞樹


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エーデルワイス4

 翌朝。

 同じ轍は踏むまいと、昨日より早く起床。湊をたたき起こすことに成功して、そのままドラマの現場へ直行していた。

 私は電話対応をし続けている傍らで、湊は滞りなく撮影を終えていく。

 そして、ドラマは撮影完了。湊は関係者から、拍手で称えられ、挨拶を交わしてほっと息をついていた。

 

 湊は周囲へ会釈しながら、つま先を私の方へ向けてくる。私も、ちょうど電話が一区切りついたところだった。そこに、リコが湊の元へ駆け足でやってきていた。

 自分の細い腕を湊の腕に絡みつけ始める。大胆な行動に、ほかのスタッフも驚いた表情を浮かべていた。それは、私も例外ではないし、湊もそうだった。

 しかし、当の本人は、そんなことなど気にする素振りもない。

「明日からの蓮君の映画、私も出演することに決まったの! 降板者が出て、急遽決定したのよ!」

 リコは声を弾ませ、顔は上気している。いつもの尖った瞳は、そこにはなく嬉しさでいっぱいのようだ。湊は、少しだけ目を大きくして、腕を外していく。そして、にこやかに言った。


「おめでとう。また、よろしく」

 湊の大人の対応に、リコはぴょんぴょん跳ねている。

「ねぇ、今日の夜二人で打合せしない?」

 その一言で、湊は珍しく感情が表に出ていた。ぎゅっと、眉間に深い溝を作って不愉快そうな表情をしている。しかし、リコは気づいていないのか、畳みかけていた。

「人によって作品に対する解釈の違いって、どうしてもできるものじゃない? そのあたりの溝を埋めるために、二人で確認する必要があると思うの」

 リコが、やる気満々になっていう。それに対して、湊は少し考える仕草をして、慎重に言葉を重ねた。

「そのあたりは、今回のヒロイン役の子と、セリフ合わせの打ち合わせの時に確認してあるから、必要ないんじゃないかな」

 口調は柔らかだが、きっぱりと断りを入れる。だが、リコは納得できないようだ。

「じゃあ、その打ち合わせの内容を教えてよ」

 そういうリコに、湊は涼しい目をしていう。

「役どころは?」

「蓮くんのライバルの恋人役よ」

 リコが答えると、湊は微かにため息をついていた。

「ごめん。僕は、敵対する役柄の人とは、なるべく距離を保ちたいんだ。それに、今回の映画のために、体力を温存しておかなければならない。そういう話をしたいのなら、他の人にお願いしてくれ」

 さらりとかわしていく湊に、リコは負けじとしがみつく。まるで蛇のように、湊にまとわりついていた。

「じゃあ、後学のために、私も明日から現場見学しに行くことにするわ。そのあと、一緒にご飯しようよ」

 湊から、辟易としている空気が伝わってくる。いつも温和な瞳が、冷たい。

 

 小早川の言葉を思い出した。

 湊をガードすることも、マネージャーの仕事。私は、手を握り締める。そして、思い切って声をかけた。

「蓮さん、お時間です」

 湊は少しほっとした表情を浮かべる。

「じゃあ、僕はもう行かないと。また現場で」

 湊が、速足でこちらへ向かってくる。近づいてくる湊の瞳からは、安堵の色が浮かんでいた。

 その後ろから、まだ湊に張り付いてこようとするリコ。その前に私が立った。

「リコ様。蓮さんは、次のお約束があるので、失礼いたします」

 私がきっぱりと告げて頭を下げると、リコは驚いたようなかをしていた。目を見開いた白目が充血していく。リコの目は怒りで燃え盛っていた。自分の体から、昨日と同じ拒否反応が起こる。変な汗が背中を伝ってくる。足まで竦みそうなるが、動じないように息を整え、何とかリコから背を向ける。そして、先を行く湊の背中を追った。

 リコの姿は、視界から外れている。

 しかし、私が邪魔したことに対する、リコの凄まじい怒りが物凄い数の矢となって、背中に突き刺さってくるようだった。ずっと忘れていた左腕の傷が酷く疼いて仕方なかった。

 

 その後もどうしてか痛みが消えず、ジャケットの上から腕を撫でて痛みを散らしながら、ひっきりなしにかかってくる電話を捌いていく。


 湊は舞台稽古や打ち合わせを乗り切り、湊と一緒に帰宅したのは深夜だった。

 湊は終日動き回っていたのにも関わらず、外ではまったく疲れを見せなかったが、部屋の前まで来ると、疲れが見えた。

「今日は、お疲れさまでした。明日は昼過ぎにお迎えが来るので、ゆっくり休んでくださいね」

「昼出発だったら、僕もちゃんと起きられます。紅羽さんも安心して休んでください」

 湊は、申し訳なさそうに言うから、私は笑ってしまう。

「はい。では、明日は、安心して準備したいと思います」

 湊は、ははっと笑う。それだけで、一日の疲れも吹き飛んで、ずっと引きずっていた痛みも引いていくようだった。私は自然と笑顔になっていた。

 

「では、おやすみなさい」

 ぺこりとお辞儀をして、部屋のドアに手をかけようとしたとき「紅羽さん」と、呼ばれる。再度、湊の方へ顔を向けると、先ほどとは打って変わって神妙な面持ちと出くわした。


 何か心配事だろうか。不安がよぎりそうになったとき、湊は痛々しそうに、目を細めて指をさした。その先は、私の左腕。

「腕、大丈夫ですか? 今日ずっと、痛そうにしていたでしょう?」

 気付かれたことに、ドキッとして、目を見開く。湊が気付くほど、変な素振りをしていたのかもしれない。

「全然、平気です。今日は電話ばっかりで、スマホをずっと耳元へ持っていなきゃいけなかったので、腕が疲れたんです」

 早口でそういったところで、やっと湊が突然私をマネージャーにしてくれた理由がわかった気がした。

 

 湊は優しすぎるくらい優しい。ずっと私の腕の怪我のことに対する罪悪感があったのだろう。だから、困っていた私を放っておけなかった。

 今まで湊にマネージャーはついていなかったのに、急に私を雇ってくれたことにも、これで辻褄が合う。そんな彼の複雑な胸中にも気付けないなんて、本当に自分が情けない。本来ならば、絶対に腕の違和感に気付かれてはいけなかったはずだ。

 これでは、湊の視界に私が映る度に、罪悪感を募らせてしまう。余計な心労はかけたくない。

 

「……湊さんは、私の怪我のことに引け目を感じていらっしゃって、私を雇うことにしていただいたのかもしれませんが……私はもう十分よくしていただきました。ですから、これ以上私を気にかけずとも大丈夫です。湊さんには、感謝しかありません。無理して私を雇っていただいているのであれば、私はいつでも」

 解雇してくださいと、言う前に湊に、鋭く睨まれた。初めてのことで、動揺してしまう。そんな私を差し置いて、湊ははっきりといった。

「それは、違います。僕は、紅羽さんに支えてほしいからお願いしたんです。傷のことは関係ありません」

 少し怒っているような口調だった。

 当然だろう。湊は、ただの優しさで言ってくれていたのに。私は、本当にダメな人間だ。

「すみません……余計なことを。私、人の本当の優しさっていうのが、よくわからないのかもしれません……。私へむけてくれる優しさはいつでも、何かしらの思惑があったので」

 私への優しさや褒め言葉は、全部私を通り抜けて、背後にいる母ばかりに向いていた。

 これをどうぞと、何かを親切で貰っても、最後には必ず「お母様によろしく」と言われ、本当の私を見てくれる人はいなかった。言葉やモノの裏には、必ず計算があった。

 それをずっと見てきたから、私の心も汚れていったのだろう。いつも、人の顔色を伺って、さっきみたいな、湊の透明な優しさも素直に受け取れず、邪推してしまう。 

「私も、湊さんみたいに、きれいな心を持っていたらよかったのに」

 ポロっと溢れてしまった本音に、湊は目を大きくしていた。私はしまったと、慌てて笑顔を作り取り繕った。

「ともかく、私は大丈夫です。心配していただいて、ありがとうございます。では、また明日」

 頭を下げ、湊から逃げるように部屋に入っていた。

 

 

 一人になると自己嫌悪が重りとなって、体を押しつぶしてくるようだった。全身重だるく、腕もずきずきとまた痛みだす。

 ベッドにそのまま直行したくなるが、明日の準備は今のうちにしなければならない。

 自分の身体に叱咤して、明日の準備にとりかかる。何が必要なのかを確認しつつ、今日の雑務を終わらせるために、社長から送り付けられてきたパソコンに向かった。

 一日の進捗と、電話の内容、知らせておきたいことなどを、文書にまとめて社長へメールする。そして、明日からの泊まり込みの準備に取り掛かった。荷物を詰め込んで、再びパソコンの前へ向かう。

 映画は、親を殺された孤独な少年が、大人たちへ復讐をするアクションファンタジー。

 撮影は、常に自然に囲まれた場所で行われる。約一か月間にわたり栃木のホテルで泊まり込みをすることになっている。

 ホテルの手配などは、映画製作会社が、手配してくれていた。

 もやっとしたスケジュールは聞いていたが詳細情報をずっと、社長が止めてしまっていて、私から催促して先ほどやっとメールが届いていた。それに目を通していく。


 正午 マンションに迎え。

 十五時 現地のホテル到着。

 十六時 ホテルの会議室でスケジュール確認。

 一か月分の旅行日程のようなものが表になっていた。

 開いた文書を読み進めて、しっかりと頭に入れていく。場所と、台本の場面も一致するように、頭に叩き込んでいった。ようやく、最後のページまで辿り着く。終わったと、脱力しながら、最終ページへ移動すると、それは宿泊施設の情報だった。

 

『グランドセンターホテル』

 その名前が飛び込んできた瞬間、瞬きすることも、息をするのも忘れていた。

 心臓が跳ね上がった拍子に腕の傷が更に痛んでくる。手が震えて、記載されていたホテルの公式ページのアドレスを誤ってクリックしてしまっていた。

 

 ページへ飛ぶ。動画が自動再生されていた。

 ホテル周辺の山へ登る一人の女性。

 女性の視点カメラなのだろう。大きく左右に画面を揺らし、ホテルの周辺にある山を登っていく。

 標高の高い山道の脇には、エーデルワイスが咲き誇って、風に揺れている。それがやがて、山頂に辿り着き一気に視界が拓けていた。

 画像は一瞬暗転し、ホテルの全容、部屋の内部まで違和感のない編集がなされた最後に、会社のキャッチコピーが流れた。


 皆様の一時の夢と寛ぎのお手伝いを。力の限り、寄り添います――。影山グループ

 その背景は、見渡す限り咲き誇る梅だった。


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