ルリマツリ3
仕事の提案を受けてから二日後。
湊が例の仕事を探している人と会わせたいと、車を出してくれその助手席に乗っていた。
「なんだか、すみません。わざわざ車を出していただいて……」
うちの兄でさえ、運転手を雇っていた。佐藤蓮という俳優クラスになれば、自らハンドルは握らないだろうと思っていたのだが、サングラスをかけた蓮は、白い歯をみせる。
「僕は、仕事に行くときも自分で車の運転をしているので。むしろ、運転はいい気分転換なるんです」
事務所からは止められているが、やめる気はないという。
すごい人だなと、改めて思う。芸能人といえば、みんなからちやほやされて、崇め奉られ、その上で胡坐をかく傲慢な人が多いと思うのに。少なくとも、母とも兄はそうだった。
だが湊は、全然違う。
「本当に、すごいんですね。天野さんって」
つい呟くと、湊は、運転しただけでこんなに感心されるなんて、得した気分ですねと笑う。そもそもの人間の種類が違うのではとさえ思える。
感心しきりの私をちらっと見てから、湊はまたフロントガラスへ視線を戻していた。
「あの、ずっと思っていたんですけど。天野さん呼び、やめませんか?」
「あ、すみません。佐藤さんの方がよかったですか?」
「あ……いや、本名の方がいいことはいいんですけど、名前の方が僕としては嬉しいな……と」
「わかりました。では、湊さんと呼ばせていただきます。私も名前で呼んでください」
信号待ちで車が止まる。サングラス越しから湊の視線が送られる。
「じゃあ、紅羽さんで」
そういうと、また照れくさそうに笑うから、こちらも胸の奥が擽られたみたいに笑ってしまう。なんだか、胸の奥が温かい。
窓ガラスから夏の訪れを感じさせる陽射しが注ぎ込む。きっと、その熱のせいだ。
しばらく走って建物の地下駐車場に入り、エレベーターに乗りこんだ。私は、ひたすらその後に続く。サングラスをとって、ティシャツの胸ポケットにしまい込んだ。
「僕が所属しているブランスタープロダクションの事務所です」
七階に到着する。セキュリティのカードキーをかざすと、ドアが開いた。
「湊さんの事務所に、いらっしゃるんですか?」
湊は、爽やかな笑顔で頷いて、その後に続いていく。
さらに、もう一つのセキュリティを抜けた先に普通のドア。湊は、そこをノックすると「はいよ」と軽い返事が返ってきていた。
相手にとっても、湊にとっても、気心知れた相手なのだろう。湊も相手の返事がすべて終わる前に、ドアを開けていた。
ドアのを開けると、正面に無精ひげを生やした中年の男性がデスクに座っていた。
脂っこくよく焼けた肌を湊の方ではなく、私の方へ向けてくる。デスクに両肘をつけて、頭の天辺から足の爪先までじっくりと観察するような眼差しを向けてくる。しかもその視線は、肌を抉って、私の本質を見透かしてしまうのではと思えるほど鋭い。自然と体が硬直してしまう。固唾をのんで、肌を突き刺してくる緊張感を飲み下していると、湊が私の前に出て苦言を呈していた。
「オーディションやっているみたいになってますよ」
「でも、紹介したいって言っていた子は、この子なんだろ? 採用面接、オーディション……似たようなもんだろ」
そういって、立ち上がり私の前に立つ。
頭一つ分背の高い視線とがっしりした体格。威圧感あって、猫背になりそうだ。だが、これも採用面接の一環なのだろう。ピシッと背筋を伸ばす。
「はじめまして。影山紅羽と申します」
「ここの事務所代表をしている小早川です」
「よろしくお願いいたします!」
頭を勢いよく下げる。小早川は厳しい目付きを、無精ひげをぴくっと動かして、口元と一緒に緩めていた。そして、うん、と納得したように頷く。
「採用決定。これで、楽になれる。よかったー」
「え……」
まだ何も聞かれていないし、そんな簡単に決めてしまっていいのだろうか。私の方が心配してしまいそうになるが、小早川は、リラックスしたように肩をぐるぐると回して思い切り伸びをしていた。
「やっと、肩の荷が下りるぜ。俺をここまで、こき使いやがって」
小早川は、湊を睨みつける。
「無理して人を雇わなくてもいいって、言ってたの社長の方でしょ」
言い返してくる湊を無視して、小早川はデスクの椅子に背を預けて面倒くさそうにいう。
「こんなクソ忙しくなる前の話だ。事情は、刻一刻と変わっていくものだろ。まぁ、ともかく……佐藤蓮さんは、この後雑誌の撮影だろ? 今日は、俺は疲れたから単独でとっとと仕事へ行ってこい。その間に、この子に仕事の説明をしておく」
面倒そうに指びしっとさされる。思わず肩に力が入ってしまうが、湊が振り返ってくる。
「強面で、粗暴な物言いですが、悪い人じゃないので大丈夫ですよ。何かあれば、僕の方に連絡くれればすぐに駆けつけますから、安心してください」
「何言ってんだ。余計なこと考えず仕事に集中してこい。早く行け」
小早川はしっしと、手で払う。湊は、小言を無視して私へと向き直った。
「では、紅羽さん。行ってきます」
「はい。いってらっしゃい」
仕事モードに入った湊は、キラキラの笑顔を見せてドアの奥へ来ていく。パタリと閉まった音が合図とばかりに、私の胸に何かが投げられた。慌ててキャッチする。スマホだった。
事情が読み込めず、小早川を見返す。清々したとばかりに、再び伸びをしていった。
「ということで、あとは頼んだぜ。マネージャーさん」
聞き慣れない言葉だ。
「マネージャー?」
小早川はスマホと私を交互に見返し、のんびりといった。
「そう。君はこれから佐藤蓮のマネージャーとして、働いてもらう。これから、よろしく頼むよ」
小早川はニッと口角を上げていた。




