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願わくば一輪の花束を  作者: 雨宮 瑞樹


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ヒマワリ5

 普通の会話の中に出てきた他愛のない質問のように、あまりにさらっとした言い方だった。

 なかなか、飲み込みの悪い私とは違って、すぐに自分が言ったことの意味に気づいた湊は、慌てていた。店での騒動の時でさえ、慌てた様子を見せなかったのに。他人事のようにそんなことを思っていると、少しずつ頭が回転してきて彼が慌てた理由がわかってきた。僕のところに来ないかという発言は、一緒に住まないかという意味にもとれることを。

 途端に全身の血が顔に集中してきて、体温が急上昇してくる。

  

「勘違いしないでください! 変な意味ではありません! こういう職業なので、住む場所と別に部屋を借りているんです。空き部屋があるので、そちらを使ってはどうかという意味です!」

 湊も慌てて、声量を上げて早口になっていた。

サングラスにマスクで、表情はよくわからなかったが、この声のトーンと同じように焦った表情をしているのかもしれない。

 湊はコホンと咳ばらいをして深呼吸すると、あっという間に冷静さを取り戻していた。私なんかとは、比べ物にならないほど切り替えが上手い。

そして、湊は先ほどの続きを説明し始めていた。

 

「僕の社長が田舎に住んでいる両親がこちらに来た時などに、使ってもらえばいいといって、今僕が住んでいる隣の部屋を、貸してもらっているんです。そうはいっても、一度もこっちへ来たことはないんですけど。今や事務所の衣装置き部屋と化しているので、自由に使っていただいて構いません」

 ごく簡単なことだというような口調だが、それはとんでもない提案だ。無償でその部屋を提供してくれるということだ。私には、お金もないし、そこまで湊に迷惑をかけるわけにはいかない。湊の方へ前のめりになって、勢いよく首を振る。

「私、その……家賃を支払えるような持ち合わせもありませんし、さすがに、そこまでお願いするわけにはいきません」

 固持するが、ふっと軽い溜息をついてから、サングラスをとった下から現れた形のいい双眸は、冷静に質問してきていた。

「じゃあ、何かいい案はあるんですか?」 

 他に道を示せという湊を前に、何かないかと案を練ろうと車窓から、外へ視線をやる。いま走っている町中では、到底馴染まない黒服の男が、キョロキョロと辺りを探索しているのが見えた。

 危うく目が合いそうになり、慌てて身を低くして、身を縮こませる。

 そんな、状況を湊はすぐに察知していた。

「迷っている暇はない。決まりでいいですね?」

 私は、結局何も言えなかった。私行く場所はどこにもない。これが今の私の現実だった。固く拳を握ることしかできない。

 湊はサングラスをワイシャツの胸ポケットにしまう と、早速タクシー運転手へ行き先を告げていた。 

 そして、車は神奈川県を離れ、都内へと向かっていく。流れていく景色を見れば、緊張が少しずつ和らいで、本音がポロリと溢れてしまう。

 

「私はいつも助けられてばかりですね……この恩に、どう報いればいいのでしょうか……」

 それは、母から逃げ出してから、何度も思ったことだ。けれど、結局私は誰にももらった恩を返すことができずにいる。私は、酷く冷たい恩知らずだと、心から思う。

 呟きは、湊の鼓膜には届かず高速を走る雑音にかきけされている。そう思っていたのに、湊は聞き逃すどころか、はっきりとした受け答えが返ってきていた。

 

「それは、僕の方でしょう? 僕は、影山さんに助けられたんですから」

「私が?」

 首を傾げることしかできない私へ、湊は何度も目を瞬かせて苦笑していた。

 そして、私の腕を指さして、痛々しそうに目を細める。

「この前、お店で危なかったところを、身を呈して止めてくれたでしょう?」

「あぁ……」

 自分が直面している現実に精一杯すぎて、遠い昔の出来事に思える。

「そうえいば、そんなこともありましたね。すっかり忘れていました」

 思ったことが、そのまま口をつく。湊は、笑っていた。

「そういう影山さんだからこそ、みんな力を貸したいと思うんですよ」

「……あまりに世間知らずで頼りないから、子供のように心配されているだけのような気もしますが……」

「それも、あるかもしれませんね」

 湊は明るくそういうと、声を上げて笑っていた。全然悪い気分なんかしなかった。むしろ、すっと気持ちが軽くなる。

 私には絶対にない、不思議な力が湊にはあるのかもしれない。私からも、自然と笑みが溢れていた。

 

「天野さんって、本当にヒマワリみたいな方ですね」

「僕が?」

 形のいい瞳が丸くなる。

 窓から入ってくる黄色い街灯の光が、その目にキラリと反射していた。

「ヒマワリの花言葉は、情熱、憧れ。天野さんいるだけで、ぱっと周りが明るくなる……そんな天野さんを見て、みんなが憧れているのだと、思います」

 きっと色々な人に言われているようなありきたりな言葉だろうが、湊は少し照れたように頬を掻いていた。買いかぶりすぎですよと、いいながら微笑む。

「花言葉なんて、全然知らなかった。花に詳しいんですね」

 指摘されて、初めて気づいた、

 自分からこんな話をするなんて、今まで一度もなかった。湊といると、どうしてか自然と本当の自分が溢れてしまう。 

「すみません、花なんか興味ないですよね」

 そもそも、男性に話してもつまらないだろう。慌てて、話題を変えようとしたが、湊はいう。

「そんなことはないですよ。僕の実家はかなりの田舎で、花は結構身近でしたし。名前は、さっぱりですけど。影山さんは、どんな花が好きなんですか?」

「私はルリマツリとか、ブルースターが好きで……。どちらも青い小振りのお花で、可愛いんです。それでいて、健気で凛としていて。あまり目立つような花じゃないんですが、そっと見守ってくれていて、元気もくれる気がするんです。自暴自棄になりそうなときには、何度も助けらました」

 自分もがんばってるんだから、負けないでと。

 命をかけて励ましてくれているような気がしていた。孤独の中で心を死なせずにすんだのは、花達のお陰だと思う。

 そんなことを考えてしまうと湊の明るさとは、正反対の場所にいる自分との違いが鮮明になっていきそうだ。

 私は、本来湊のような人間の近くにいるべきではないのはずなのに。本当に申し訳ないと思う。

 どうしても視線が下へと行ってしまう。そんな私をまた掬いあげるように、湊は穏やかに目尻を下げてくれていた。

 

「青い花が好きなんですね。それなら、いい場所を知ってます」

「いい場所?」

 ぱっと顔を上げると、港の穏やかな瞳とピタリと合った。湊は口角をきゅっと上げていく。

「僕にとっても特別な場所なんです。いつか、一緒に見に行きましょう」

 社交辞令でも、嬉しかった。優しい提案が、胸の奥にあるロウソクに火が灯らせていく。ふわっと温かくなる。その温かさが消えないように、私はそっと胸に手を置いた。

 それから、他愛のない話が絶え間なく続きいていた。


 故郷の話、仕事の話、趣味の話。

 そうこうしているうちに、あっという間に、タクシーは目的地へ到着していた。

 

 

 

 




 

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