ヒマワリ4
湊は、形のいい唇を動かし、自惚れではなんですけどと前置きしていった。
「初対面の人であっても、大抵の人は僕のことをすでに知っていて、すぐに佐藤蓮だって認識されてしまうんです。顔を見ただけで、あ! ってなる。その瞬間、みんな目にフィルタがかかる。まぁ……裏を返せば、みんなが僕のことを知ってくれていて、うまくいっている証みたいなものなので、喜ばしいことだとは思うんですけれどね。でも、そうなるとテレビに出ている時と同じような自分でいなきゃいけないと、自分でも暗示がかかったようになってしまって、さっきの僕のような感じになるんです。そういう時は全然平気で、むしろ応援してもらって、楽しいくらいなんですけど。でも、それが終わって素の自分に戻ると、そのギャップにどっと疲れが出て、意外と無理してたんだなって気付いたりもして。人と会うといつもそんな感じなんです」
でも。湊はそういって、私の方へ視線をゆっくり寄越す。その眼は先ほどのキラキラ眩い光ではなく、穏やかな光だ。
「影山さんとお話ししたときは、不思議なくらい力が抜けて。昔の自分を、思い出したというか……構えることなく本来の自分のまま、話せる人がいたんだと、認識できて嬉しかったんです」
暖かい風が吹くようにふわりと笑う。
どうして、この人は私を救い上げるような言葉をくれるのだろう。
自分は変わり者だといった時も、素敵だと言って、縮こまりそうな心臓を元の形に戻してくれた。そんな穏やかな声で、何のためらいもなく。
ふわっとコーヒーの香ばしい香が漂っていた。三浦店長が、トレイを手に入ってきた。個室のテーブルの上に、三人分のカップを置いた。
「二人とも、どうぞ。私もいただくわ」
三浦店長がずっと立っていた私たちを席へと促し、一息入れましょうと促してくれる。
ありがとうございますと、湊と私の声が重なる。向かい合って座ると、私の横に三浦店長が座った。
湯気が立つカップを手に取り口へ運ぶ。ブラックコーヒーらしい苦味と甘さが混ざり合って、優しい味に変わっていく。二人の優しさが目に沁みる。
コーヒーを飲み干して、ソーサーにカップを置く。カチャンと、陶器が鳴った。背筋をピント伸ばして、二人の顔を交互にみやる。
「お二人とも、改めて本当にありがとうございました。最後の最後まで、ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」
改めてそういうと、三浦がすかさず問い返された。
「これから、どうするの? さっき、外をちらっとみてきたんだけど、この辺にあまりに似つかわしくないスーツ姿の目の鋭い人たちがたくさんいたわよ。紅羽ちゃんが自分のマンションに戻るのは、難しいと思う。私のところに、しばらく泊まったらどうかしら?」
「いえ、大丈夫です」
兄の弘嗣は、無駄足になるのを一番嫌う。いつも用意周到に計画を練って、満を持して行動に移してくる。ということは、この店にやってきたのも、闇雲にやってきたわけではないはずだ。私がここで働いているという、確実な情報を得たに違いない。それなのに、空振りに終わった。今頃、怒り心頭だろう。
そんな中で、更に三浦店長が私に手を貸して、家に置いているなんて知れたら、この店どころかプライベートまで影響が及ぶかもしれない。
影山一族による腹いせの報復は、今まで数えきれないほどやってきていることは、風の噂で何度も流れてきている。
力をつけてきそうな中小企業、歯向かった会社を、兄たちは黒い噂をでっち上げ流布して、潰してきた。このカフェだって、その対象になりかねない。
「でも、行くところないでしょ?」
問われて、止まってしまいそうになるが、取り繕うことだけには自信がある。口角をあげる。
「大学時代の友人がこの近くに住んでいるので、さっき連絡して、少しだけ泊めてほしいとお願いしましたので」
「そう。それならよかった」
「三浦店長、短い間でしたが本当にありがとうございました」
「寂しいわ……。せっかく娘ができたと思ったのに」
その思いは断然私の方が強いと思う。本当なら、ずっとここにいたかった。
「落ち着いたら、またここに来てもいいですか?」
「もちろんよ。ここはあなたの実家だと思って、いつでも帰ってきてね」
私は、自ら実家を捨ててきたような身だ。そんな私に、いつでも帰ってきていいと言ってくれる。こんなに嬉しい言葉はない。
湊のスマホが鳴った。
数分個室から出て、戻ってくる。
「コーヒーご馳走様でした。僕はそろそろ」
湊がそういうと、私は立ち上がって深々と頭を下げた。本当に感謝しかない。
「天野さん。本当に、ありがとうございました」
湊は、大したことはしていないと、微笑む。その顔を、しっかりと胸に刻もうとしたら、湊は言った。
「タクシーを呼んだので、泊めてもらえるお友達の家の近くまでお送りしますよ」
「え……そんな、これ以上甘えるわけには」
「ついでなので、全然。外は、影山さんを探し回っている人たちがいるようですし、その中を掻い潜っていくのは、難しいでしょう?」
「でも……」
本当は行く当てもないということが、バレてしまう。何か逃れる手はないかと、考えようとしたところで、三浦が間髪入れず口をはさんでいた。
「天野さん。私からも、お願いします。送ってもらいなさい」
本当の母親のように言われてしまい、私は逃げ道を失っていた。
数分でタクシーが店の前に停まる。再度三浦に礼を述べると、湊が私にキャップを被せた。
「念のためです」
湊もサングラスとマスクで守備を固め、車に乗り込む。そして、早々に聞かれた。
「友人のご自宅は、どちらですか?」
「近くの駅までで大丈夫です」
曖昧に答えてかわそうとしたら、湊はにこやかに行く手を阻んでいた。
「三浦さんに、ちゃんと送ると約束しているので。それだと、約束を守ったことになりません」
他に選択肢はないという湊に、適当な住所を頭をフル回転させたいところだが、まだこのあたりの地理も詳しくない。完全に袋小路に追いやられてしまう。それでも、何とか逃げ道をと探そうと、黒目を彷徨わせていると、湊はふっと表情を緩めていった。
「やっぱり、目的地。決まってないんですよね?」
ずばり言い当てられてしまい、息の根を止められてしまう。本当に端正さに加えて抜け目がない湊に、舌を巻くしかなかった。
「意地悪で、すみません。そうでもしないと、本当のことを白状してくれないと思ったので」
困ったような笑顔を見せてくれる湊に、どんな顔をすればいいかわかならない。自然に、手元に視線が落ちる。
「あの、適当にビジネスホテルにでも泊まりますので、お気になさらず」
そういいながら、ホテルは悪手だろうと思う。家はホテル業を生業としている。すでに様々なホテルに連絡を入っているはずだ。そこに、私が入ってきたらすぐに見つかってしまうだろう。ならば、どこへ行けばいいのか。
何かいい策はないかと、ふと窓の外を見る。遠くでスーツ姿の男性が数名うろうろしているのが見えた。
心臓が跳ねて、湊が被せてくれたキャップを咄嗟に目深に被りなおして、シートに身を沈める。色々と鋭い湊は、状況を察知したのだろう。
湊は、顎に手をやり、考える仕草。その思考の流れに乗るようにいった。
「もしよかったら、僕のところへ来ませんか?」




