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願わくば一輪の花束を  作者: 雨宮 瑞樹


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14/33

ヒマワリ

 数日の入院を経て、腕の状態もだいぶよくなって、久々のアルバイトへ向かう。その道すがら、スマホをやっと手に入れた。その店で売っていたスマホの中で一番安いものを選んだが、お金に余裕はない。しばらくしたら、もう少し家賃を抑えられる物件を探すべきかもしれない。

 よし、と心身ともに気合いが入れて、店へ向かう。

 店のドアを押すと、三浦店長がお帰りと、出迎えてくれた。

「もう、本当に大丈夫なの?」

「はい。もうすっかり」

 左手に痺れはあるが、痛み止めも飲んでいるし、問題ないだろう。時間とともによくなっていくはずだ。

 またここに戻ってこられたことの嬉しさで、そんな懸念なんて全部帳消しにしてくれる。

 

「また、改めてよろしくお願いいたします」

「こちらこそ」

 お互い頭を下げ合ったところで、カウンターの花瓶に生けられている花がヒマワリに変わっていたことに気づいた。

 

「お花、ヒマワリにしたんですね」

 私がまだ小さい頃。庭の手入れをしていたお手伝いさんに、好きな花を植えていいと、言われたことがある。

 その時、選んだのがヒマワリだった。

 太陽の光をいっぱい吸い込んで花開き、自分の命をすべてを使って、鮮やかな黄色い花弁をつける。見る人にも、力を与えてくれるこの花は、本当に特別な力があるのではないかと何度も思ったことがある。

「それ、天野さんが持ってきてくれたのよ」

 ハッとして、あの日のやり取りを思い出す。


 社交辞令なんかじゃなく、本当に来てくれたことが心から嬉しかった。

 ぱっと華やぐような空気を纏っていた湊に、ぴったりの花だなと思う。そんなことを思っていると、三浦は手を叩いた。

「それにしても、本当にびっくりしたわよね。そうかなとは思ったけどさ。まさか本物とはねぇ!」

 そう思わない? 興奮気味に、同意を求められる。私の頭の中は疑問符でいっぱいになる。いまいち話が掴めない。

「何の話ですか?」

「彼のことに、決まってるじゃない! だって……」

 といいかけて、三浦は驚愕の表情を浮かべていた。そして、顔に穴が空くのではないかと思うほど、じっと見られてしまう。もうそういう反応をされるのもだいぶ慣れてきたつもりだけど、やはり、居たたまれなくなる。

「お見舞いにきてくれたんでしょ? わからなかったの?」

 店長が呆れを含んだ疑問を投げかけてくる。どういう意味なのか。そういえば、湊自身からも「僕のこと、見覚えありませんか?」と、確認されていたことを思い出す。そこで、はたと気付いた。

「もしかして、お店の常連さんでしたか?」

 そういうことならば、本当に失礼なことをしてしまった。

 常連さんの顔がわからなかったなんて。そんなことを思っていると、驚きを通り越して呆れ顔。更にそれも飛び越えて「そうだった。相手は、紅羽ちゃんだった」と、ゲラゲラ笑っていた。

 

「本人何もいってなかったのよね?」

「……あの、本当に何のことでしょうか?」

「本人が明かさなかったというのなら、私が教える訳にはいかないわねぇ」

 いたずらっぽい笑顔をみせてくる。確かに、そうかもしれないけれど。

「でも、それって、私がとても失礼なことをしているということですよね?」

「うーん。中にはそういう人もいるのかもしれないけれど、天野さんはそういうタイプじゃなさそう。むしろ、知らない方がいいって、思っているんだと思う。そんなに気になるのなら、今度直接聞いてみたらどうかしら?」

 ウキウキしながらそういう三浦だが、それはそれで気まずいのではないだろうか。

 あなたのことをよく知らないので、教えてください。

 そんな、変な質問できる勇気はないのに、三浦は目を輝かせていた。

 

「また、近いうちに来るって」

 その時、カランとカウベルが鳴っていた。

 

 ドキッと心臓が跳ねた。その勢いのまま、その方向へ振り向く。店内に入ってきたのは、銀縁眼鏡の倉木だった。

「倉木さん」

 駆け寄ると、倉木は目じりを下げて、ほっとした表情を浮かべていた。

「お久しぶりです。マンションの方へ伺ったのですがいらっしゃらず、諦めて帰ろうとしたらちょうど影山さんを見かけて」

「わざわざ、来ていただいて申し訳ありません」

 頭を下げて、上げたとき目に入ってきた倉木の表情は、一転曇っていた。

 いい話を持ってきたわけではなさそうだ。

 

 私と倉木を見比べてくる三浦に、今住んでいる部屋を紹介してくれた不動産屋さんですと、説明を加えると、胃が重くなってきそうだった。三浦は、抜け目なく三浦へ頭を下げた。

「営業中に押しかけて、申し訳ありません。少しだけ影山さんをお借りしてもよろしいでしょうか?」

「どうぞ。開店して間もない時間は、お客さんはほとんどいらっしゃらないので。個室使ってください」

 私がありがとうございますというと、三浦は微笑みながら、そそくさとカフェカウンター中へ引っ込んでいく。気を利かせてくれたのだろう。

 

 私が先頭に立って、個室へと足を向けて、部屋に入る。席に腰を下ろしたと同時に、倉木は早々に本題に入っていた。

 

「お母さまが、紅羽さんを血眼になって探しているようです」

 予想通りといってもいい。当然そうなるだろう。私が頷くと、倉木は神妙な面持ちになっていた。

「先日同じく不動産屋を営んでいる友人から、連絡が来たんです。影山紅羽さんの名前でどこかのアパートやマンションを賃貸ももしくは、購入契約をしていないかどうかを、興信所を使って片っ端から調べ上げているらしいと。僕のところにも近いうちに調べが入りそうなんです。そうなった時には、適当にごまかすつもりではありますが、正直自信がありません。変に拒むとむしろ怪しまれてしまうと思いますし」

 倉木は、悩ましいところだと、眉間にしわを寄せる。

「僕名義で契約のやり直しをしてもいいかと思ったんですが、不自然でしょうし、岩国が影山さんを手助けしていたということが、わかってしまうでしょう。そうなってしまうと、あいつの立場が危うくなると思うんです」

 その通りだ。

 春樹が私を逃がすために、手を尽くしたことがわかってしまえば、母の逆鱗に触れてしまう。母は目には目をどころではなく、その数倍上乗せて報復をする質だ。あの場をめちゃくちゃにするように娘を唆したとでもいって、岩国に責任を取れと責め立てるかもしれない。

 春樹は、岩国グループのトップをずっと目指している。その道を閉ざさせてしまうことだけは、絶対に避けなければならない。奥歯を噛んで、倉木を真っ直ぐに見つめる。

「お二人には、これまで私のために、たくさんご尽力していただきました。これ以上ご迷惑おかけする訳にはいきません。もし、倉木さんのところにそのような調査が入った場合は、拒むことはせずありのまま受けてください。そこで、私の名前が出てきて、騒ぎ立てられたとしても、覚えていないと知らぬ顔をしていただければ。これ以上の手出しは無用です」

「……わかりました。代わりの策を示せればよかったのですが……」

 申し訳ないという倉木に私は首を振る。

「倉木さんや岩国さんには、感謝しかございません」

 深々と頭を下げると、倉木はひたすら重苦しい顔をしていた。そんな思いをさせてしまって、本当に申し訳ないと思う。

 その後、新しく手に入れたスマホで連絡先を交換し

「また何か動きがありましたら、すぐに連絡を入れます」

 倉木は、そういって店を後にしていた。

 

 空を飛べそうなほど軽く、晴れやかだった空が、分厚い雲が垂れ込めて一気に真っ暗になる。

 私の顔はそんな感じだったのだろう。

「何かあったの?」

 三浦は瞳を心配色に染めて、尋ねてくる。倉木から次に連絡が入るときは、調査が入ってきたという知らせだろう。

 手に入れた自由を手放したくなくて、ぎゅっと両手を握りしめようとしたけれど、左手が痺れて、指の隙間からどんどん溢れ落ちていくような気がした。引き結んだ唇を震わせる。

 

「近いうちに、ここを辞めなくてはならなくなると思います」

「……急にどうして?」

 先日は、過去は話さなくていいといわれたけれど、話したいと思った。眉を潜める三浦に、私はすべてを話していた。

 これまでの経緯。自分が置かれている状況。残された道は二つ。観念して家に戻るか、どこかに身を隠すかだ。どちらを選んだとしても、ここには、いられなくなる。

 

「ありがとう。話してくれて。辛かったわね……」

 寄り添ってくれる言葉が、ズタズタに傷ついていた心の傷跡にしみた。じわっと視界が滲みそうになるが、そんな感傷に浸っている場合ではない。前を見据えるしかない。

  

「そういうことなら、私の名前でアパートなり新しく契約すればいいんじゃないかしら?」

「ありがとうございます。そのお気持ちは有難いです。でも、そこまで店長に寄りかかる訳にはいきません」

 三浦が私に加担していた知られたら、何をされるかわからない。三浦店長にこれ以上迷惑はかけられない。絶対に頼ることはできない。


 道は二つに一つだ。家に戻り、常に誰かの監視下におかれ、これまで以上に自由を奪われ、母のいいなりになるか。もしくは、悪あがきをして、お金がなくなるまで、ネットカフェや格安ホテルを点々とするか。

 どちらにせよ、今の時点でいい未来は見えないけれど、覚悟しておくしかないだろう。

 


「あの……そんな状況で、ある日突然やめることになるかもしれません。それでも……ギリギリまでここに私を置いてもらってもよろしいでしょうか?」

「それは、もちろんいいけれど……他に手立てはないのかしら」

 三浦は、ずっと考え込んでいるようだった。有難いけれど、申し訳ない。そんな思いがぶつかり合い、穴を作って私を落としていく。


 ふと、カウンターで花を咲かせているヒマワリが視界に映る。優しく花弁を撫でる。ほんの少しでも華かな明るさを、分けてほしい。けれど、その明るさは、今の私には眩しすぎて、目が痛くなりそうだった。

  


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