桜2
部屋に着くなり、倉木は部屋の使い方を説明してくれる。そして、少し言いにくそうに、提案してくれた。
「今、お相手へ連絡入れてみますか?」
私は頷き、倉木の助言のまま、後藤へ連絡をいれてみた。
倉木の憶測は現実だと示すように、今までとれていたはずの後藤への連絡先は、完全にシャットアウトされていた。メールもエラー。電話も現在使われていないという無機質な声で、拒絶されてしまっていた。
あれだけ明るく鮮やかに映し出されていた景色が、バチンと音をたててショートし、どんどん色を失っていくような感覚に陥った。
「やっぱり、騙されたみたいです」
本当に私は、馬鹿だ。こんな簡単に騙されるなんて。自由を手に入れるかとに盲目になりすぎた以上に、考えが足りなさすぎる。
後藤への失望よりも、自分へのは落胆の方がはるかに大きかった。自分の人生を生きるといいながらも、心の片隅でまだ誰かに頼り、甘えようとしていたから騙されたのだと思った。自分が情けない。
こんなことになったのは、きっと本当の意味での覚悟が、全然足りていなかったんだと、気付いた瞬間、すべての電気が消えて真っ暗になりそうだった。
そんな時、倉木は魔法のような言葉をくれた。
「影山さんは、自己嫌悪に陥る必要はないですよ。絶対的に騙した方が悪いんですから。それに、その失敗は成功への向かうための通過点だと、僕は思うんです。人は失敗しなければ、成長できない生き物ですから。この反省はもう少し後まわしにして、今は先を見据えましょう。僕や岩国ができることならば、力になりますので」
人の優しさというとものが、こんなにも心に沁みるものだと初めて知った。
水を渇望していた心にじわりと清らかな水が、吸い込まれていくようだった。そして、視界に一つだけ消えていない光を見つけた気がした。
それは、何よりも切望していた自由という名の光。
ぎゅっとそれを胸に抱き締めると、決意が生まれていた。
これは、神様からの試練だ。考えてみれば、とられたお金も母から貰い受けていたもの。母から決別するのならば、これまで受けてきた恩恵もすべてリセットしなければならないということだ。
うじうじなんかしていられない。この先の未来を信じて、一歩ずつ進んでいかなければならない。
それに、こんなに不甲斐なくどうしようもない私にまで、倉木さんや岩国さんのように手をさしのべてくれる人と出会えたのだ。出港早々酷い荒波に襲われたとしても、こんな幸運に恵まれることもあるのだと知れた。それだけで、この不運の価値は十分にあったのだと思えた。
「ありがとうございます。めげる事なく、頑張ります」
「あなたなら、大丈夫です。信じています」
力強くそういって、そのまま帰っていった。
それから、一夜明けてカーテンを開けると、雲一つない空が広がっていた。燦々と輝く太陽が眩しい。
心機一転するには十分な青空だった。
今日一日の目標は、日常必要と新たなスマホを揃えて、バイトを探すこと。
心に決めて、早速部屋を出た。
賑わいをみせる街は、沈みそうな心を軽くしてくれるような気がした。
活気に賑わっている街を散策していると古着屋を見つけた。そこで、普段着を何点か購入して、ふらっとファーストフード店へ入る。食事はいつも家か、持たされた弁当で、一貫して和食だったため、こんな店も初めてのこと。少し緊張しながら、注文する。
ランチ時のため、混雑していたから、時間がかかるものだと思っていたのに、あっという間に、出来上がってきてビックリした。今まで私のいた時間の流れが、嘘のように早い。しかも、フライドポテトの美味しさに感動さえ覚える。驚きと、衝撃の連鎖だった。
そして、新たなスマホを手に、更に歩みを進めていく。
その道すがら、度々目撃する時給の張り紙が目についた。
今まで全く気にしたことはなかった問題。今日もう一つ目標に掲げていたもの。二ヶ月ほど家賃を支払えば、貯金は底をついてしまう。
いいアルバイトはないものか。その一角に花屋があった。思わず足が止まる。
あの日本庭園にあったソメイヨシノもそこにあった。 他にも、桃、チューリップ、マーガレット彩り豊かだ。アルバイト募集はないかと張り紙を探すが見つからない。しかし、私は思いきって中年の女性店員に声をかけた。
「あの、こちらで、アルバイト募集してないでしょうか?」
じろりと上から下まで見定められる。今は、昨日貰った倉木の会社の制服だ。ごくりと固唾をのむと、しっしと手で追いやる仕草。
「野暮ったい子は雇えないね」
冷たく一蹴されてしまう。
尚も食い下がる勇気もなく、撃沈してしまった。そんなにすんなり上手くいくはずもない。いちいち、落ち込んでいられない。気持ちを奮い立たせて、商店街を更に進んで行く。
張り紙のある店のドアを手当たり次第叩いたが、先程の失敗も尾を引いてしまい、うまく言葉も出ず、怪訝な顔をされて断られてしまっていた。
やはり、私は使い物にならないのかもしれない。少しずつへこんでいく。そして、とうとう、商店街の最後の店まで来る。そこは、年季のある喫茶店。
『樫木カフェ』とあった。
こだわりの強そうな扉に、怯んでしまうが、その横にある窓には小さくアルバイト募集の文字。思いきって、足を踏み入れた。扉と同じように重厚感ある店内。その中心に樫の木の大木がにょきりとある。木とコーヒーの香りで充満した温かさに、包み込まれる。まるで、お伽の国に迷い込んだような気分だ。カウンターには、色とりどりのスイートピーが生けられている。スイートピーの花言葉は「別離」や「門出」
正に、家族と決別し、新たな道へ進もうとしている私に、力を与えてくれているような気がした。
花から与えてくれた勇気が逃げないように、ぎゅうっと拳を握る。
そこに白いエプロンに白ワイシャツ、黒パンツ姿の長身中年女性が現れた。金色のネームプレート店長三浦と書かれていて、長い白髪をきれいに纏めあげている。
メニューを持っていらっしゃいませと、声をかけられるより先に、私は深々た頭を下げた。
「ここで、働かせていただけないでしょうか?」
「今時、直談判なんて珍しい」
目を丸々とさせ困惑しながら、豪快に笑っていた。
また、引かれてしまった。
やっぱり、私はダメなのかもしれないと、今度こそ落ち込みそうになったとき。
「じゃあ、いつから働く?」
三浦店長は、女神のようにニッコリ微笑んでいた。




