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白より黒く、黒より白く  作者: 斎賀慶
第一章 白の書
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Episode.08 覚悟の座

 ヘリコプターの前で、崇真を含めた四人は、誰ひとりとして口を開こうとしなかった。


 学府では、全員が互いの名を知っていたため、実戦訓練が成立していた。だが、今ここにいるのは、初対面同士の集まり。しかもリーダーは不在だ。

 異形を発見しても、名前を知らなければ駆けつけられない。逆もまた然りだ。

 とはいえ、軽率に言葉を発すれば、たちまち反感を買いかねない。上下関係が存在しない、完全に対等な立場。誰もが、その事実を理解していた。だからこそ、言葉は発されなかった。

 このままヘリコプターに乗り込めば、たとえ異形を退治できたとしても、部隊としては失格となる。だが、逡巡を続ければ、制限時間が尽きて、同じく失格となる。


 ――こういうとき、師匠ならどうするだろうか。


 いや、きっと師匠なら、迷うことなく言葉を選ぶのだろう。

 この場で名乗ることで、私という存在は、ようやくこの場に置かれる。問題は、他の誰もが、それに続いてくれるかどうか。もし誰も応じなければ、私は発言権を失う。

 一つひとつの言葉の選び方が、決定的な意味を持つ。わずかな言い回しの違いで、相手の心象は大きく変わってしまう。反感を買わずに、自然に名前を尋ねる方法はないものか。


 ――そういえば、師匠の剣は常識に囚われることがなかった。

 そうか。問われているのは、協調性ではない。言葉を発する覚悟だ。

 ここにいる誰もが、まだ手探りの状態にある。提案という形ならば、受け入れてもらえるかもしれない。私が先に名乗り、続いて名乗ってもらえる流れを作ることだ。


 崇真は一つ、咳払いをした。その瞬間、重苦しい沈黙が、視線という形になって崇真を射抜いた。


「私から提案ですが、名前だけでも知っておきませんか?」


 視線を交わし合った後、誰もが小さくうなずいた。崇真は一礼した。


「私は、武人の信条崇真と申します」


 名乗りが一巡した。沈黙は、いくぶん柔らかくなっていた。

 そして、誰からともなく歩みが始まった。


 無言のまま、だが誰からともなく歩みが始まり、我々はヘリコプターへと乗り込んだ。

 それは、わずかに重なった意志の現れだった。


 その瞬間、機械音声が頭上に降り注いだ。


『実戦訓練を終了します』


 制限時間は、まだ残っていたはず……。


『この場にいる全員を合格とします。司令部から通達があるまで、部屋で待機してください。現時点をもって訓練を終了します』


 ……なるほど。『実戦訓練』とは、ただ異形を退治するためのものではなかった。

 自らが、部隊に属する意志を示せるかどうかが、問われていたのだ。


 @


 目を覚ました。崇真は上体を起こし、縁からプラグを引き抜いた。

 師匠の前に正座し、「師匠、ありがとうございました」と頭を下げた。


『いや、俺は何もしてねえが』


 師匠は、そういうお方だった。だから私は、師匠を信頼できる。


 崇真は背筋を伸ばした。


「師匠、一つ気になることがあるのですが」


『実戦訓練で失格した場合か?』


「はい。失格した場合、どうなるのかな、と」


『その場合は、実戦訓練をまた受ける。

 失格した者同士で組まれるようになってる。

 あるヤツは大将の素質を試されてると思い込んで、また失格してしまう』


「つまり、その場合は異形を退治しても、訓練は終わらないのですか?」


『そうだな。機動隊には、現在二十四人の大将がいる。

 ソイツらの下で動くのに、大将の素質を試しても意味がねえ』


「なるほど。現場では何が起こるかわからない以上、経験を積まれた方にお任せするのは当然の判断ですね」


『そういうことだな』


「師匠、私は機動隊に所属しますが、大将はどのような方になるのでしょうか?」


『わからねえ』


「師匠でもご存じないのですか?」


『戦武でも、槍の場合はヘリコプターには乗れねえから、ある程度は判断できる』


「なるほど。私の場合は刀なので、空でも陸でも動けますね」


『それだけじゃねえ。同じ刀でも二刀流だからな。

 他のヤツらには未知数でわからねえ。

 神州維新府で二刀流は崇真だけだからな。

 今頃、副大将の人事担当が、訓練のデータをもとに部隊を検討してるだろうよ』


「司令部に呼ばれるまで、少し時間がかかりそうですね」


『そういうことだな』


「師匠、私は部屋で待機するように言われています。それまで、師匠のお話を聞かせていただけませんか?」


『いや、日本の歴史について教えてやる』


 崇真は、学府で日本の歴史を学んでいた。

 今、それを語られることに、違和感があった。


「歴史……でございますか? 承知いたしました」


 崇真は背筋を伸ばした。


『2130年3月31日、人々は機械に任せ、働かずに快適な暮らしを送る日常が続いてた。

 2130年4月1日、世界に突如として異形が出現し、各地で混乱が起こった。

 2130年4月15日、混乱の極まる中、安倍晴明が現れ、人々に縁、霊統因子、戦武を授けて姿を消した』


 崇真は手を上げた。


『ん? どうした?』


「師匠、話の腰を折って申し訳ありません。安倍晴明とは、どのようなお方なのでしょうか?」


『陰陽師ってことしか知らねえな。ヤツが俺たち戦武を創った。方法までは知らねえがな。

 話を戻すぜ』


 崇真はうなずいた。


『同日、縁と霊統因子の解析と量産が即座に始まった。だが、戦武は解析できねえ。

 霊統因子に適合したヤツが戦将になった。

 2130年4月18日、戦将の志願者を募るため、異形との戦いが中継され、生配信された。

 2130年4月23日、刺激を求めたバカ共が、戦将を博打の対象にしやがった』


 崇真が身を乗り出した。


「なぜ、そのようなことが!」


 師匠は淡々とした口調で答えた。


『機械に任せた世界ってヤツは、さぞ退屈だったんだろうな』


 ……私には、理解できなかった。


『話を戻すぜ。

 戦将は何も知らずに戦った。

 その1年後――2031年4月18日、

 国会議事堂を改築した高層タワー――神州維新府が組織として認められ、戦将が集った。

 2031年4月21日、博打の存在を知った戦将は戦いを放棄した』


 崇真は膝の上で拳を握りしめた。


『2031年4月24日、東京の区画一帯を完全封鎖し、要塞砦にした。

 こん中では、約1,000人が生活してるな。

 戦武の吉田松陰が日本語を正し、神州維新府は内側から強化するようになった。

 2032年1月1日、外界から戦将を募った。

 2046年4月1日、俺と崇真が出会った』


 崇真は、語られた歴史の重みに言葉を失い、拳を膝の上で強く握った。

 そんな彼に、師匠が静かに問いかける。


『幻滅したか?』


 崇真は、信じてきた戦将という正義の姿を見失い、ただ項垂れた。


「師匠、なぜ今、このような話を……」


『崇真、テメェは何も知らなすぎる。

 コイツは遅かれ早かれ知ることになる。

 だから、今のうちに覚悟を決めておけ』


 崇真は反論しようとしたが、口を噤んだ。

 虚しさだけが胸の奥から込み上げてくる。

 拳を握ったまま、無力な己を噛みしめていた。

 そこに在ったのは、知ることを許された者にだけ訪れる、静かな痛み。

 ……言葉の奥に沈んだ、ただひとつの結び。

 ……そのまま、師匠の前で黙して座り続けた。

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