Episode.02 選択と継承
神城総大将は足を止められた。
「信条殿、到着いたしました。戦武は、この保管室の中にございます。念のため申し上げますと、ご自身の戦武以外に触れますと、拒絶反応を起こして意識を失います。軽い気持ちで触れてはなりません」
「はい。肝に銘じます」
神城総大将は、警備にあたっていた係員に一礼なさる。
「いつもありがとうございます。長時間、立ち続けておられるのはご負担かと存じます。お疲れの際には、どうぞご休息なさってください」
年配の係員たちは、穏やかな笑みを浮かべた。
「神城総大将、ありがとうございます。最近は腰にきておりまして、若い頃に、もう少し身体を動かしておけばよかったと、今さらながら悔やんでおります」
「司令部の皆様が、我々統将を常にお気遣いくださるので、安心して職務に励めております」
神城総大将がこちらを振り返る。
「信条殿、こちらの方々が統将です。私にとっては先輩にあたる方々です」
統将――戦将としての力を喪った者、あるいは負傷により現役を退いた者に与えられる役職。
かつての名誉を損なわぬよう、「元戦将」とは呼ばれない。その代わりに「統将」という敬称が用いられている。
警備や巡回など、神州維新府を裏で支える彼らの存在を、崇真は学府で幾度も聞いていた。
崇真は背筋を正し、統将の方々に深く一礼した。
「信条崇真と申します。どうぞよろしくお願い申し上げます」
統将たちは柔らかな声音で応じた。
「万が一、中で倒れたとしても、我々が医務室までお運びいたしますので、ご安心ください」
「ありがとうございます」
「信条殿、私はこのおふたりと少し話しておりますので、君は戦武を探しなさい」
「はい、行ってまいります」
崇真は戦武保管室の扉に手をかけ、静かに開けた。
足を踏み入れた瞬間、空気が肌にまとわりつくような、妙な重みを感じた。
刀、槍、火縄銃、扇といった武具が、等間隔で整然と並んでいた。
いずれも記録映像で目にしたことはあるが、こうして目前に立つと、情報越しの像とは質感がまるで異なる。
その中に、茶器や筆のようなものも混ざっていた。
戦武としての用途は想像もつかず、自然と眉間に力が入る。
不意に、男の声が脳裏を震わせた。
『俺の声が聞こえてるか?』
未知の言語で語ると聞いていたが、聞き覚えのない声音が、なぜか意味を伴って脳へ届いてくる。
崇真は静かに応じた。声が相手に届くのか、確かめるように。
「はい。私の声は聞こえていらっしゃいますか?」
『おう、聞こえるぜ……そのまま十二歩進んで、右を見ろ』
「はい」
示された先には、二本の刀が並んでいた。
『俺がテメェの戦武だ』
その声に応じるように、崇真は背筋を伸ばす。
「はい。よろしくお願いいたします」
『どうした?』
「刀が二本ございますが……?」
『教えてやってもいいが……それじゃつまらねえな。テメェが見てるのは、俺で間違いねえ。……選びな』
「少し考える時間をいただいてもよろしいでしょうか」
『おう、好きなだけ考えな』
刀はどちらも酷似していた。装飾も、鞘の色も、ほとんど差がない。
だが他の戦武が等間隔で並んでいる中、この二本だけはわずかに間を空けて配置されている。
記憶を辿る。かつて学府で刀の訓練を受けたときも、使うのは常に一本だった。
だからこそ、今この場で、二本の刀が並んでいることに違和感がある。
それは単なる予備ではない。どちらも、ほぼ同じように造られている。
戦武は「選べ」と言ったが、「どちらかを」とは言っていない――
「お待たせいたしました」
崇真は両手を伸ばし、二本の刀を同時に選び取った。
「正解でございますか?」
『おう、俺は二刀流の戦武だからな』
崇真はその戦武をそっと手に取り、顔の前へと静かに掲げた。
「私は信条崇真と申します。よろしくお願いいたします」
『俺は新免武蔵守藤原玄信だ』
名は長く、重々しかった。即座に記憶に収めるには、まだ己の器量が追いついていないと痛感した。
「もう一度、お願いできますか」
『宮本武蔵でいい』
「ありがとうございます。お呼びする際は、どうすればよろしいでしょうか?」
『俺は崇真に剣を教える。つまり師弟だな。俺のことは師匠と呼べ』
「師匠、よろしくお願いいたします」
『崇真、外に行こうぜ』
「はい」
崇真は師匠と共に部屋を出た。
「神城総大将、ただいま戻りました」
神城総大将は戦武に顔を近づけ、わずかに首をかしげる。
「信条殿、これはどういうことでしょうか?」
「はい。二刀流の戦武でございます」
神城総大将は微笑み、姿勢を正された。
「なるほど。刀は一本だけではなかったのですね」
軽く咳払いを一つ。
「戦武を手にした瞬間から、信条殿は戦将となりました。今後、名乗る際は、役職の後に名前を続けてください。それが神州維新府における正式な礼儀です。また、他者を呼ぶ際も、原則として名字と役職を用いましょう。同じ名字の者がいる場合は、下の名前で区別いたします。信条武人、慣れぬうちは大変でしょうが、励みなさい」
「はい。ご期待に添えるよう努めます」
「武人は三階以上のフロアをご使用ください。各フロアには、フロントに係員が常駐しております。まずは係員に声をかけ、ご自身の部屋をお尋ねなさい。すぐに確認してくれるでしょう」
「承知しました」
「私は役目を終えましたので、これにて失礼いたします。信条武人、次は昇格の折にお会いできることを楽しみにしております」
「神城総大将、誠にありがとうございました」
崇真は深く頭を下げた。
『崇真、部屋で少し話がしたい。俺たちは互いのことをまだ何も知らねえ』
言葉に背筋を伸ばし、気持ちを整える。
「はい。私もそう感じておりました」
『歩きながら、戦武のことを教えてやる』
崇真は歩を進めた。
『崇真は戦武のことをどこまで知ってる?』
「歴史上の人物であり、当時の記憶と現在の知識を持つ存在。そして、自我を備えています。私が知っているのは、それくらいです」
『なるほどな。崇真、戦武が決まってる理由を教えてやる――血筋だ』
「……ということは、私に師匠の血が流れているのですか?」
『そうだな。他人の戦武に触れると拒絶反応を起こすのはソイツのせいだ』
「なるほど。理解いたしました」
『この時代じゃ、歴史を知るヤツもいねえんだな』
「はい。これは両親から聞いた話ですが、異形が現れる以前は、情報はすべてデータとして保存され、誰でも閲覧できたそうです。けれども今では、その多くが失われ、歴史を知る者は、ほとんど残っていないと伺っております」
『なるほどな。便利すぎる世の中になっちまったせいで、多くのもんが失われたのか。言葉もその一つだな』
言葉も、その一つ。師匠は何を指しているのか――その意味までは、まだ掴めなかった。
『部屋に入ったら、崇真の話から聞かせてくれ』
「承知いたしました」