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白より黒く、黒より白く  作者: 斎賀慶
第一章 白の書
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Episode.02 選択と継承

 神城総大将は足を止められた。


「信条殿、到着いたしました。戦武は、この保管室の中にございます。念のため申し上げますと、ご自身の戦武以外に触れますと、拒絶反応を起こして意識を失います。軽い気持ちで触れてはなりません」


「はい。肝に銘じます」


 神城総大将は、警備にあたっていた係員に一礼なさる。


「いつもありがとうございます。長時間、立ち続けておられるのはご負担かと存じます。お疲れの際には、どうぞご休息なさってください」


 年配の係員たちは、穏やかな笑みを浮かべた。


「神城総大将、ありがとうございます。最近は腰にきておりまして、若い頃に、もう少し身体を動かしておけばよかったと、今さらながら悔やんでおります」


「司令部の皆様が、我々統将(とうしょう)を常にお気遣いくださるので、安心して職務に励めております」


 神城総大将がこちらを振り返る。


「信条殿、こちらの方々が統将です。私にとっては先輩にあたる方々です」


 統将――戦将としての力を喪った者、あるいは負傷により現役を退いた者に与えられる役職。

 かつての名誉を損なわぬよう、「元戦将」とは呼ばれない。その代わりに「統将」という敬称が用いられている。

 警備や巡回など、神州維新府を裏で支える彼らの存在を、崇真は学府で幾度も聞いていた。


 崇真は背筋を正し、統将の方々に深く一礼した。


「信条崇真と申します。どうぞよろしくお願い申し上げます」


 統将たちは柔らかな声音で応じた。


「万が一、中で倒れたとしても、我々が医務室までお運びいたしますので、ご安心ください」


「ありがとうございます」


「信条殿、私はこのおふたりと少し話しておりますので、君は戦武を探しなさい」


「はい、行ってまいります」


 崇真は戦武保管室の扉に手をかけ、静かに開けた。


 足を踏み入れた瞬間、空気が肌にまとわりつくような、妙な重みを感じた。

 刀、槍、火縄銃、扇といった武具が、等間隔で整然と並んでいた。

 いずれも記録映像で目にしたことはあるが、こうして目前に立つと、情報越しの像とは質感がまるで異なる。


 その中に、茶器や筆のようなものも混ざっていた。

 戦武としての用途は想像もつかず、自然と眉間に力が入る。


 不意に、男の声が脳裏を震わせた。


『俺の声が聞こえてるか?』


 未知の言語で語ると聞いていたが、聞き覚えのない声音が、なぜか意味を伴って脳へ届いてくる。


 崇真は静かに応じた。声が相手に届くのか、確かめるように。


「はい。私の声は聞こえていらっしゃいますか?」


『おう、聞こえるぜ……そのまま十二歩進んで、右を見ろ』


「はい」


 示された先には、二本の刀が並んでいた。


『俺がテメェの戦武だ』


 その声に応じるように、崇真は背筋を伸ばす。


「はい。よろしくお願いいたします」


『どうした?』


「刀が二本ございますが……?」


『教えてやってもいいが……それじゃつまらねえな。テメェが見てるのは、俺で間違いねえ。……選びな』


「少し考える時間をいただいてもよろしいでしょうか」


『おう、好きなだけ考えな』


 刀はどちらも酷似していた。装飾も、鞘の色も、ほとんど差がない。


 だが他の戦武が等間隔で並んでいる中、この二本だけはわずかに間を空けて配置されている。


 記憶を辿る。かつて学府で刀の訓練を受けたときも、使うのは常に一本だった。

 だからこそ、今この場で、二本の刀が並んでいることに違和感がある。

 それは単なる予備ではない。どちらも、ほぼ同じように造られている。

 戦武は「選べ」と言ったが、「どちらかを」とは言っていない――


「お待たせいたしました」


 崇真は両手を伸ばし、二本の刀を同時に選び取った。


「正解でございますか?」


『おう、俺は二刀流の戦武だからな』


 崇真はその戦武をそっと手に取り、顔の前へと静かに掲げた。


「私は信条崇真と申します。よろしくお願いいたします」


『俺は新免武蔵守藤原玄信しんめんむさしのかみふじわらのげんのぶだ』


 名は長く、重々しかった。即座に記憶に収めるには、まだ己の器量が追いついていないと痛感した。


「もう一度、お願いできますか」


『宮本武蔵でいい』


「ありがとうございます。お呼びする際は、どうすればよろしいでしょうか?」


『俺は崇真に剣を教える。つまり師弟だな。俺のことは師匠と呼べ』


「師匠、よろしくお願いいたします」


『崇真、外に行こうぜ』


「はい」


 崇真は師匠と共に部屋を出た。


「神城総大将、ただいま戻りました」


 神城総大将は戦武に顔を近づけ、わずかに首をかしげる。


「信条殿、これはどういうことでしょうか?」


「はい。二刀流の戦武でございます」


 神城総大将は微笑み、姿勢を正された。


「なるほど。刀は一本だけではなかったのですね」


 軽く咳払いを一つ。


「戦武を手にした瞬間から、信条殿は戦将となりました。今後、名乗る際は、役職の後に名前を続けてください。それが神州維新府における正式な礼儀です。また、他者を呼ぶ際も、原則として名字と役職を用いましょう。同じ名字の者がいる場合は、下の名前で区別いたします。信条武人、慣れぬうちは大変でしょうが、励みなさい」


「はい。ご期待に添えるよう努めます」


「武人は三階以上のフロアをご使用ください。各フロアには、フロントに係員が常駐しております。まずは係員に声をかけ、ご自身の部屋をお尋ねなさい。すぐに確認してくれるでしょう」


「承知しました」


「私は役目を終えましたので、これにて失礼いたします。信条武人、次は昇格の折にお会いできることを楽しみにしております」


「神城総大将、誠にありがとうございました」


 崇真は深く頭を下げた。


『崇真、部屋で少し話がしたい。俺たちは互いのことをまだ何も知らねえ』


 言葉に背筋を伸ばし、気持ちを整える。


「はい。私もそう感じておりました」


『歩きながら、戦武のことを教えてやる』


 崇真は歩を進めた。


『崇真は戦武のことをどこまで知ってる?』


「歴史上の人物であり、当時の記憶と現在の知識を持つ存在。そして、自我を備えています。私が知っているのは、それくらいです」


『なるほどな。崇真、戦武が決まってる理由を教えてやる――血筋だ』


「……ということは、私に師匠の血が流れているのですか?」


『そうだな。他人の戦武に触れると拒絶反応を起こすのはソイツのせいだ』


「なるほど。理解いたしました」


『この時代じゃ、歴史を知るヤツもいねえんだな』


「はい。これは両親から聞いた話ですが、異形が現れる以前は、情報はすべてデータとして保存され、誰でも閲覧できたそうです。けれども今では、その多くが失われ、歴史を知る者は、ほとんど残っていないと伺っております」


『なるほどな。便利すぎる世の中になっちまったせいで、多くのもんが失われたのか。言葉もその一つだな』


 言葉も、その一つ。師匠は何を指しているのか――その意味までは、まだ掴めなかった。


『部屋に入ったら、崇真の話から聞かせてくれ』


「承知いたしました」

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