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白より黒く、黒より白く  作者: 斎賀慶
第二章 黒の書
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Episode.18 白に焦がれて

 建物の外壁や地面が泥と血に染まっていた。

 辺り一帯から、血の臭いが漂い、耳を食むような咀嚼音が響いていた。

 目を向けると、民衆が屈んで何かを食べていた。

 その隙間から民の足が見えてしまい、白夜は言葉を失った。


 白道様が真剣な表情で告げられた。


「白夜、浄化して差し上げなさい」


「……はい」


 何をすべきか頭ではわかっていたが、言葉にするのがつらかった。

 白夜は革手袋を脱ぎ捨て、顔の前に人差し指を近づけ、その指先に神経を集中させた。

 すると、白い火が灯った。


 白道様がそれを見て、微笑まれた。


「白夜には才能があるようですね。ですが、それでは無駄に苦しませるだけです」


「……はい」


 白夜は掌を上に向け、指先に神経を集中させた。

 指先に稲妻が駆け抜け、発火し、白い火球と化した。

 白道様に顔を向けると、うなずかれた。


 民衆を見据え、静かに息を吐いた。


「恨むのなら、私を恨んでください。これは皆さんのために必要なことなのです!」


 白夜は民衆に火球を投げつけた。


 民衆が悲鳴を上げ、悶え苦しむ光景に、思わず目を背けた。

 そして、声が聞こえなくなった。


 焦げた肉の臭いが、喉に絡みつく。

 白夜は地に膝をつき、嘔吐した。


 叫び声は、音ではなく鼓膜を突き破る震えとして残った。


 ……何を、しているのだ、私は。


 白夜は、白道様の手が自分の背を撫でるたび、まるで慈愛の雨に包まれているように感じた。

 ……それなのに、指先に微かに残った体温が、妙に冷たく感じられるのは、なぜだろう。


「白夜のおかげで救済されました。少し休まれますか?」


 白夜は袖で口元の汚れを拭き取り、立ち上がった。


「白道様、私は平気です。このまま救済を続けたく存じます」


 白道様が首を縦に振られたので、白夜は民衆の救済を続けた。


 白夜は民衆に火球を投じた。音はすぐに消え、風も止んだ。


 ただ、焦げた肉の臭いだけが残った。鼻腔に張り付き、喉の奥で腐ったように沈殿している。


 焼け爛れた骸の中に、まだ形を残した手があった。白夜の手よりも小さく、細い。

 息を呑んだ。声も出なかった。


 白夜の胸の奥で、何かがゆっくり崩れた。


 それが悔しさなのか、怒りなのか、それとももっと別の名を持つ感情なのか、白夜には分からなかった。ただ、立っていることすら苦しかった。


 焼け焦げた地面から、陽炎のように立ち昇るのは熱ではなく、吐き出されることのなかった声だった。


 白道様がすぐ傍におられる。それでも、何も問うてはならない気がした。


 そして、白道様の声が静かに落ちてきた。


 傍らで、白道様が教えてくださった。


「仏童は、異形を使役する形で抑制しています。

 そうしなければ、真に救済できる人々を救えないからです。

 しかし、仏童でも制御できない鬼がいました」


 白夜は、濁った吐息を押し殺しながら顔を上げた。


「白道様は、どのようにされるのですか?」


 白道様は空を見上げるようにして、目を細められた。


「暴走する前に、白き光にて浄化したいと考えています」


 その言葉に、白夜は躊躇わず一歩を踏み出した。思考よりも、体が先に動いていた。


「白道様の御力になりたいと、強く思っております!」


 白道様が口元を柔らかくほころばせた。


「白夜、ありがとう」


 背後で、空気が震えた。

 聞き馴染みのある、女の声がした。


「ふむ……崇真の姿が視えぬと思えば、成程(なるほど)然様(さよう)な道理か」


 忌々しい名を呼ぶその声――夢幻。


 だが、振り向こうとした瞬間、視界が歪み、地面が倒れてきた。


 喉の奥で、何かが離れた感覚があった。

 自身の肉体が地に倒れ、首が裂けていることに気づいた。

 それだけだった。


 周囲は静かで、風すら動いていなかった。

 血の海が広がり、夢幻が刀を抜いた刹那の時間に、斬られたと悟った。


 だが、不思議なことに白夜は生きていた。

 しかし、声を出せずにいた。


「汝、崇真に何を施した」


 白道様が声を上げて笑われた。まるで、人が変わったようだった。


「何が、可笑(おか)しき」


「仏童が黒き真実を教えたまでです。ですが……」


 白道様が冷たい眼差しを白夜に向けられた。


「壊れてしまっては使い物になりませんね」


「何故、崇真を堕とした。――応えてみよ」


 白道様が口元を歪められた。


「戦将が、縁を失うと、異形になるのはご存じですか?

 仏童の力を授けることで、どのような変化をもたらすのか気になっていたのです」


 白道様の言葉に、己の耳を疑った。


「結果、鬼でも妖でもない――人の形をした新たな異形の誕生です」


 ……異形。

 私が、それに、なったのか。

 そうか――

 まただ。

 私は、また、利用されたのだ。

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