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白より黒く、黒より白く  作者: 斎賀慶
第二章 黒の書
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Episode.17 影に従いて

 白道様が静かに息を吐かれた。


「白夜は、仏童のことをどこまで知っていますか?」


 白夜は背筋を伸ばし、首を横に振った。


「何も知りません」


 白道様は表情を変えずに、小さくうなずかれた。


「黒き組織が隠蔽した歴史の真実を語りましょう」


 白道様は、ひと呼吸置いてから続けられた。


「異形が、日本に現れたのは、今から16年ほど前のことです。

 この出来事を、仏童は知っていました。

 手遅れになる前に、日本全土に白き結界を張りました。

 そうしなければ、他の国々にも被害が出てしまうからです。

 白夜には理解していただけますか?」


「そんな……それを、すべておひとりで……!?」


「白夜の想像通りです。

 仏童が間に合わなければ、黒き世界へとなっていたことでしょう。

 しかし、白き結界を消されてしまうと、異形に自由を許してしまいます」


「白道様は、それで止むを得ず、内外から干渉できなくされたのですね」


「はい。仏童は、今も心を痛めております。

 日本をこのようにしてしまったのは、仏童にも責任があるからです」


「いえ、白道様の選択は間違っておりません。私はそう信じております!」


 ――信じている。

 白道様の選択は、すべて正しいのだ。


「しかし、今の日本は手遅れなのです。人が人を食べているのです」


 私の聞き間違いだろうか。


「……白道様、何とおっしゃられましたか?」


「生きるために、人々が互いに殺し合い、殺した相手を食べているのです」


 思考が、途切れた。

 視界の端が、滲む。

 言葉が……出なかった。


「こうなってしまっては、救済する余地すらありません。

 仏童は異形を使役し、苦しまぬよう、浄化しているのです」


 白道様は静かに微笑まれた。


「しかし、万人に罪はありません。

 救済できる人々を導く――それが、仏童の使命です」


 白道様のお言葉が、胸に重く沁みた。

 私は、何を見て、何を信じていたのだろう。

 ……ならば今、私がなすべきことは――


「白道様、私に何かできることはありますか?」


 白道様は静かに目を閉じて首を横に振られた。

 やがて、白夜の目を静かに見つめ、口を開かれた。


「白夜に、重荷を背負わせたくはありません」


「白道様にお救いいただいた、この命――

 御力となることだけが、私の本懐です」


 白道様は一拍置いてから答えられた。


「……わかりました。仏童は、白夜の意思を尊重します」


「感謝いたします!」


 白道様は小さく首を縦に振られた。


「……もうひとつ、白夜にお伝えしておかねばなりません。

 黒き組織の者ども――戦将と名乗る彼らは、異形が姿を消した後、黒き戦武にて人々を――殺すつもりなのでしょう」


 胸がひきつれ、白夜は息を呑んだ。


「それだけなら、まだよいのです。

 しかし、どのようにして殺されるのか――

 大勢の嘲笑の中で辱められながら暴力を振るわれるのか。

 暗い水牢に顔を沈められ、死の寸前まで呼吸を奪われ続けるのか。

 それとも、意識だけは鮮明なまま手足を奪われ、物言わぬ肉塊として弄ばれるのか……。

 仏童は、考えるのもおぞましい」


 胸の内に何かが蠢いた。


 ――おのれ、神城大悟……!


「白夜、左右の手をご覧なさい」


 白道様に告げられ、視線を落とす。拳に、黒い炎が揺れている。


 思わず息を呑み、両目の前へと掲げた手に、それが静かに灯っていた。

 黒炎が、白夜の目に映った。

 その揺らぎに、思わず息を詰める。


「白道様、これは一体……」


「白夜、熱くはありませんか?」


「はい……これは、どうすればよろしいのでしょうか?」


「白夜の革手袋は燃えていませんね……

 燃やしたいものを選べるのではないでしょうか。

 そう、例えば……黒き陣羽織に試すのは、どうですか?」


「私は……まだ、これを着ているというのですか……!」


 胸の奥がざわめいた。

 白道様の御前だというのに、感情が抑えきれなかった。

 穢れそのもののように思えた陣羽織を、怒りのままに床へ叩きつけた。

 何度も、何度でも、踏みつけた。


 拾い上げた忌々しい陣羽織が、静かに炎に呑まれてゆく。

 灰が舞い、黒き布は、塵と化して消えた。


 白夜は、声ひとつ発さぬまま、それを見送り――微かに、笑んだ。


 この力があれば、戦える。戦武など要らぬ。

 ……私は、白道様の御力で……。

 口元が動く。意識の外で、笑っていた。


 突然、手を叩く音が耳に届き、白夜は我に返った。


「白夜、力に呑まれてはなりません」


 白夜はすぐさま正座した。


 白道様がそっと白夜の手の上に白道紋を描かれると、音もなく、炎が消えた。


「恐らく、仏童の力が、白夜の肉体に何かしらの影響を及ぼしたのかもしれません。

 こうなった以上は仕方がありません」


 白道様がじっと白夜の顔を見た。


 ――その瞳には、感情の色がなかった。

 ただ、何か、言葉では捉えきれぬ光が、そこに湛えられていた。


 白夜は、ただその揺らぎに、目を奪われていた。


「白夜、その力を制御する術を身につけなさい。

 仏童は白夜の身を案じています」


 白夜は、言葉もなく深々と頭を下げた。

 胸の奥に、白道様の御慈悲が沁みわたっていた。


「承知いたしました。この白夜、必ずや白道様の御力になります」


 己が生を、白道の御前にて捧げる。

 それが、白夜のただひとつの誓いであった。


「白夜、顔を上げなさい」


 白夜は背筋を伸ばし、白道様のお言葉を待った。


「これより人々を救済しに参りましょう」


「救済……そのような大役、私にできるのでしょうか?」


 白道様が小さくうなずかれた。


「仏童の理解者である白夜に任せたい――そう考えました」


 白道様の期待を裏切りたくはない。

 だが、私はあの力を制御できるのだろうか。


「白夜が力の制御を誤ったときは、仏童が止めましょう。

 それでも不安ですか?」


 白道様は、私を案じてくださっている。

 ――断れるはずがなかった。


 白夜は「承知いたしました」と頭を下げた。


「それでは参りましょう」


 白道様が立ち上がられた。

 揺らめく空間に背を向け、すっと歩き出される。


 白道様の背を見失わぬよう、ただその影を追った。

 ――その背にしか、進むべき道は見えなかった。

 白夜は、ただその影を信じ、歩を進めた。


 ただの影――けれど、それが唯一の拠り所だった。


 思考など不要だった。ただ、従えばよい。

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