表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白より黒く、黒より白く  作者: 斎賀慶
第一章 白の書
15/28

Episode.14 信の裂け目・前編

 通信が入り、半兵衛は縁に目を向ける。


『半兵衛殿、東京外界全域で、鬼が多数発見されました』


 半兵衛は静かに息を吐いてから応じた。


「わかったよ。ここは俺たちが受け持つから、他の部隊を近づけないでね」


『承知しました』


 半兵衛はこちらを見た。


「夢幻と雪女にも協力してもらうよ」


「ふむ……其方も、其れで良いと見えるな」


 雪女が小さくうなずいた。


「うん、協力するっしょや」


 半兵衛の一声で、夢幻と雪女の意志はすぐにまとまった。

 崇真はふたりの応諾を受け、反論することなくうなずいた。


 我々はヘリコプターより降下した。道路の至る所に鬼が出没し、逃げ惑う民を容赦なく襲っていた。辺り一帯には、悲鳴が満ちていた。


「数は多いけど、鬼相手ならひとりでも問題ないね。各自、散開して鬼を退治するよ!」


「承知いたしました!」


 我々は別れて、鬼の退治にあたった。退治したそばからまた湧き、民は鬼の鉤爪により、次々と命を散らしていった。

 ――斬れども斬れども、終わりが見えぬ!


 視界の先に、ひとりの男の姿があった。

 白い和装の男は、静かにこちらへ歩みを進めてくる。ただ歩むのみで、近づく鬼は次々と塵と化した。

 その異様な光景に、崇真は息を呑むことすら忘れていた。

 男は何事もなかったかのように崇真の前で歩を止め、口元にうっすらと笑みを浮かべた。


仏童(ぶつどう)は、白道(はくどう)と申します」


 崇真は咄嗟に刀を構えた。


「お待ちなさい。仏童に、争うつもりはございません」


『崇真、気を抜くなよ』


「黒き穢れに囚われし君を、仏童が救済せんと参上したのです」


「何をおっしゃっておられるのですか?」


 白道は静かな口調で告げた。


外児育成計画がいじいくせいけいかく


「外児育成計画とは、何でございますか?」


「仏童の口から申し上げてもよいのですが……信頼している戦武に尋ねたほうがよいかと思います」


 崇真は警戒しつつ、師匠に聞いた。


「師匠は、何かご存じなのですか?」


 師匠が答えてくれない……?


 白道は、ひと呼吸置いてから口を開いた。

 その声は、場を切り裂くように静かだった。


「仏童が、その()()()()を白日の下に晒しましょう……

 外児育成計画とは」


 師匠が遮るように声を張り上げる。


『――崇真、コイツの言葉に耳を貸すんじゃねえ!』


 白道は構わず、続けた。


「幼子を連れ去り、戦将にするための実験なのです」


 ――私は、父に保護されたのではないのか。


「君は()()()()()()()()()()のです」


 ――私は……利用されていたのか。


「それを戦武は知っています」


 ――師匠は……知っていた。


「君の家族は、本当に亡くなっていたのでしょうか?」


 思考が、追い付かない……。


「……何を仰っているのですか?」


「君は、()()されていたのです。

 そう、家族は死んだと()()()()()()()()()


 ――洗脳、されていた……?


「……私は、家族が亡くなったと聞かされました」


「それは……誰に聞かされたのか、覚えておりますか?」


「父が……そう申しておりました」


 ――父上は、確かにそう言った……。


「よく思い出すのです。心に刻まれし記憶は、果たして真か、偽か」


 その問いに、即座の答えは浮かばなかった。

 記憶とは、信じるに足るものなのか。

 自らの中に刻まれたものが、誰かに刻まれたものだとしたら──


 崇真は、ひとつ息を呑んだ。

 足元が、少しだけぐらついた気がした。

 無意識のうちに、後ろへと歩を引いていた。


『崇真、騙されるな!』


 崇真は、救いを求めるように師匠に質問した。それは願いにも似ていた。


「師匠、本当のことを教えてください……

 外児育成計画とは、いったい何なのですか!」


 ……師匠が何も言わない。

 その沈黙が、何よりの答えだった。


 私の両親は、生きていたというのか。


 ではなぜ、私は――死んだと、信じ込まされていたのだ?


 信じていた。

 父を、師匠を、神州維新府を。


 それなのに……全てが偽りだったというのか。


 私は……利用されていたのか?

 裏切られたのか……!?


 父を、信じていた。

 師匠を、信じていた。

 神州維新府を、信じていた。

 すべてを、信じていた……。


 ――それなのに、私は騙されていたというのか……!


 崇真は戦武を地面に叩きつけ、腰の左右に帯びていた二本の鞘を、怒りのままに投げ捨てた。


「仏童が黒き真実をお伝えします。

 少し騒がしいので、静かな場所へ行きましょう」


 白道は踵を返し、一歩踏み出すと、その目の前の空間が、水面のようにゆらりと揺らいだ。

 白道は迷いなくその揺れの中へと身を投じた。

 崇真は、その背を追った。


 *


 気づけば、崇真は広々とした室内にいた。

 足元は柔らかな編み目で覆われており、壁は異様なほど白く、寸分の乱れもなかった。

 白道が、部屋の中央に立っていた。

 足元には、正方形の布のようなものが置かれていたが、それが何のための物か、崇真には判じかねた。

 白道は微笑を浮かべたまま、ひとこと告げる。


「安心なさい。ここには君を脅かすものはありません」


 崇真は部屋を見渡しながら、白道に尋ねた。


「ここは、どこなのでしょうか?」


「ここは大阪城の天守にてございます。

 和室をご覧になるのは、初めてにございますか?」


 崇真は白道を見据えて、首を縦に振った。


「はい、和室を拝見するのは、これが初めてです」


「仏童は和室を気に入っています。畳はいいものです」


 そう言うと、白道はその布の上に膝をつき、静かに腰を下ろした。


「これは座布団です。どうぞ、楽にお掛けなさいませ」


 崇真は白道の正面で正座した。

 白道は手を二度叩き、「例のものを持ってきなさい」と言った。

 和装の女性がすり足で現れた。その所作ひとつに乱れはなく、まるで儀式の一幕のようだった。

 崇真の傍らで正座して、「どうぞ」と、綴じられた文書を差し出した。

 崇真がそれを手にすると、女性は頭を下げてから退室した。


「外児育成計画のことが書かれています」


 崇真は、一行一行を噛みしめるように、目を通していった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ