Episode.14 信の裂け目・前編
通信が入り、半兵衛は縁に目を向ける。
『半兵衛殿、東京外界全域で、鬼が多数発見されました』
半兵衛は静かに息を吐いてから応じた。
「わかったよ。ここは俺たちが受け持つから、他の部隊を近づけないでね」
『承知しました』
半兵衛はこちらを見た。
「夢幻と雪女にも協力してもらうよ」
「ふむ……其方も、其れで良いと見えるな」
雪女が小さくうなずいた。
「うん、協力するっしょや」
半兵衛の一声で、夢幻と雪女の意志はすぐにまとまった。
崇真はふたりの応諾を受け、反論することなくうなずいた。
我々はヘリコプターより降下した。道路の至る所に鬼が出没し、逃げ惑う民を容赦なく襲っていた。辺り一帯には、悲鳴が満ちていた。
「数は多いけど、鬼相手ならひとりでも問題ないね。各自、散開して鬼を退治するよ!」
「承知いたしました!」
我々は別れて、鬼の退治にあたった。退治したそばからまた湧き、民は鬼の鉤爪により、次々と命を散らしていった。
――斬れども斬れども、終わりが見えぬ!
視界の先に、ひとりの男の姿があった。
白い和装の男は、静かにこちらへ歩みを進めてくる。ただ歩むのみで、近づく鬼は次々と塵と化した。
その異様な光景に、崇真は息を呑むことすら忘れていた。
男は何事もなかったかのように崇真の前で歩を止め、口元にうっすらと笑みを浮かべた。
「仏童は、白道と申します」
崇真は咄嗟に刀を構えた。
「お待ちなさい。仏童に、争うつもりはございません」
『崇真、気を抜くなよ』
「黒き穢れに囚われし君を、仏童が救済せんと参上したのです」
「何をおっしゃっておられるのですか?」
白道は静かな口調で告げた。
「外児育成計画」
「外児育成計画とは、何でございますか?」
「仏童の口から申し上げてもよいのですが……信頼している戦武に尋ねたほうがよいかと思います」
崇真は警戒しつつ、師匠に聞いた。
「師匠は、何かご存じなのですか?」
師匠が答えてくれない……?
白道は、ひと呼吸置いてから口を開いた。
その声は、場を切り裂くように静かだった。
「仏童が、その黒き真実を白日の下に晒しましょう……
外児育成計画とは」
師匠が遮るように声を張り上げる。
『――崇真、コイツの言葉に耳を貸すんじゃねえ!』
白道は構わず、続けた。
「幼子を連れ去り、戦将にするための実験なのです」
――私は、父に保護されたのではないのか。
「君は連れ去られ、利用されたのです」
――私は……利用されていたのか。
「それを戦武は知っています」
――師匠は……知っていた。
「君の家族は、本当に亡くなっていたのでしょうか?」
思考が、追い付かない……。
「……何を仰っているのですか?」
「君は、洗脳されていたのです。
そう、家族は死んだと思い込まされていた」
――洗脳、されていた……?
「……私は、家族が亡くなったと聞かされました」
「それは……誰に聞かされたのか、覚えておりますか?」
「父が……そう申しておりました」
――父上は、確かにそう言った……。
「よく思い出すのです。心に刻まれし記憶は、果たして真か、偽か」
その問いに、即座の答えは浮かばなかった。
記憶とは、信じるに足るものなのか。
自らの中に刻まれたものが、誰かに刻まれたものだとしたら──
崇真は、ひとつ息を呑んだ。
足元が、少しだけぐらついた気がした。
無意識のうちに、後ろへと歩を引いていた。
『崇真、騙されるな!』
崇真は、救いを求めるように師匠に質問した。それは願いにも似ていた。
「師匠、本当のことを教えてください……
外児育成計画とは、いったい何なのですか!」
……師匠が何も言わない。
その沈黙が、何よりの答えだった。
私の両親は、生きていたというのか。
ではなぜ、私は――死んだと、信じ込まされていたのだ?
信じていた。
父を、師匠を、神州維新府を。
それなのに……全てが偽りだったというのか。
私は……利用されていたのか?
裏切られたのか……!?
父を、信じていた。
師匠を、信じていた。
神州維新府を、信じていた。
すべてを、信じていた……。
――それなのに、私は騙されていたというのか……!
崇真は戦武を地面に叩きつけ、腰の左右に帯びていた二本の鞘を、怒りのままに投げ捨てた。
「仏童が黒き真実をお伝えします。
少し騒がしいので、静かな場所へ行きましょう」
白道は踵を返し、一歩踏み出すと、その目の前の空間が、水面のようにゆらりと揺らいだ。
白道は迷いなくその揺れの中へと身を投じた。
崇真は、その背を追った。
*
気づけば、崇真は広々とした室内にいた。
足元は柔らかな編み目で覆われており、壁は異様なほど白く、寸分の乱れもなかった。
白道が、部屋の中央に立っていた。
足元には、正方形の布のようなものが置かれていたが、それが何のための物か、崇真には判じかねた。
白道は微笑を浮かべたまま、ひとこと告げる。
「安心なさい。ここには君を脅かすものはありません」
崇真は部屋を見渡しながら、白道に尋ねた。
「ここは、どこなのでしょうか?」
「ここは大阪城の天守にてございます。
和室をご覧になるのは、初めてにございますか?」
崇真は白道を見据えて、首を縦に振った。
「はい、和室を拝見するのは、これが初めてです」
「仏童は和室を気に入っています。畳はいいものです」
そう言うと、白道はその布の上に膝をつき、静かに腰を下ろした。
「これは座布団です。どうぞ、楽にお掛けなさいませ」
崇真は白道の正面で正座した。
白道は手を二度叩き、「例のものを持ってきなさい」と言った。
和装の女性がすり足で現れた。その所作ひとつに乱れはなく、まるで儀式の一幕のようだった。
崇真の傍らで正座して、「どうぞ」と、綴じられた文書を差し出した。
崇真がそれを手にすると、女性は頭を下げてから退室した。
「外児育成計画のことが書かれています」
崇真は、一行一行を噛みしめるように、目を通していった。