表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白より黒く、黒より白く  作者: 斎賀慶
第一章 白の書
14/28

Episode.13 協約

「――崇真、そろそろ始めるよ」


 半兵衛の声で、崇真は現実に引き戻された。

 半兵衛は夢幻の前に腰を下ろし、穏やかに口を開いた。


「夢幻、異形の主について話してくれるかな?」


「ふむ……彼奴(あやつ)陰陽師(おんみょうじ)なれど、名は記しておらぬ」


「陰陽師は他にもいるの?」


「彼奴ひとり。他は、皆、異形よ」


「敵の目的は?」


「人を減らし、残された者の前に神と称して現る――と、斯様に(うそぶ)いておったな。

 笑止(しょうし)沙汰(さた)よ」


「夢幻が協力していた理由は?」


「彼奴が、日本全土に結界を張った。其れにより、異形は存在を保つ。

 吾は、義理にて動いただけよ。

 最低限の手助けは施しておいた」


「なるほどね。初めから忠誠心なんてものはなかったんだ」


「然り。彼奴は異形に力を授け、使役しておる。

 吾の身にも細工を施しておったが、良からぬ気を感じ取り、即座に斬り捨てた」


 夢幻は、わずかに口元をほころばせた。


「彼奴の(つら)が、いまも眼に浮かぶ。

 人風情が吾を御せんとは――何たる不遜、何たる愚よ」


「じゃあ、夢幻は中立と考えていいのかな?」


「吾は、誰にも(くみ)する意思は持たぬ」


「今後、夢幻はどうするの?

 このまま神州維新府に残る場合、最低限のルールは守ってもらうよ」


「ふむ……彼奴が居らぬ分、未だ良きか」


 夢幻が崇真に顔を向けた。


「其れに、宮本武蔵と交わした約諾も未だ果たされておらぬ」


「それだけ聞ければ、十分かな」


 半兵衛は縁に口を寄せた。


「神城ちゃん、準備は終わったかな?」


『はい。必要な準備は、すべて整っております』


「仕事が早くて助かるよ」


『半兵衛殿、ご指示があれば、即時対応いたします』


 半兵衛は立ち上がり、折り畳んだ槍を手に取った。


「それじゃあ、隊居(たいきょ)に移動しようか」


 崇真は立ち、師匠を腰に差してから、半兵衛に尋ねた。


「半兵衛、隊居とは何でしょうか?」


「機動隊に所属すると部隊専用の住居が与えられる。

 使われていない隊居が残っているから、使えるようにしてもらったんだよ」


「なるほど。隊居であれば、夢幻の存在を他の者から伏せておけるわけですね」


「そういうこと。だから、準備が終わるまで待っていたんだ」


 半兵衛が部屋を出たので、崇真も後に続いた。


「隊居は一番遠い場所にしてもらったよ。少し不便だけど、理解してほしい」


「半兵衛、異形が現れた際には、どうされるのですか?」


「要請があれば退治するよ。そのときは夢幻にも同行してもらう。もちろん見ているだけでいいよ」


「ふむ……其の程度の事柄なれば、構わぬ」


「崇真、オペレーターと身の回りの世話をする統将が不在だから、隊居では自分のことは自分でやらなければならない。凌介とは上手くやってね」


「戦将の方ですね。承知しました」


 隊居に到着した後、片岡大将と挨拶を交わした。片岡大将は「すべて半兵衛の手柄です」と謙遜された。


 夢幻は、頼んだ通り機動隊の制服を纏っていた。あまりに自然で、縁に至るまで完全に再現されているのを見て、崇真は胸中にざらりとした驚きを覚えた。

 夢幻は、「異形の装束は、其の時代に応じて形を変ずる。吾のみならず、他の異形にも可能よ」と語った。


 我々は部屋割りを済ませ、要請が下るまでの間、待機する運びとなった。

 電脳空間にて訓練を続ける傍ら、折に触れ夢幻の指導を受けた。

 されど、一度として一撃を当てるには至らなかった。


 数日を経た頃、要請を受け、我々はヘリコプターにて現地へと向かった。


 我々はヘリコプターより降下し、即座に駆け出した。

 やがて視界の先に、白き和装の女が佇むのが見えた。

 周囲は凍てつき、道路も建物も氷に包まれている。

 吐息は即座に白煙と化し、空気は鋭く肌を刺した。

 外見は美しき人の女と見えたが、その場に立つだけで周囲の温度を奪う異様。

 崇真は内心で、ただの人間ではあり得ぬと判断した。


 半兵衛の口から、白き息が漏れた。


「崇真、雪女だよ。見た目に騙されるとやられるよ」


「承知いたしました」


 雪女がこちらに目を向け、一歩だけ後ずさった。

 攻撃の気配はないが、妙な間があった。


 その静けさを破るように、背後から夢幻の声がした。


「其方、斯の者らと戦わぬのか?」


 雪女は顔を伏せた。


「あんたさまのこと……殺せって言いつけられたんだわ」


「吾には勝てぬと、既に悟ったのであろうよ」


「うん……このまんま戻ったら……うちは主さまに清められてしまうんだわ……」


「ふむ……吾が保護して遣わしても構わぬが、如何する?」


 雪女は顔を上げた。

 わずかに目を見開いた。


「ほんとにいいんですかい?」


 夢幻は静かに納刀していた。


「構わぬ。彼奴の細工は、既に斬り捨てた」


 雪女は、凍てついた空気を割るように、深々と頭を下げた。


「なんてお礼言ったらいいべか……」


「半兵衛――異論はあるまいな」


 半兵衛は夢幻に体を向けて、首を横に振った。


「それはできないよ。

 俺たちは夢幻を止めることができない。司令部も理解している。

 だけど、退治できる異形なら話が変わってくる」


「ふむ……如何すれば良い」


「簡単な話だよ。夢幻が神州維新府の味方になってくれればいい。

 そうすれば、庇護下の雪女には手出しができない」


「成程。

 ――吾に殺意を向けし愚者を斬る。其れにて異論はあるまい?」


「それでいいよ。

 これで足りなかった情報も手に入る。

 おまけに敵の戦力が削れた。司令部も口出しできないね」


 夢幻はわずかに笑った。


「食えぬ奴よ」


 半兵衛が雪女を見据えた。


「早速で悪いけど、雪女にはヘリコプターの中で話を聞かせてもらうよ」


 雪女は小さくうなずいた。


 ヘリコプターの下へ向かうと、縄梯子が自動で降下した。

 崇真と半兵衛はそれに取り付き、機体へと登った。

 夢幻と雪女は、音もなく機体へと飛び乗った。


 機体が神州維新府へと移動を開始する。


「雪女、異形の主の名前を教えてほしい」


「うん、芦屋道満(あしやどうまん)って名乗ってたんだわ」


「そういうことか……なるほどね」


「半兵衛、何かわかったのですか?」


「まあ、そうだね。他国は無事で、日本だけが閉じ込められていることがわかったよ」


「何をおっしゃっているのでしょうか?」


「崇真は知らないだろうけど、『芦屋道満』は、日本人の名前なんだよ。陰陽師だけでは判断できなかったんだ」


 半兵衛は雪女に目を向ける。


「結界は、内外から干渉できない。だから、他国からの救援は望めない。これで合っているかな?」


「うん、そったら通りなんだわ」


 半兵衛は無言で拳の側面を機体の壁に打ちつけた。


「何が狙いなのかわからないけど、自作自演で救世主を演じるなんて、どうかしているよ」


 芦屋道満の狙いは見えた。

 とはいえ、その底にある思考までは読めなかった。


 ――他国は無事だった。その事実が、胸の奥で張り詰めていたものを、ひと筋、静かに緩めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ