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白より黒く、黒より白く  作者: 斎賀慶
第一章 白の書
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Episode.11 凍れる刃を抱いて

 ヘリコプターの中で、崇真は半兵衛と共に沈黙していた。夢幻は腕を組み、堂々と立ったまま外を眺め、静かにうなずいていた。


「ふむ……左様か。此れにて移動するとは。道理で遅き筈よ。

 ――小僧、答えてみよ。下に鎮座する厄介な構造物、何の効を為す」


 隣の半兵衛が、肘で崇真を小突いた。言葉を促しているのだと察し、崇真は一つ、咳払いをしてから答えた。


「異形が現れる前、民は高層マンションで暮らしていました」


「成程……今は只、用を失せし空蝉(うつせみ)と化したか」


「はい……異形のいない世界になれば、民にとって帰る場所が必要となります」


「窮屈よの。

 ――吾が舞臺(ぶたい)、整えて遣わそうぞ」


 夢幻の言葉に血の気が引いた。


「お待ちください。中に民がいる可能性があります!」


「成程、汝らすら掌握出来ぬと見える。

 されば、放置も()む無し。

 ……然らば、此の儘にて良かろう」


 ……夢幻が何を考えているのか、崇真には読み取れなかった。


「失礼ですが、どのようにお呼びすればよろしいでしょうか」


 夢幻がこちらに視線を向けた。


「名は無きもの。されど、不便なるは確か。

 用ゐるには、やはり呼び名が要るか」


 夢幻が目を閉じた瞬間、呼吸が止まった気がした。空気が凍りつき、そこだけ時が止まったようだった。音も思考も、皮膚に触れる空気さえ、身動きひとつしない。

 呼吸が詰まり、胸が凍えた。思考の芯までも凍結したようだった。


「……夢幻、か」


 そう告げると、夢幻は再び目を開いた。


「先に斯う呼ぶ者がおったな。

 敗者の妄語(もうご)は悉く斬り捨てたが――此れのみ耳に残った。

 よかろう、吾を呼ぶに『夢幻』とせよ」


「私は、信条崇真と申します」


「ほう、小僧にも名があったか。崇真――然れど、簡潔が佳し。

 以後は其れで構わぬ」


「はい」


 夢幻が視線を横へとずらし、半兵衛を見据えた。


「便宜を図りし礼と致そう。

 汝の名も、記して()め置こう」


「俺は竹中半兵衛」


「半兵衛。汝の戯言、今回は聞き流して遣わす。

 ――されど、二度目は無きものと心得よ」


 その一言は半兵衛に向けられたものの、なぜか崇真の胸元を鋭く貫いてきた。頭では理解できぬまま、背筋を氷柱が走った。


「夢幻、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか」


 夢幻がこちらを見た。


「構わぬ」


「私を、どのように鍛えようとお考えなのでしょうか」


「吾は常に、隙あらば命を断つと申したな。されど、無益なる殺生は好まぬ。

 崇真が手を抜いた刹那、不要なる手より斬り捨てよう」


 ……つまり、私の心を殺す、ということなのか。


「案ずるな。時と場所は弁えてやる。

 故に、汝らの居城を破壊しても詮無(せんな)きことよ」


 奇妙な理性が垣間見えた。崇真は夢幻がただの狂気ではないことを、確かに感じていた。

 半兵衛が、再び肘で崇真を突いた。この流れで肘を突くのなら、夢幻への説明を促しているのだろう。


 ――神州維新府の事情を伝えろ、と。


「夢幻、神州維新府は異形を退治する組織です。

 準備が整うまで時間がかかります。

 それまで、ひとりで出歩かれると困るのです」


「戦もまた一興。されど、吾が動くは汝らの備へあってこそ。

 其れを妨げるは無粋の至り。しばしの間は控えてやろう」


 夢幻は再び外へ視線を移した。崇真は声を落とし、半兵衛に尋ねる。


「半兵衛、司令部はどのように対応するのでしょうか」


「俺に一任されたよ。司令部もあの惨状を知っている。

 司令部の誰かが口を滑らせて迂闊な真似をした瞬間、神州維新府は疎か要塞砦すら無くなる」


「案ずるな。無益なる命の狩りはせぬ。

 吾は斬るべき者を既に定めておる。力無き者を屠っても価値は無い――半兵衛、故に汝は未だ生きておる」


 夢幻の視線が、氷の刃のように肌を刺した気がした。

 凍てつくような冷気が、言葉よりも早く胸の奥へと突き立った。


「崇真は別物よ。未だ未熟なれど、あの眼を見たとき、吾は悟った。

 此奴は斬るに値すると。

 ――努々、吾を失望させるな」


 返す言葉が見つからなかった。否、息すら詰まり、何も考えられなかった。

 胸の奥に冷たい刃が突き立てられたまま、ただ身を凍らせていた。


「それは、どういう意味でしょうか?」


「ふむ……吾は自らの存在意義を、久しく思索(しさく)しておった。

 剣を抜けば即ち終焉。其れでは詰らぬ。

 ――吾は強者を求めて彷徨いしが、実力の隔たりに気付きし者の眼は、悉く(にご)った。

 ゆえに価値無きものと見做した」


 夢幻は、師匠に目を向けた。


「かつて、唯一、剣を振るえぬ者が居た。人にしては剛なる者。

 二刀の術にも興あり。されど、木刀では吾に届かぬ。斬れぬ者では相手にもならぬ。

 ――崇真の名を聞き及びし刻、吾は見極めんがため、静かに時を待った。

 汝の眼に濁り無く、剣は(つたな)くとも、鍛え甲斐はあると見た」


「木刀の二刀流がいたのですか?」


「ふむ……名は、宮本武蔵と云うたか。今となっては交える術も無し。

 ――それが、吾が唯一遺せし未練よ」


 機体が低く唸り、金属が軋む音とともに、地を踏む感触が伝わってきた。

 夢幻は一片の迷いもなく、音も立てずに地へと降りる。

 崇真は、意識より先に脚が動いていた。夢幻の背に、置いて行かれてはならぬと、ただそれだけが脳裏にあった。

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