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白より黒く、黒より白く  作者: 斎賀慶
第一章 白の書
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Episode.09 出征の刻

 考えを巡らせていたわけではない。ただ、何もせぬまま時間が過ぎていた。

 その静けさを破ったのは、扉を叩く音だった。


「師匠……失礼します」


 崇真は重い腰を上げ、扉を開けると、見覚えのある男戒将が笑顔で立っていた。

 茶髪を右に分け、整いすぎた顔立ちで、ようやく思い出した。しかし同時に、ひとつの疑問が浮かぶ。半兵衛は機動隊の制服を着ていた。


「半兵衛は……戒将ですよね?」


「さっき、機動隊に異動したんだよ」


「それは見れば分かりますが……私は、武将として半兵衛の指揮下に入るということでしょうか?」


 半兵衛は崇真の顔を覗き込んだ。


「崇真、顔色が真っ青だけど、何かあった?」


 崇真は、目を閉じて静かにうなずいた。


「もしかして、歴史を知ったのかな?」


 崇真は目を細めて半兵衛を見据えた。


「……なぜ、わかったのですか?」


 半兵衛は笑顔で答えた。


「俺だったら、合格で浮かれているタイミングで話すからだよ。気を引き締めてもらわないと困るからね」


 ……確かに、私は少し浮かれていたのかもしれない。

 歴史は変えられない。なら、私は私の信じた戦将という正義を貫く。


 崇真は大きく息を吐き、左右を頬を叩いて気合を入れた。


「吹っ切れたようだね」


「はい」


「話を戻すよ」


 崇真は首を縦に振った。


「これから崇真には俺と共に行動してもらう。司令部から許可も下りている。ただし、これは今回限りだね」


「それは、どういう意味ですか?」


「地下に部屋を用意してあるから、詳しい話はそこでするよ」


 半兵衛が小声で続けた。


「誰かに聞かれるとまずいから、ここでは話せないんだよ」


「承知しました。すぐに準備します」


 崇真は師匠を腰に差し、部屋を出て、半兵衛と並んで歩いた。


「俺の言った通り、あれから何もなかったでしょう?」


「はい。おっしゃる通り、何も起きませんでした」


 ――つまり、私を狙う異形が現れたのだろう。


 崇真はフロントで鍵を返し、「お世話になりました」と頭を下げて別れを告げた。


 半兵衛に案内された部屋には、機動隊の制服が用意されていた。


「これは……私に支給された制服、ということでしょうか?」


「うん。崇真が着替えている間に、俺は必要なものを揃えてくるよ」


 そう言って、半兵衛は部屋を出ていった。制服を手に取りながら、崇真は師匠に尋ねた。


「師匠、これはジャンプスーツ……でよろしいのですか?」


『見た目はそうだな。

 刀で斬られても刃を通さねえ丈夫さ、

 それに衝撃を吸収するように設計されてるな。

 ソイツを着てから、陣羽織を身に着ける。

 陣羽織は戦将の象徴だからな。

 背中には「神州維新府」の文字が金でプリントされてる。

 異形――特に鬼は、昼夜問わずどこからともなく現れるが、夜になるとソイツが活発になる。

 だから目立たねえ黒で統一されてる。

 ロングブーツはヘリコプターから降下しても耐えられるようになってるな。

 革手袋は汗で滑らねえようになってる。

 俺の時代にこんなもんがあったら、今の二天一流が違うもんになってたかもな』


「これを身に着けるということは、私も神州維新府の名を背負う者になる……ということなのですね」


 師匠が大声で笑った。


『崇真はクソ真面目だな! それを着てもテメェは何も変わらねえよ!』


「……確かに」


 何ひとつ取りこぼさぬように、動作ひとつにも気を配りながら、制服に袖を通した。

 笑われたとしても、この重みを無視することなどできなかった。


『崇真、深呼吸しろ』


「はい」


 深く吸って、ゆっくりと吐く。わずかに胸のざわつきが収まっていく。


『俺の教えを守れば死なねえ。二天一流は最強だからな』


 握った拳に、わずかに力がこもる。震えは止まらずとも、それでも、踏み出さねばならない。


 すると、扉が開き、半兵衛が戻ってきた。手にしていた地図を机の上に広げる。


「崇真、これから今回の作戦を伝えるよ」


 崇真は地図に顔を寄せた。


「まず、民間人は東京の外界に集中している。これは少し古い情報だけど、人口はおよそ10万人。これは当時と比べて減少しているよ」


「……そこまで詳しい人数は知りませんでした」


「まあ、学府では、詳細な人数を伝える意味がないからね。話を戻すけど、今朝から東京の外界を重点的に、異形を捜索してもらったんだ」


 そう言いながら、半兵衛は地図のある箇所を指さした。

 地図の上に身を乗り出す。

 視線は、半兵衛の指先に導かれるようにして、一点で止まった。


「埼玉県に鬼がいたんだよ。ドローンを飛ばしたら、一台壊されたけどね」


「動きはないのですか?」


「敵の狙いは崇真だからね。

 民間人を襲えば、他の部隊に邪魔される。だから待っているんだよ。

 でも、悠長なこともしてられない。状況が一変する可能性もある。

 そうなれば、民間人に被害が出てしまう」


「状況は理解しました」


「今回の鬼は一部隊を全滅させるだけの力がある。

 だから、被害を最小限に抑えるために、俺と崇真で相手をする。

 あとから増援が来る手筈になっているから、鬼を捕縛して、情報を吐かせる」


 半兵衛が崇真の目を見据えた。


「崇真、俺は綺麗事を言わないよ。だから、命を捨てる覚悟をしてほしい」


 その瞳には、迷いがなかった。


 ――またしても、私は守られることを当然と思っていたのか。

 気づかされたのではない。ただ、目を逸らしていたに過ぎない。


「……自分の命は、自分で守ります!」


 半兵衛は口元をほころばせ、首を縦に振った。


「じゃあ、行こうか」


 崇真は半兵衛の手元に目を向けた。


「半兵衛、それは……何ですか?」


 一歩下がった半兵衛が、それを振り下ろす。瞬間、形が変わり、鋭い槍となった。


「俺の戦武は扇だからね。

 心許ないから作らせたんだよ。

 折り畳めるから、ヘリコプターに乗っても邪魔にならない優れものだね」


 ――半兵衛は、既に覚悟を決めていたのだ。


「半兵衛、私は……決心しました。必ず、生き残ります!」


 半兵衛は静かにうなずいた。


「崇真、行くよ!」


「はい!」


 こうして崇真は、半兵衛と共に、鬼の潜む埼玉県へと向かった。

 この時の崇真は、鬼という存在の意味すら、まだ知らなかった。

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