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事件は現場とネット  作者: ゆうき
始まりの息吹
9/28

入院中

 夜の冷気が、頬を撫でた。

 マンションの外で待っていたのは、ヘッドライトを落としたままの黒いセダン。本郷の私用車だ。後部座席のドアが静かに開き、樹はそこに滑り込んだ。

「解析は?」

 本郷が運転席から声を落として訊く。

「葵がやってくれてる。相当やばい内容みたい。暗号は二重、しかもパスつきの映像ファイルがあるらしい」

「なるほどな。おそらく――いや、確実に向後が残したものだ」

「橘に聞き出すしかない」

「あいつが正気なら、の話だ」

 車がゆっくりと動き出す。車内は静まり返っていた。

 樹はちらりとスマホを確認する。病院側からの通信は一切届かない。ノイズのようなデータばかりが並ぶ画面に、唇を噛んだ。

「……ねぇ、本郷さん。なんで私に、任務を任せたの?」

 唐突な問いに、本郷はバックミラー越しに少し笑った。

「お前が、やるって言ったからだ。俺が命令した覚えはない」

「……ずるい言い方する」

「お前が正義感で動くやつだってのは分かってる。だが今のお前は、正義感だけじゃない」

「え?」

「USBを橘から受け取ったとき、あいつに“死ぬな”って言ったらしいな」

「……それ、聞いてたの?」

「お前の声、マイク越しでもはっきりしてる。少し震えてた」

 本郷の言葉に、樹は少しだけ顔を背けた。

 セダンはゆっくりと病院の近くの裏通りへと入り込む。建物の外周には、複数の黒い車両が停まっているのが見えた。

 不自然なタイミングでヘッドライトを点け、すぐ消す一台。

 明らかに「こちらに気づいている」合図だ。

「こっちも、完全に監視されてるな……」

「病院の中にも“味方じゃない”職員がいる。注意しろ。お前が橘のところに行く間、俺たちは外側からかき回す」

「俺たち?」

「東野を呼んだ」

「東野さんですか?今はどこに?」

「正面入口で“暴れて”るよ。警察車両を呼び出した上で、不審な車のナンバー全部記録中。連中が慌ててる様子が面白いくらいにわかる」

 本郷が不敵に笑う。だが、車内の空気はどこか張り詰めたままだった。

 病院は、灯りがついているくせに、不自然な静けさに包まれていた。

 まるで“見せかけの安全地帯”。

「……入る」

「気をつけろ。刺客は一人とは限らない」

「了解」

 ドアが開き、冷たい空気が流れ込んだ。

 樹はフードを被り、バッグに忍ばせた小型スタンガンと拳銃の存在を確認する。

 背後から、本郷の短い言葉が飛んできた。

「――死ぬなよ、樹」

「……それ、今の流行り文句なんですかね」

 そして、樹は夜の闇へと溶けていった。


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