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事件は現場とネット  作者: ゆうき
第1章:始まりの息吹
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事後

空は暗くなり事故の事後処理も終わり、静かな時間が戻ってきた中、ビルの非常階段に腰掛けて、缶コーヒーを口に運ぶ。

 ぬるくなった缶から金属の匂いがした。

東京の雑踏は、昼でも夜でもせわしない。だが、この小さな交番の横にある裏路地だけは、どこか切り取られたように静かだった。

 樹は制服の胸元を軽くはだけて、深く息を吐いた。

 (刑事なのに交番勤務――と、他の連中は思ってるんだろうな)

 そう思いながら、樹は数週間前のやりとりを思い出す。

──警察署・第一捜査課の会議室。

 本郷は、新聞を丸めながら言った。

「この件、上にはまだ話すな」

「え?」

「正式な捜査ではない。……いや、“できない”。行方不明事件の線で情報は出すが、裏にあるものが大きすぎる。表沙汰にした瞬間、握り潰される可能性がある」

 その言葉に、樹は眉をひそめた。

「じゃあ……私たちは、独自に?」

「そうだ。署の一部に根回しはしてある。が、捜査課のバッジをつけて動くと、妙な目を引く。……そこでだ」

 そう言って、本郷は机の引き出しから、折りたたんだ書類を取り出した。

 人事異動申請書。

「“一時的に交番勤務に戻れ”。理由は“地域密着型の現場再教育”。だが、実質は潜入捜査だ。……この事件、普通の刑事じゃ追えねえ。表の動きじゃ絶対にたどり着けない」

 樹は無言でその紙を見つめた。

「異動という形にしておけば、連中に気づかれにくい。警察内部にも“向こう側の人間”がいる可能性がある。交番からなら、こっそり動ける。……俺のサポートもする」

 樹は、少しだけ迷った。

 刑事になったのは正義感ではなく、必要とされたかったから。

 でも今、自分の目の前にあるのは、誰も必要としていない“面倒な闇”だった。

「……わかりました。やります。制服、また着ます」

 本郷はうなずき、どこか皮肉げに笑った。

「いい返事だ。今度は“警官の顔”より、“住民の顔”をよく見るんだ。こっちの方が、真実に近いことがある」

 その日から、樹は小さな交番に“配置転換”された。

 形式的には“新人指導を受ける側”という名目だったが、実際には失踪者が現れる可能性のあるエリアの巡回、住民との対話、非公式な情報収集――つまり、偽装された潜入捜査だった。

 ペンとメモ帳。

 信号無視の自転車を注意しながら、近所の高齢者と他愛もない会話を交わす日々。

 だがその裏で、樹は静かに「不自然な空白」を拾っていた。

 ──突然引っ越した若者。

 ──郵便物を取りに来なくなったワンルームの住人。

 ──誰も見たことがないのに、夜中だけ電気がつく部屋。

 (“ただの失踪”なら、こんな空気は残らない)

 樹は缶を飲み干して立ち上がった。

 制服の上から、わずかに目立たないピンマイクの位置を確かめる。

 (ここからが、捜査本番)

 人混みの中に溶け込みながら、彼女は今日も“刑事ではない顔”で現場に降りていく。


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