表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
事件は現場とネット  作者: ゆうき
始まりの息吹
5/28

回想

午後6時

 春の入り口にさしかかった東京の空はまだ明るく、警察署の上層階から見える街並みには、灰色のビルと白い街灯が点々と灯っていた。

 会議室のガラス窓に反射しているのは、机の上に散らばる書類と、真剣な顔をした男の横顔。

 本郷刑事。

 樹の直属の先輩であり、署内でも「頑固でクセが強い」と知られる人物だったが、誰よりも現場を知る人間だった。

「……行方不明、ですか?」

 差し出された資料の束に目を落としながら、樹は問い返した。

 そこには、五人の若者の顔写真と、彼らが失踪した日付、最後に確認された行動などが簡潔にまとめられていた。

 樹はそれぞれの写真に、思わず目を留めた。

 色白の大学生。派手な化粧のフリーター。細身の男の美容師見習い。共通点は年齢だけ――と思いきや、何か引っかかる。

「年齢は近いけど、職業もバラバラですね。……でも、みんな“消える直前に何かを捨ててる”」

「捨ててる?」

 本郷が眼鏡の奥で目を細める。

「大学を中退、アルバイトを辞める、SNSのアカウントを削除……この人なんかは引っ越しの手続きをしたのに住んでない。まるで……準備をしてたみたいな」

「そのとおりだ」

 本郷は、重たく頷いた。

「だが、家族や知人には何も言っていない。突然、痕跡を消すようにして姿を消した。しかも、全員が最後に通信した相手が“不明”なんだ」

「GPSも……?」

「例の特殊なSIM経由で、ログが消されている。痕跡は完全に抹消されていた。まるで、存在自体を“誰かが消そうとした”みたいにな」

 樹は無意識に背筋を伸ばした。

 普通の家出やトラブルとは違う、確かに“意図的な力”を感じる。

 本郷が机の端から、さらに一枚の写真を差し出した。

 色褪せた集合写真。見覚えのない若者たちが笑っている中に――一人、背の高い男性がいた。

「この男が“向後”だ」

「向後……どこかで聞いたことが……」

「警察には記録がない。だが、十年前、似たような“集団失踪事件”がいくつか報告されていてな。その中の証言にこの男の存在が頻繁に出てくる。“若者を集めている奇妙な男がいた”ってな」

「……それって、宗教とか、カルトとか?」

「そう言い切れれば話は早いが……こいつは違う。思想や信仰じゃなく、“生き方の提案”だったらしい。仕事を辞めさせ、家族を捨てさせ、別の場所へ連れていく。しかも強制ではなく、自発的に」

 樹はぞっとした。

 見知らぬ誰かに人生を委ね、すべてを放棄する若者たち――そんな存在が実在するのか?

「まるで、何かに“引き込まれる”みたいに……」

「その“何か”を見つけるのが、俺らの仕事だ。樹、この件……お前に担当させたい」

「……私に、ですか?」

 本郷は椅子に深く腰掛け、腕を組んだ。

「お前、あの中目黒の事件、被害者の妹に直接寄り添って話を聞いてたな。“記録に残らない痛みを拾うのが捜査官だ”とか言って」

 樹は思わず、うつむいた。

 そんなこと、言っただろうか。

「こういう“表に出ない事件”には、そういう感覚が必要だ。……自分の仕事が誰かの人生の境目に立っているって、ちゃんと理解できる人間にしかできない」

「……やります。やらせてください」

 その言葉を口にした瞬間、なぜか胸の奥に、軽いざらつきが残った。

 ほんの小石のような不安。

 それはこの先、いくつも山のように積み上がっていくものになるとは、まだ知る由もなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ