鍵の回収
「……“中のコードは、俺の中にある”……?」
樹が呟くように繰り返した言葉が、地下室の薄暗い空気に染み込んでいく。
橘はそのまま再び目を閉じ、浅い呼吸だけが生きている証となった。
本郷は腕を組み、沈思黙考の面持ちで床を見つめていたが、やがて低く呟いた。
「向後の“中”……つまり、生体情報。あるいは――DNA、網膜、声紋、何かの遺伝的コードか?」
「それだと、もう無理じゃん。向後って、死んだんでしょ?」
葵が背もたれに深く体を預け、PCを膝に乗せたまま、牛丼のふたを外した。
「火葬されてたら完全アウトだし、仮に遺体が残ってたとしても、敵がそれを手元に置いてないわけがない」
樹は立ち上がり、部屋を歩きながら考え込んでいたが、ふとあることに気づいたように振り返る。
「……待って。向後の死って、確認されたわけじゃないよね」
「えっ?」
「『消息不明』扱いのままなの。死亡報告も遺体発見もなかった。ただ、組織の動きと、橘の証言から“死んでるはず”って思い込んでたけど……」
本郷が眉間を指先で押し上げた。
「……確かに。公式記録でも“行方不明”。事故や病死などの記録もない。ならば、“向後はまだ生きている可能性”も、排除できん」
葵がもぐもぐと口を動かしながら、ぽつりと漏らした。
「だとしたら、敵が探してるのは橘だけじゃないってことになるね。“鍵”である向後も同時に、どこかで――」
「――監禁、あるいは拘束されている」
全員の視線が一点に集まった。
本郷が静かに言った。
「向後は“殺されていない”。“利用価値”が残されているからだ。橘がUSBを持ち出したことで、彼らは“2つの鍵”がバラバラになったと焦った。だから橘を狙った。次は……」
「向後の居場所を突き止めて、残りのパーツを揃える気だ」
樹の声に緊張が混じる。
USBの情報、向後の所在、生体認証による“鍵”。
事態はさらに深い闇へと潜り込もうとしていた。
「……じゃあ、私たちの次の手は」
「“向後を探す”。――それ以外にないだろう」
本郷の言葉に、場の空気が変わった。
目的は変わった。データを解読するだけでは不十分。向後を見つけ出すことが、真相に至る唯一の道。
その瞬間、葵のPCがピンという高音を鳴らした。
「……あ、解析完了。表のフォルダの中身だけだけど」
全員が画面を覗き込む。
そこには、取引記録、関係者の名前、銀行口座、そして――“施設リスト”という名のファイルがあった。
樹がクリックすると、そこにはいくつもの施設名と地図座標が並んでいた。工業団地、研究施設跡、医療センターの倉庫、放棄された警備会社の研修所……。
「この中に、向後がいる……?」
「あるいは、その痕跡が」
本郷が小さく頷いた。
「まずは、最も可能性の高い場所から――“次の現場”に向かう」