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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

彼女に正体がバレるまで

作者: 底一

短編です。



 朝七時。カランコロンと、扉のベルが三度つづけて鳴った。

 ひんやりとした外気と、ひっきりなしに流れる警報が入ってくる。


『今日の怪獣警報です。警戒指数はブルー。怪獣の痕跡はありませんが、住民の方は避難経路を確認してください』


 怪獣の現れない、平穏な朝のはずだった。

 東京・神楽坂の片隅でいつも閑古鳥が鳴いているのがこの星街珈琲だ。

 しかし今日は開店30分で満員御礼だった。

 いくら食パンを切って、卵を焼いても、まったく追いつかない。


「おはよう、ダンさん──って、なにこの人だかり!?」


 竹刀袋を背負った常連の女子高生、高坂葵が絶句している。


「わ、私だけが知ってる秘密の喫茶店だったのに……」

「すまない、葵ちゃん。ちょっとバズっちゃって」

 

 苦笑で返しつつ、隣を見る。

 透き通るような白銀の髪がふわりと揺れた。

 この混雑の原因、自称女神のセフィラ・ネルヴェリアが金色の瞳で客席を睨んでいた。


 ──褐色肌なんて日本人じゃないわよね。中東の留学生かしら?

 ──あ、こっち見た! あの目ってカラコンかな?

 ──銀髪って本当に存在したんだ……たまらん!!


 視界の端で、太った男が頬を赤らめてセフィラにスマホを向けている。


「ちっ」


 すぐそばで聞こえた舌打ちに肝が冷える。

 今すぐ、撮影をやめたほうがいい。

 シャッター音がなったら爆発するかも知れない。


 気づけとアイコンコンタクトを送るが、太った男はセフィラに夢中だ。

 鼻息を荒くしていることから、セフィラの視線に興奮しているかも知れない。


 ──美人すぎる店員がいる喫茶店。


 ネットでは大層騒がれているらしい。

 物騒な怪獣事件が多い中で、彼女のニュースはちょっとした癒やしなのかも知れない。

 店内に置かれた電話は昨日から鳴りっぱなしだ。

 どれもセフィラを取材させて欲しいという、テレビ局や動画メディアの問い合わせだった。

 正直、バカを言うなといいたい。


(この地球上で最も危険な生物なんだぞ……)


 その正体はヒトではない。

 全長50メートル、街ひとつを簡単に焦土に変える白銀の巨神――それがセフィラの真の姿だ。

 指先から放つ火球の余波だけでビルの窓が砕け、剣の一閃で台風を切り裂く。

 思い出すたびに、私も背中に氷水をぶちまけられた気分になる。


「───っ」


 そんなセフィラの肩が、小刻みに震えている。

 貧乏ゆすりに、フローリングの床がベキリと踏み抜かれた。

 壊れそうな檻に入った猛獣が店内にいるような、そんな錯覚を覚える。


(頼むからキレないでくれよ)


 女神様の機嫌は明らかに降下中だ。

 濃密な力の一部が彼女から漏れている。

 きれいに並べた皿がカタカタと揺れ、コーヒーカップがひとりでにひび割れた。


「……セフィ、葵ちゃんを席に案内してくれ。あとおしぼりとお冷を頼めるかい?」


 店に甚大な被害が出る前に手を打っておこう。

 葵ならセフィラも知った仲だから、ヤケを起こしたりはしないだろう。

 そう考えての声かけだったが、鋭い金色の瞳が今度は私に向けられた。


「おい、星街ダン。この私を下僕扱いするつもりか?」


 彼女の髪がワナワナと逆立つ。

 溶けてはいけない氷河が溶け始めたような、嫌な空気だ。

 もうわずかな刺激で、この女神様は暴発してしまうかもしれない。

 言葉を選んで、慎重に話す。


「はは、すまない。でも見ての通り手が空いてないんだ。頼むよ、セフィ……」

「──断る。そもそも、この無礼者共を滅ぼさないだけありがたと思え」


 パチン、と細い指を鳴らす。

 同時に店内に悲鳴が上がった。


「ちょ、セフィ……っ」


 ──殺したのか。


 卵を焼いていた手を止め、慌ててカウンターから身を乗り出す。

 まっさきに見えたのは客達の青ざめた顔だった。

 太った客の持っていたスマホが割れている。

 ひび割れじゃない。真っ二つに裂けている。


「お前の店だから、この程度で済ましているのだぞ?」


 ふふんと、不敵に微笑みを浮かべたセフィラが怪しく告げる。

 冗談ではなく、本心で言ってるのだから困る。

 人間に化けるのは得意だとのたまうくせ、少しもその異常性を隠そうとしない。


(頼むから普通の人間として振る舞ってくれないか!?)


 葵が竹刀袋に手を入れて、セフィラを睨んでいる。

 はらりと下がる袋から見えるのは、刀の柄だろう。

 葵の長い黒髪が、風も吹いてないのにふわりと浮き立つ。


「ダンさん。やっぱりソレ──人間じゃ無いのね」


 固く、冷たい声で葵が告げる。

 店内にヒンヤリとした空気が満ちて、自然と皆が口を閉ざす。

 

「あ、葵ちゃん! 店が壊れるからその物騒なのはしまってくれないかな?」

「──前から思ってたんだけど、あなたも大概よね。普通、こういう時は人の心配をするんじゃない?」


 親指で柄を撫でながら、葵の黒い瞳がまっすぐに私を見る。

 何か大きな間違いを犯した気分になった。

 詳細はわからないが、こちらの発言にはズレがあったらしい。

 

(人間のふりは私もうまくなったはずなのだが)

 

 葵の声は軽い。友人を叱るような、その程度のものだ。

 それでも重く受け止めてしまうのは、こちらに()()()()()()があるからかもしれない。


「──おい」


 セフィラの掛け声が聞こえたと同時に、力の奔流が横から吹き荒れた。

 壁にかけたカレンダーがめくれ上がるように舞い、吐く息はいつのまにか白くなっている。

 カウンターから出ていくセフィラの頭上には、薄い光輪が浮かんでいた。


「人間風情が、我が信徒に害を為そうとするか?」 


 刀を構えた状態がきっとよくなかったのだろう。

 セフィラは私に敵意を向けた葵を敵と判断したようだ。

 それだけ私を大事に思ってくれていることは、少し嬉しい。

 でも、人間社会で生きていくならこの程度で毎回爆発されても困るのも事実だ。

 右手の指輪をそっとなぞると、警告するように薄い光の文字が浮かんでいる。


(……まずいな)

 

 火薬庫に火が付いてしまった。

 葵の表情から余裕が消えている。

 産毛が逆立つ異様な気配。呼吸を忘れるほどに張り詰めていく空気。

 青ざめた顔の客達は、いまにも失神しそうだ。


『先日、千葉で覚醒者が倒したサソリ型の怪獣は現在解体が進んで──』


 誰もが息を顰め、静寂とした店内にテレビからニュースが流れた。

 ここで戦いになるのなら、軽く数人は死ぬだろう。

 葵も隠すつもりがないのか、気配がどんどんと()()()()()()()。 

 まるで、内に秘めたチカラを練り込んでいるように。


「──君たち、いい加減に……」


 喫茶店の危機に私が2人に声をかけようとした時のことだった。


『──き、緊急速報ですっ!』

 

 アナウンサーの叫ぶような声が聞こえた。

 同時に葵のスマホがけたたましい音を鳴らす。

 びっくりした皆が、葵に視線を集中させた。


「こんな時に……って、緊急招集!?」


 何事かと思うまもなく、建物が揺らいだ。

 外では地域全体に響き渡るような、サイレンの音が鳴っている。

 この地震は自然現象ではなく、巨大なナニカが動いた衝撃だろう。

 断続的に、規則正しく建物を軋ませ、塵芥がパラパラと落ちてくる。


『怪獣が出現しましたっ! N.A.O(国家覚醒者管理機構)は直ちにS級覚醒者の派遣を決定……新宿区にお住まいの方は至急避難してください!!』


 映像には大きな穴の空いた地面が写っている。

 そこから這い出る黄金色の節足が見えた。

 東京ドームが写っていることから、この店からもそう遠くない場所にいる。


「最近、多いな……困ったものだ」


 私がこの店を継いで1年の内に、この地球の環境は大きく様変わりした。

 巨大な怪獣が姿を表し、魔力に目覚めた覚醒者が魔法のような力で怪獣を退治する。


「……ダン」


 ぼやいたところで、セフィラが振り返った。

 瞳に宿る感情は読めなかった。

 ただすこし眉が下がっているのは、申し訳無さを感じているようにも見える。

 彼女がそう思う理由は、まだわからないが。


「──さっさと行ったらどうだ」


 そんな感想もつかの間。

 セフィラは追い払うように葵に出立を促した。

 気づけば彼女の頭上の光輪は消え、怒りはおさまったようだ。


「アンタみたいな得体の知れない女を馴染みの店に置いておきたくはないのだけど……」


 葵がテレビとセフィラを交互に睨んでいる。

 どちらを優先するべきなのか、葛藤しているのだろう。

 だが、すぐに刀から手を離すと背中を見せて扉に向かった。


「ま、お気に入りの店が壊されても迷惑ね。ダンさん、守ってあげるから今度珈琲おごってね!」

「なんだと小娘!? ダンを守るのは私……」

「じゃ、ちょっと行ってくる!」

「おい、貴様っ!」


 最後にセフィラを睨みつけ、葵は店から飛び出していく。

 得体の知れない脅威よりも、差し迫った脅威を優先したようだ。


「……やれやれ。では皆さん、怪獣が迫っているので避難を」


 呆気に取られている客席の人間を外に案内しつつ、店内を振り返る。


『現在、新宿区に向かって巨大怪獣が進行中──』


 テレビに写るのは自衛隊のミサイルをもろともしない巨大な虫のような怪獣だ。

 膨らんだアリのような腹部から、人型の胴体が生えている。

 6本の節足をいそいそと動かし、街を踏み荒らしながら進んでいた。

 映像から伝わる気配に、自然と掌が熱くなる。

 先日、葵が倒したと自慢していたサソリ型の怪獣には抱かなかった感覚だ。


(……葵で勝てるのか)


 セフィラに警戒して高まった葵の気配は人間にしては大きい。

 だが、どれをとっても映像に写る怪獣とでは比べ物にならない。

 正直、軍と他の覚醒者の援助があってもアレでは厳しそうだ。


(──最悪、私が)


 右手にはめた指をなぞる。

 薄い光の文字が滲んでいた。

 ふと気づくと、セフィラが指輪をなぞる私を見ている。


「ダン? どうした?」

「あ、いや……じゃあ僕も避難するね」

 

 セフィラが何かを思う前に立ち去ろうと扉を開ける。

 すぐ外の大通りでは人々が悲鳴を上げて逃げ惑っていた。

 この流れに溶け込もうと、足早に一歩を踏み出した時。


「ぐえ」


 シャツの襟を引かれて首が締まる。

 有無を言わさない力で店内に引き戻され、倒れそうになる。


「むぐっ」


 倒れ込んだのは、ひどく華奢に感じる柔らかい女性の身体だ。

 どこにこんな馬鹿力があるのかと思うほど、か細い。

 抱きしめたら折れてしまいそうな危うさまで感じる。

 ほんのり香る、甘い匂いが不思議と心を和ませた。


「大人しくここにいろ」

「いや……」


 慎ましやかながらも、柔らかい双丘から顔を剥がす。

 見上げればセフィラが褐色の頬を赤くしてそっぽを向いていた。


「お前を守るのは私だ──あの娘ではない」


 セフィラが私の腕を掴んで離さない。

 葵、余計なことを言ってくれたものだ。

 おかげで監視の目が厳しくなってしまった。


「君はいかないのかい? さっさと倒してくれたら嬉しいのだけど」


 仕方ないので、彼女の隣に立つ。

 先程からセフィラが私と目を合わそうとしない。

 出立を促してみるが、せわしなく目を動かすだけだ。

 終いには俯いてしまう。


「まあ、あの女が負けたら行ってやろう」


 それでは困る。

 感じ取った力の差では、葵は生き残ることも難しそうだ。

 セフィラがあの怪獣を倒す前に、彼女は死んでしまうだろう。

 やはり、ここは──。


「それにこのまま待っていればアイツが現れるかもしれんしな」

「アイツ?」


 嫌な予感に、背筋がぞわりと冷たく痺れる。

 腕を掴まれているのが、余計に心臓に悪い。

 脈拍を正常に維持し、表情を変えずに彼女を見る。


「──アストラゼノン。先日、この私を打ち負かした遠い銀河の戦神だ」


 それは先月、彼女が火球を放ち、剣をふるった相手だ。

 時間が立ったのに、身体が感覚を覚えている。

 斬られた肩が疼き、肺まで灼かれるような熱を感じる。

 実際に彼女の火球に包まれて燃え上がったのだから無理もない。


 ──先日この女神と戦ったのは、私だ。


 だからどうにか、うまくセフィラと離れる必要がある。

 バレた瞬間、店が吹き飛び東京は火の海と化すだろう。


「今度相まみえた時は、必ずアストラゼノンの息の根を止めてやる」

「なるほど……君は葵ちゃんを助けにその戦神がやってくると?」

「ああ、間違いない。やつは何故かこの星の人間を守っているようだしな」


 ああ、そうだよと言えたらどんなに楽か。

 彼女の表情を窺い見るが、明らかに怒気を放っている。

「実は僕がアストラゼノンだよ」と言っても許してくれなさそうだ。

 彼女が暴れ狂う未来を容易に想像できる。


「安心しろ。お前だけは私が守ってやる──私の信徒だからな」


 腕を掴む力が強まった。

 多分ここまで私は信頼されている。

 それはアストラゼノンと戦った後、傷つき倒れていた彼女を介抱した人間だからだろう。

 お人好しの喫茶店マスター、それが彼女に見せる私だ。


 正体を明かした時の彼女の泣きそうな顔を想像し、つい拳を握りしめる。


「それはどうも……できれば他の人も助けてあげてくれないかなぁ」

「女神が個々の人間に肩入れなどするものか。ふふ、お前は特別なんだぞ?」


 恥じらうように上目遣いで言われて、どんな言葉を返せばいいか解らなくなった。

 ただ、この腕を強引に振りほどく自分を想像すると、胸がギュッと押しつぶされそうになる。

 彼女に斬られ、燃やされた時のほうがマシだと思えるほどの痛みだ。


 ──でも葵を助けるためには、彼女から離れないといけない。


 テレビでは葵たちが交戦状態に入っていた。

 ただ……。


『覚醒者が到着しました! 怪獣と交戦を開始しています。自衛隊も援護に入り……ああ!!?』


 中継されている動画には、燃え盛り墜落していく戦闘機とひしゃげた戦車。

 そしてミサイルも覚醒者の魔力攻撃もものともしない怪獣の姿が映し出されていた。

 怪獣の鉤爪が振り乱される。

 風を切る音を立て、高層ビルの群れをバターを斬るように容易く切断する。

 その時、鉤爪に向かって迫る薄紅色の光が見えた。

 

 ──葵だ。


 黒い装甲スーツを纏い、怪獣の頭上に跳躍した葵が大上段に刀を構えた。

 葵から噴出する薄紅色の光が刀身にまとわりつく。


(あれは確か、サソリ型の怪獣を倒した葵の……)


 青い空が桜色に染まり、太陽のように怪獣を照らす。

 何十倍にもなった桜色の刀身を、葵が勢いよく振り下ろした。


 激しい火花が散る。


 薄紅色の力を纏って巨大化した刃が、迎え撃った怪獣の鉤爪と拮抗している。

 音が破裂し、同じスーツを着た人間が耳を塞いだ。

 衝突の余波が生き残ったビルを揺らす。


『───っ!!!!』


 声にすらなっていない葵の気迫が耳に届く。

 対する怪獣は──笑っていた。

 人間に近い唇を半分だけ器用に引き上げ、牙を見せる姿は間違いなく笑っている。

 葵が両手で振り下ろした渾身の斬撃だが、対抗するの怪獣の右手だけだ。


 左手の鉤爪が、脆弱な敵対者の命を刈り取ろう葵の横から迫っていく。

 迫る鉤爪に気付いた葵が、無理に身体を捻った。

 正面から刀で受けた葵の小さな身体が、跳ね飛ばされるようにビルに衝突する。 

 響いた轟音からして、車の衝突の比ではない。

 あれでは内臓にまでダメージが及ぶだろう。

 気付けば、拳を固く握りしめていた。


『そ、そんな……』


 アナウンサーが仕事を忘れ、目に涙を浮かべている。


「……セフィ」

「却下だ。あれくらい自力で倒してもらわねば困る」


 セフィラに動くつもりはないようだ。

 だが、すぐに駆けつけねば皆が死ぬ。 

 葵が離脱した戦線は、早くも崩れ始めている。

 自衛隊の砲撃も、覚醒者が使う不可思議な光の攻撃も、怪獣に効果は薄い。

 新たな戦車はすでに踏み潰され、装甲スーツを着た他の人間たちが小石のように跳ね飛ばさている。

 状況を伝えるはずのアナウンサーはすでに言葉を失い、呆然と見ているだけだ。


「────、───!!!!」


 外では新しい悲鳴があがっている。

 怪獣までは距離がある。

 敗北を知った絶望の悲鳴かと思ったが、その割に恐怖の色が濃い。

 まるで、すぐそこのナニカに怯えているような


(あれは……)


 怪獣の足元にうごめく小さな影があった。

 同じ黄金色の表皮に、二足で歩くムシのような姿。


(……まずい、早く向かわないと) 


 両手に2本の鉤爪を携え、逃げ惑う人々へ振るっている。

 兵隊アリのような存在なのだろう。

 怪獣の空けた穴から無数に湧き出ている兵隊が、黄金色の川のように市街へとなだれ込んでいた。


「……ダンっ!」


 声と同時──もぞりと蠢く気配を外に感じた。

 目の前で重厚な扉が裂け、破片が頬を掠めた。


(──これはチャンスかもしれん!)


 勢いよく突入してきたのはテレビに写った小型のアリだ。

 鈎爪を大きく振り上げ、私を裂こうとしている。


(よし、使える!!)


 破片が舞う。

 すべてがゆっくりと進む中、私は振り降ろされる鉤爪の軌道に躍り出た。

 立ち位置的にセフィラを庇うような振る舞いだ。

 ──負傷して、この場を去る絶好の言い訳にもなる。


(我ながら完璧じゃないか)


 さっさとこの場を去って葵を助けに行こう。

 振り下ろされる鉤爪を、ほくそ笑みながら両手を広げて迎える。


 ──瞬間、銀の閃光が視界を遮る。


 セフィラが侵入したアリと私のあいだに滑り込み、褐色の足を円弧に振り抜く。

 風鳴りが聞こえた一拍遅れで、アリの頭部が花火のように砕け散った。

 液体が飛び散り、生臭さが鼻腔を突く。


「セフィ!?」


 痙攣しながら緑色の液体を垂れ流す死骸を前に、彼女は立っていた。

 私をかばったのは確かだ。


 ──だが。


「無事か、ダン」

「いや、わた……僕のことよりも君のほうが──」 

 

 彼女の身体に、斜めに斬られた傷があった。

 薄っすらと赤い血が溢れ、白いシャツを汚している。


「僕を庇ったのか……」

「気にするな。人間のお前には致命傷だが、こんなもの私にはかすり傷だ」


 彼女の言うことは正しい。

 人間の形をしているだけで、その本性は超常の力を持った女神なのだ。


 ──だが。

 

 問題は彼女の傷の深さではない。

 私の自演のため、彼女は傷を負ったのだ。

 激情が胸の内で荒れ狂い、言葉が出ない。

 拳が悲鳴をあげ、警告のような痛みを発しても、手を固く握りしめてしまう。


「ふふ、お前を守ると言っただろう?」


 ああ、本当に愚かなことをした。

 私の頬を撫でるセフィラの背後には、未だアリの群れが蠢いている。

 どうやら味方の死を察知して集まってきたようだ。


 ──今すぐ、こいつらを鏖殺してやりたいが。


「すまない、セフィ。僕は裏口から逃げるから店の守りは頼んだよ」

「え、いや、ここいろ……って、早い!?」


 入口に押し寄せるアリ共をセフィラに任せ、裏口へ向かう。

 蠢くアリの気配はかなりの数だ。

 しばらくは彼女をあそこに留めてくれるだろう。


(………)


 裏口の扉に手をかけた瞬間、先程の気配を扉の先に感じる。

 構わず開けば、別のアリがヨダレを垂らして待ち構えていた。


「──邪魔だ」


 苛立ち混じりにアリの顔に拳を叩き込む。

 緑色の液体が顔にかかり、生暖かい感覚が頬を伝う。

 頭部を失った身体を足で踏み抜く。

 べっとりと靴が体液に濡れたところで、コレが八つ当たりだと気付いた。


「さて、気をとりなおそう。葵達は……」


 地面を蹴って近場にあったビルの屋上まで飛び上がる。

 遠方には土煙と、鈍く輝く怪獣の表皮が見えた。

 意外と距離が近い。見下ろせば大通りには二足アリの群れが人を襲っている。

 わずかに届く鉄臭い匂いに視線を辿らせると、バラバラになった人間の姿もある。


「──今は機嫌が悪い」


 両手を掲げ、体内に流れるエネルギーを練り上げる。 

 手のひらに激しい熱を感じる。

 周囲の光が吸い寄せられるように、掲げた両手の先に収束していく。

 アリの気配は独特だ。硬い甲殻が地面を擦る振動、卵が腐ったような生臭さ。

 その2つを捉えれば、例え建物の中にいても位置を特定するのは容易い。


 螺旋を描き、回転する光球を力強く突き上げた。

 

「メテオ・ストリウム」


 ほどけるように弾けた光球から、無数の光が地上に降り注ぐ。

 アギトを震わせ、耳障りな断末魔を上げるアリを無情の光が貫いた。

 勢いよく倒れるアリの身体が、跳ねるように地面に叩きつけられる。


 ──ふと、傷を負ったセフィラの笑顔が頭をよぎった。


 掌に籠めた力が光球を変質させ、降り注ぐ光は刃へと硬度を変える。

 第二波。

 熱を宿した光の刃が、まだ息を残すアリへと襲いかかる。

 衝撃でアスファルトがめくれ、飛び散った甲殻が雨粒のように跳ね返る。

 もはやアリは原型を留めていない。


「ふむ、こんなものか」


 星街珈琲を除いて、神楽坂一帯のアリの掃討が完了する。

 店には彼女がいるので大丈夫だ。ていうか、店に風穴を空けたくない。


「さて」


 セフィラの気配が近づいてくる。

 力強くコンクリートを踏み抜く足音も聞こえてきた。

 どうやら()が現れたことに気付いたようだ。


「彼女に見られる前に……」


 右手に嵌めた指輪をかざす。


 ――カチリ。


 右手の指輪が回転し、小さく機械音を鳴らしたその瞬間。

 銀の指輪の中心に、光の文字列が浮かび上がる。


 『コンディティオ・イソトピ──コンフィルマータ。プロトコル・セクエンテ。シムラティオ、テルミナートゥル』


 (同位体の存在条件──確認。次なる命令により、擬態を解除)


 視界に刻まれるそれは、自動起動された解放の言葉。


 ──私は静かに呟いた。


「変身」


 瞬間、空間が弾け光の奔流が空に昇る。

 抑えていた身体が光の中で、その本性を取り戻す。


 黒い外殻に覆われた無骨な腕が見えた。

 視界の切り替えも良好だ。人間の両眼とは違い、私の目は顔に走る一筋の光条だ。

 視野角は広く240度を見渡せ、簡単な光学迷彩もすぐに見破る。

 我々が戦闘種族とい言われる由縁だろう。


「アストラゼノン──!!」


 右舷の後方、少し離れたビルの屋上にセフィラが立っていた。

 髪が乱れているのは、急いで駆け上がってきた証だろう。

 金色の瞳が、鋭くこちらを見ている。


(悪いが、今は君にかまっている場合じゃない)


 重力を制御して空に飛び上がる。

 セフィラはすぐには追ってこなかった。

 彼女の気配は未だに神楽坂に残っている。


(ならば)


 目標を見据える。

 大きく振り上げた鉤爪が見えた。

 地面には顔を歪ませた葵の姿。周囲には似た格好の人間が倒れている。

 どうやら仲間を見捨てず最後まで戦っていたようだ。


 ──推力を上げる。


 音速の壁を突破し、私の身体を白い衝撃波が覆う。

 その勢いのまま、アリ型の怪獣にドロップキックをお見舞いした。


「きゃああああ!?」


 音速でキックをかました結果、生まれた衝撃波が葵たちを吹き飛ばした。

 感じる強さからして、あの程度なら生き残ってくれるだろう。


(すまない葵、ケーキも奢るから!)


 心のなかで謝罪を述べつつ、足にさらなる力を込める。


『────ッッッッ!!?』


 分厚い甲殻がひび割れる感触が両足に伝う。

 口元をゆがませ、怪獣が緑の体液を吐き散らしながら地面に叩きつけられた。

 踏み抜くように、ダメ押しに蹴飛ばし大きく跳躍。

 そのまま地面に着地──しようと思ったが葵達がいるので空中で静止する。


 私が作ったクレーターの中央。土砂を被った怪獣はまだ生きている。

 とめどなくあふれる血液からして重症だろう。

 それでも鉤爪を支えに身体を起こそうとするのだ、生命力はムシ並みに強い。


「な、なに……って、黒き影!?」

「葵、逃げて!! あのアルテミスと同じカテゴリーエラーの個体よ!!」

「で、でもみんなが……」


 衝撃波に吹き飛んだ葵だが、どうやら無事だったらしい。

 急いで仲間の身体を起こそうとしているが、体力が尽きたように膝をついた。

 葵自身も限界だったようだ。

 肩を支える金髪の女性が見えるが、彼女にも大した力は残っていなさそうだ。


(ではさっさとこの害獣を始末しよう)


 彼女には珈琲を奢る約束がある。

 明日も無事に星街珈琲に来てもらわなくてはならない。


 片手に力を込め、のっそりと起き上がった怪獣に向ける。


「な、なにあれ……まずい、カレン! あなただけでも逃げっ」

「空間が歪んでる? う、嘘……」


 じんわりと掌が熱を帯びる。光が凝縮するように集まり、景色が歪む。

 私を見上げる怪獣が、断末魔のように大きく叫ぶ。

 これから己に訪れる運命を悟っただろう。

 悪あがきのように鈎爪を振りかざした──が、遅い。

 掌に感じる熱が最高峰に高まった瞬間、勢いよくヤツに放つ。


『──アストリウム光線』


 刹那、まばゆい光が新宿一帯を包んだ。

 

「──カレン、伏せて!!」

「ひっ!?」


 光が晴れる。

 ガラスの割れるような音と共に、土煙が晴れていく。

 見えたのは結晶化した地面に、特徴的な鈎爪を残して消失した怪獣の残骸だ。

 掌の熱が急速に冷えていき、昂ぶった感情も引いていくように沈静化する。


(さて、死者はなしだな)


 振り返れば葵と金髪の女性が抱き合うように私を見ていた。

 険しい顔の葵が、まっすぐ私を見抜いている。

 少女としてのか弱さに、強い意志が宿ったアンバランスな瞳だ。

 対して金髪の女性は怯え、涙目になっている

 あまりに葵が普段通りで、なんだか無性に笑けてきた。


「……え、笑ってる?」

「そ、そんな……まさか私達を護ったっていうの」


 うつむきがちに肩を揺らしていたので、笑ったのがバレたようだ。

 片手を振って、さっさと帰るように促しておく。


「はあ? な、なによその仕草!? 私達が犬だとでもいうの!!?」

「ちょ、葵っ、落ち着いて! あんま刺激しないで!!?」


 姦しく騒ぐ2人は、放っておいても大丈夫だろう。

 頑丈な葵達に安堵し、空へ飛び上がろうとした、その時──


『──ッ!!』


 とっさに身体を捻る。

 今しがた私が浮いていた場所に、轟々と音を立てて火球が飛んできた。

 逸れた火球が空中で大きな爆発を起こす。

 衝撃が身体を叩き、届いた熱波が外皮を焦がす。

 地上でまた葵たちが転がる中、私は体ごと振り返って彼女を見た。


『ほう、今のを躱すか──アストラゼノン』


 白銀の髪を靡かせ、深く蒼い星雲のような鎧姿の女神が立っていた。

 これがセフィラ・ネルヴェリアの真の姿。

 星の海を模した鎧の模様がゆっくりと渦巻いている。

 感じる力はアリ型怪獣の比ではない。

 まるで宇宙のエネルギーをその身に宿したかのような、底の見えない力だ。

 ゾクゾクと背筋を悪寒が走り、体内のエネルギーが四肢に満ちていく。 

 意思と関係なく、自然と身体が臨戦態勢に変化した。

 両腕に生えていた外甲殻が肘まで伸び、鋭利な刃と化していく。

 

「そんな、アルテミスまで!?」

「く、エラー個体同士の戦いなんて……このままじゃ東京がっ!」


 悲壮感漂う金髪少女の言葉には同意しよう。

 もしここでセフィラと私が戦えば、間違いなくこの地区は消し飛ぶ。


 ──つまり、私の店も無事では済まない。


『女神セフィラ・ネルヴェリアよ。ここで戦うのは得策ではない』

 

 仕方なく、彼女に声を掛ける。

 だが、返答はない。

 張り詰める空気だけが、私達の間に存在している。

 身じろぎ一つしない彼女が、なおさら不気味だった。


(──来るか)


 しかし、いつまで立ってもセフィラに動く気配はない。

 不思議に思っていると、彼女は目をパチクリとさせながら口を開いた。


『お前、しゃべれたのか……っ!』

(え、そこなのか?)


 確かに彼女とこの状態で言葉を交わしたことはない。

 うかつに喋って星街ダンと私を繋げられても困るからだ。 

 無論、本来の私とダンの声は違う。

 それに私の顔に口はない。

 人型の彼女と違い、この発声は念動力のようなものだ。


『ああ』

『ふん──まあいい。この私を生かしたこと、悔いながら死ねっ!』


 生かしたというのは先日の戦いのことだろう。

 アストリウム光線すら切り裂く彼女には苦戦した。

 だから、至近距離で拳に乗せたアストリウムを爆発させ彼女を吹き飛ばしたのだ。

 その後は姿が見えないから逃げたとは思っていた。

 しかしまさか、人間体として星街珈琲の前で倒れているとは想像もできなかった。


『──ここで戦うつもりか?』

『だからなんだ? まさか臆したとはいうまいなアストラゼノン!』


 闘気に満ちている彼女に悪いが、ここは搦手を使わせてもらおう。


『ほう? 立ち位置を入れ替えようとしているが……背後になにかあるのか?』

『っ!』


 セフィラが忌々しそうに眉を顰める。

 どうやら彼女はしっかりと約束を護ってくれているようだ。

 彼女の背後、そのさきには神楽坂──星街珈琲がある。

 

(いや、これではどちらが悪役かわからんな)


 一応、この星の倫理観念で言えば私は正義だと思うのだが。

 しかし相手の守りたい物を脅すような真似は、正義のソレとはいえない。

 私がもし店を人質にされたら怒りで敵を消し飛ばすだろう。


『女神よ。あなたにも守りたいものがあるのではないか?』


 そう、彼女と私の守りたいものは一緒だ。

 たとえそれが束の間の交わりであったとしても。

 私は彼女と戦うことに抵抗を覚えている。


『貴様……知ったふうなことをッ!!』

『ではなぜ地上を気にする。周囲の被害を気にして力を抑えるような真似をする』

『っ!!』


 さきほどの火球もそうだ。

 私を殺すなら、もっと早い段階で撃ったほうがいい。

 だが、彼女は私が怪獣を仕留めてから攻撃を仕掛けた。

 しかも空中に浮いてから。

 例え直撃しても、地表に──葵達が致命傷を負わないように。


『守りたいものがあるなら、居場所があるなら大人しくしておけばいい』

『……貴様に何が解るっ!! 私は、私には……』


 悔しそうに歯を食いしばる彼女にこれ以上の言葉はいらないだろう。

 ここで放っておいても、街を破壊するようなことはないはず。

 であれば私がこれ以上、ここに残る意味もない。


『では、さらばだ』


 彼女の様子を伺いながら、空に向かって飛行する。


 ──でも私には……使命が。


 飛び立つ刹那、うつむくセフィラの弱々しい声が聞こえた。

 使命──女神を称する彼女の使命とは何なのか。

 星街ダンにも教えてくれない、彼女の秘密。


 きっと、それが彼女を縛る大きな枷なのだろう。



       ◆     ◆     ◆




「くそっ、アストラゼノンめ!」


 ドン、と机を叩いて悔しがる女神様は今日もご機嫌ななめのようだ。

 ただ、テーブルを砕きも焦がしもしないので、手加減する理性はあるらしい。


「またあの黒い巨人が現れたって聞いたけど……大丈夫だった?」

「ふん。別に戦っていないから問題ない」

「ていうか、君はなぜ戦おうとするんだい? 放っておいてもいいんだろ?」

「それは……」


 何気なく問いかけるが、セフィラは黙る。

 視線を揺らすのは、言葉を発するか迷っているのだろうか。

 できれば、彼女の価値観、考えを打ち明けてもらいたい。

 この星に怪獣が現れだした理由も、彼女は知っているかもしれない。

 なら、セフィラは何を目的にこの星にいるのか。

 遠い銀河のアストラゼノン()を知っていたのだ、彼女も星の外の存在なのだろう。

 でもセフィラはこの星の女神を自称している。

 振る舞いは確かに神様のように傲慢だが、それが理由ではないだろう。


「……私は──いや、いい。ダン、お前が気にすることではない」


 どうやらこれ以上は踏み込めないらしい。

 彼女が違和感を抱かないように、いつもの軽口で答えておく。


「だって、またズタボロになって店の前に倒れられたら困るから……」

「──おい、ダン。それは私がヤツより弱いと言いたいのか!?」


 怒った彼女の機嫌を取るように、笑っておく。

 今、この店内は私達だけだ。

 アリ型の怪獣に襲われ死傷者が出たのが昨日のこと。

 いくら美人店員のいる店だといっても、呑気に外出する気にはなれないのだろう。


 ──その時、カランコロンと鈴の音がなる。

 

 ふわっと流れる長い黒い髪が見えた。

 意志の強さが宿る大きな瞳が私をまっすぐに見ている。

 

「やあ、葵ちゃん。無事で何よりだ」

「まあね……ほら、覚醒者は傷の治りも早いから。あ、ここ座るわね」


 まるで我が家に入るように、包帯を巻いた高坂葵がカウンターに座る。

 位置はセフィラの隣、私の真ん前だ。


「あ、おい! そこは私の席だぞ!?」

「はあ? アンタそこに座ってんじゃない」

「ここは全部私の特等席だ!」


 混雑時には遠慮いただいているが、カウンター席に誰かが座ることをセフィラは嫌がる。

 縄張りを意識するのは女神の習性なのだろうか?


「あらあら? ダンさんの前を独占したいなんて、随分健気なことね?」

「んなっ!? べ、別にそんなつもりではない! ただ、ここが……」

「じゃあケチくさいこと言ってんじゃないわよ」

「こ、この人間……私に対する敬意がっ」


 仲良さそうに喧嘩し合うセフィラと葵に、水を出す。


「二人共、とりあえずコレを飲んで落ち着いてくれ。葵ちゃんも怪我、治ってないだろう? セフィラは大丈夫かい?」

「おいダン。こんな小娘と一緒にするな。あとお前は私に尽くすことだけを考えろ」


 思えば、こんな風にセフィラが他人と言い合うなど、最初は想像できなかった。

 すべてを拒絶していた氷のようなセフィラが懐かしい。

 他人を虫けら程度にしか思ってもいなかった彼女が、いまや対等に喧嘩している。


「ほんっと、女神を自称するなんて……また見た目がいいのが腹立つわね」

「ふふん。まあ、お前のような短足胴長では私のようにはいかないだろうな」

「誰が短足胴長よ!? これでもモデル体型ってみんなに言われてるのだけど!?」


 少しづつ、セフィラも変化しているのかも知れない。

 誰かを、何かを守ろうと戦うことは彼女にとって良いことのはずだ。

 彼女がこうして誰かと関わり、守りたいと思えるものが増えていく。


 そうやって生まれた輪の中に、彼女の居場所も出来ていくはず。


 彼女の抱えたモノは、私にも見当がつかない。

 だからこそ、私は正体を明かすわけにはいかない。

 いつか彼女がその心を打ち明けてくれるまで。


 もうしばらくは、星街ダンとして彼女に寄り添おう。


「ところで……ねえ、ダンさん。あの黒い巨人についてなんだけど……」

「なんだ小娘。アレがどうかしたのか」

「あ、いや……なんでもないわ」


 真剣な目でこちらを見ていた葵は、セフィラの横槍にそっと顔をうつむかせた。

 本当に危険な生活だ。

 ふとしたことで、この関係性は崩れるかも知れない。

 彼女は怪獣や異星人を排除する人類の戦士であり、私は排除対象だ。

 ……葵の勘は鋭い。

 私が星街ダンとして生きることができなくなる日も近いかも知れない。


「さあ、ダンさん! 約束の珈琲を奢ってもらうわよ!」


 振り切ったような笑顔を見せる葵は、もしかしたら答えを望んでいないのかもしれない。

 なら今は、その曖昧さに甘えよう。

 私もまだ、この正体を明かすわけにはいかないのだから。


「はは、テレビで見たよ。頑張ったようだね。ご褒美にケーキもつけてあげよう」

「ええ!? さすがダンさん! 気前がいいわね……どっかの自称女神と違って」

「なんだと小娘! この私を愚弄するとはいい度胸だっ」


 セフィラがもっと人間の暮らしに馴染めば、彼女の悩みは解消するのだろうか。

 できれば、こんな生活が続いてほしいと思う。


「はい、セフィ。君の好きなミルクコーヒーだ。砂糖は3杯だったね」

「……気が利くな、ダン。なあ、お前はあの時……」

「うん? どうかしたのかい?」


 意図的に笑顔を浮かべる私から、セフィラは目を逸らす。

 物憂げな顔は、私の正体に気付いた証だろうか。


 ──でも。


「いや、何でもない。おい、私にもケーキをつけろ!」

「あ、こら! アンタは何も頑張ってないでしょうが!?」

「なんだと!?」


 しばらくは、この薄氷の上に立つような平穏を享受しよう。


 ──いつか彼女に、この正体がバレるまで。

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