これだけいれば
もともと《貴族》の別荘だけあり、暖炉のある居間は広い。美しい布張りの長椅子も、年季の入ったソファもあちこちに置かれ、古いが丈夫な造りの揺り椅子や凝ったつくりの椅子をつかうことを許された男たちは、初日からそれぞれお気に入りの椅子をみつけている。
ニコル夫妻がすわっているのは、ローテーブルをはさんだ新しい布張りのソファだった。まだここを宿泊施設としていたときに、ジュリアが客にすすめられて購入したというそれは、ターニャがデザインした家具であり、それを聞いたジュリアは初日から、自分の暮らす部屋にもターニャを招き入れている。
「そうね。あなたたちはもうこの島をはなれたほうがいいわ。もうすぐ《よくない潮》がくるだろうから、そのまえに離れなさい」
やさしい笑みをうかべた老女の助言に ニコルが妻と顔をみあわせ、そんな潮がくるんですか?と礼儀正しくききかえす。
テーブルにある飲みかけのカップをなでながら、ジュリアはこまったようにくびをまげた。
「そうね。なんだか《嫉妬深い》のよ。だから、つかまらないうちにこの島からにげて」
これをなにかのたとえだとはおもったジャンは、「それならおまえたちは早くにげろ」とわらって手をはらってみせた。
ジュリアは満足そうにうなずくと、ほかの男たちをながめ、「これだけいればだいじょうぶでしょ」とレイに同意をもとめるようほほえみかける。
「ええ。みんな頼りになるんで、きっと大丈夫ですよ」
レイは、いつものように嬉しそうにうけこたえていたが、ザックはちょっと、なんだかいやだった。
たしか、船での旅行も、こうやって年寄りの女を安心させるようなことを言ってるところからトラブルがはじまったと、マイクに聞いたような気がする・・・。
ぽん、と長椅子で隣にすわっていたケンが、ザックの肩をたたいてきた。
「おれたちも、せいぜいつかまらないように明日からがんばろうぜ」
言っていることはめずらしく前向きだが、いつものようになにかをふくんだようなにやけ顔だ。そばの揺り椅子にいたルイが長椅子の二人にだけとどくようなひとりごとをこぼす。
「潮につかまるなんて、ちょっといやな表現だな。なんだかこの島から、ほんとうに出られなくなりそうだ」
「『これだけいればだいじょうぶ』だろ?」
ジュリアのことばをなぞったケンは、いつものにやけ顔でザックを肘でつついてきた。




