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ニコル夫妻



 2.


  ― よくない潮 ―



 この旅行でこの島にマーシュがとってくれた宿泊先は、ランクが上の高級なホテルではなく、むかしからこの島の海を楽しむために少人数でやって来るひとたちを相手にしている古く大きな一軒家だった。もとはこの島に滞在するためにむかしの《貴族》が建てた別荘で、その《貴族》が先祖だという老女は、マーシュから頼まれて、やめていた宿泊施設を復活させることをこころよくうけいれてくれていた。


「みんな、きょうはどうだったの?」

 レイに笑顔をむけたこの屋敷の主、ジュリアは、大きな暖炉の横にある古い木製の椅子で、ニコル夫妻をあいてに昔の観光資料の説明をしている最中だった。


「今日もすごく楽しかったです。それに、アランのとっておきのレストランに連れて行ってもらえたし」

「まあ、マルコのお店にいったのね。あそこは最高ですものね」

 かがんでただいまのキスをしたのに、ほめるようなキスをかえす。


「うそ。そんな秘密のレストランがまだあるの?この島っていったいいくつとっておきのレストランがあるのよ?」

 ニコルの妻のターニャがうれしそうに両手をひらくが、となりにすわる夫がこまったように妻の腕にてをおいた。

「残念だが、おれたちはこれからつぎの島へ向かうから、今回はそのレストランにはいけない。そこはまた、この次のお楽しみってことでいいか?」

「ああ・・・そうね。残念だけど、じゃあ、この次ね」

 ターニャがききわけよくうなずくと、ニコルはこの旅行ではじめて満面の笑みをみせた。


 この諸島旅行のはなしが仕事仲間でもちあがったときに、ニコルは『夫婦で楽しめる旅行』を《別枠》で計画し、すべての手配を(結婚してからはじめて)ひとりでやりおえ、サプライズとして妻のターニャへプレゼントした。

 だが、この島についてから、宿で顔を合わせる以外は別行動だったはずの『仕事仲間』が、すべてのニコルの《計画》にくっついてきている。

 ターニャとしては、夫の仕事仲間が好きだし、いっしょに観光にまわっても食事しても楽しかったのだが、残念そうな顔のままの夫が三日目で可哀そうにもなっていたので、これから完全に別行動になる男たちに、ここまでのお礼をつたえた。『仕事仲間』はあと二日ほど、まだこの島にいる予定だ。ニコルは正直に満面の笑みで、やっとふたりきりの旅がはじめられる、と妻の肩をだいて、みんなに笑われた。





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