人魚ではなく
アランはホセの肩をたたき、ほんとか?ときいている。
うなだれた男は、まあな、と認めた。
「 ―― もう女房もいないし、べつにいいと思ったんだ。ここなら、エレノアに寄ってくるほかの男もいないだろうってな。はじめは、おれもちょっといきなりこんなことして悪かったっておもったし、殴っちまったのも謝って、優しくしようとおもったんだ。誰も人がいないわりには、病院の中はきれいだし、『厨房』だっていうここの、あのプール、海とつながってんだよ。だから、あそこで魚をとって料理してだしたのに、エレノアは前から魚は食べないし、ここでも食わねえっていう。しかたないから貝とか海藻とかをだしてたんだが、 ―― きょう、こいつが海で自分で食い物をとってくるからっていうんでようすをみてたんだ。そうしたら、水面で休んでる海鳥を、こいつが水からとびだして、くいついて捕まえたのをみちまったんだ」
おもいだしたかのように身をふるわせる。
「そのときの顔といったら、 ―― 目玉は飛び出して口が耳までさけてて鼻もない!バケモノのかおだ!もどってきてすました顔で厨房に行って、鳥の羽をむしりだしたんで、殴って気絶させて手足をしばってプールにほうりこんだら、またあの顔で浮かび上がってきて、おれにかみつこうとしやがった!!」
「 あたりまえだろ!!あんたあたしを殺そうとしたんだろ!あいにくだけど海のなかじゃそりゃ無理だ!!あたしは人魚だからね!! 」
「なにが『人魚』だ!てめえ『半魚人』のほうだろ!!おれはじいさんからきいてるぜ。歌で男を捕まえる人魚の周りには、捕まえた男を喰うだけの『半魚人』がいるってな。いいか、アランもよくきけよ。人魚ってのは、人間の男を歌でつかまえる『だけ』なんだ。つかまえて遊んでるだけなんだぜ。そのつかまえたのを、同族の半魚人に餌としてやるためだけにな。こいつは『半魚人』のくせに、きっとじぶんで人間の男を捕まえてやろうっておもったんだろうな」
「 うるせえ!!あたしのハープをかえせ!!ここまで運んだろう? 」
プールの中で立ち泳ぎをしているのか、エレノアは必死に上下しながらどなった。
「ああ。ここは店じゃないから楽器はいらねえだろうと思ったんでな、海にすてた」
「 なんてことを!!かえせっ!!かえせ! 」
悲鳴のような声をあげた女の顔は、目玉がとびでて口が裂けたものになっている。




