おはなし
7.
― 人魚と王子の恋のおはなし ―
美しい夕日に染まった空をみあげながら、ジュリアはレイの手をなで、「うつくしいおはなしよね」と、いたずらを思いついたような顔をして、「 ―― 舞台にするためにはこれぐらい美しくないとならないのよ」とつけくわえた。
「あの『人魚と王子』は、舞台用のおはなしになってるってことですか?」
礼儀正しいレイはおどろきながらジュリアの手をにぎり、椅子から身をおこした。
若者が本心からおどろいていることに笑みをふかめた老女は、むかしばなしはたいてい残酷よ、と教えてやる。
「 ―― 人魚が船の上の王子に恋をして、わざわざ陸にのぼったからって王子に見つけてもらえる保証なんてないでしょう?」
「ええ、・・・まあ」
「このあたりにすむ人魚はね、船にいる男たちをうつくしい歌声でさそって、海にひきずりこむのよ」
「歌で?ああ、じぶんの住んでいる世界につれこむんですね?」
「・・・どうなのかしらねえ。海のなかで人間はくらせるのかしら?」
「そうか。魔法で、王子のほうを人魚にするのかも」
レイのおもいつきに、ジュリアはたのしそうに声をあげてわらった。
「レイ、あなたって、すごくかわいいわ。わたしもそれに賛成しておこうかしら。ひきずりこまれた男たちが人魚たちの餌になるより、すごくいいものね」
「えさ?」
「『人魚の巣』で行方不明になるのは、人魚の餌になるからだっていうむかしばなしが、このあたりにはつたわってるのよ」
「こわいおはなしですね・・・」
「それとはべつに、魔法で人間の脚を手に入れた人魚が丘にあがって、王子といっしょになるっていうむかしばなしも、たしかにあるの」
「へえ。まったくべつのおはなしがうまれたんですね。たしかに、この島で暮らしていると、どっちもおもいつくのかも。いまはお天気もいいし、景色も美しくて最高ですけど、天候が荒れる日が続いたりしたら・・・やっぱりこわいことも考えちゃうな・・・。船にのった大事な人が帰ってこなかったりしたら、人魚のせいにしたくもなるかも・・・」
残念そうにうつむく若者の手をひきよせ、老女は彼の肩をだく。
「いちばん残酷なのは現実ですものね。それをやわらげるためにむかしばなしで包んでしまうのも、たしかにひとつの手だわ」
頭をこつりとレイにつけ、ジュリアはやさしい笑みで空をみあげた。




