うたの魔術
「おれもそう彼女に言った。そうしたら、・・・微笑まれたんだよ」
「バケモノみたいな顔でな」
からかうようなケンのつけたしにうなずくと、そのうえ、と続ける。
「 ―― 今夜、ホセの店が閉まるころにきてくれっていわれた、手を触られそうになったんでおもわず払ったら、動物みたいな声をあげやがったんだ。ところがそれをききつけてホセがかけつけておれに怒鳴った」
おまえ彼女に悲鳴をあげさせるようなことをしたのか!?
「びっくりしたよ。ホセは漁師だけど、あの店はおかみさんがひらいて、店のなまえを旦那のものにするぐらい夫婦仲がよかったんだ。なのに、エレノアをひきとって三か月あとには離婚したっていう。もちろん、原因は彼女だ。いまじゃホセの店には島の大半の男たちが夜集まってるし、おかみさんたちはみんな、エレノアどころか旦那もいっしょに島から追い出したいって思ってる」
「わりと、島の危機ってかんじだな。夫婦間の傷害事件でもおこりそうだ」
冗談でもなくジャンがまゆをあげて、それで、ホセになぐられたのか?とこたえをわかっているかおでうでをくむ。
「いや、かけつけたホセにエレノアが誤解だって言ったんで、あのぶっとい腕で殴られずにすんだ。だからこんどは、彼女のうたをききに店が開いてすぐの時間に行ってみた」
店内はすでに男たちで埋まり、ドア横にあったテーブル席がなくなったそこに、ハープという大きな弦楽器がおかれ、その弦をつまみながらうたうエレノアに、みんなが『酔って』いた。
「おれが『魔術』だってかんじたのは、そのときのみんなの顔をみたからだ。みんなビールを手にしてるけど、ひとくちかふたくち分しか減ってないグラスをにぎったまま、赤い顔して潤んだ目をエレノアにそそいだまま、ぴくりとも動かないんだ。いいか、おれはためしにとなりの男の顔の前にてのひらを出してみた。なのに、無反応だ」
「その店のビールになにかはいってたのかも」ルイが、アランがアルコールをあまり飲まないのをおもいだす。
「いや、おれも飲んだよ。さすがにまっさきに疑ったからな。隣の男がもってたグラスからもらったが、なんともなかった。そのままエレノアの歌がおわるのをみんな動きもしないで聞き入って、終わったら拍手喝采だ。またみんな動き出して酒をのむ。次が始まると、みんなまたうごかなくなる。ありゃあ《歌の魔術》にみんなかかってるんだよ」
いやそうにじぶんの頭をゆびさしてみせた。




