身元
「船がたどりついたってのを、見届けたやつがいたわけじゃないんだ。ただ、『船に乗ってきた』って本人がそういってるってだけで」
「それが、エレノアっていう女で、じぶんで病院を逃げ出してきたっていってるのか?」
ジャンが腹の上で手をくみ、晴れた空をみあげた。
きょうはすばらしい夕日がみられるだろうとジュリアが予言しているので、レイがみんなで写真をとろうと楽しみにしている。
「ああ。彼女は東から西の港まではだしで歩いてきて、漁の片付けをしてるやつらに、ここはどこかとたずね、オーロラ島だときいたとたんに倒れた。そのまま診療所に運ばれて、昼過ぎに目を覚ましてから、自分の名前と《砂島の病院》から逃げ出してきたことを医者に伝えて、そこから騒ぎになったんだ。確かめたら東の浜に、きのうまでなかった古い小舟も見つかった。だが、それだけだ。なにしろ砂島の病院とこの島とは、いままで何の交流もないし、情報も何もない。この島の人間は、あそこは頭のおかしい病人が入るための病院だっていう噂程度のことしかしらない。あの『砂島』自体、個人の所有物なんだ」
「個人で島もってんの?あ、貴族か」
ザックのおもいつきに首をふったアランが、「いや、貴族ではなくて上流階級らしいけど、そいつが島にある病院の持ち主でもある」とつけくわえた。
「 ―― もとは、自分の家族をみるためにつくったってはなしだ。おれもこんかい本島の図書館でふるい新聞を調べてそれだけみつけられたけど、頭文字だけでなまえはのってなかった。役所の記録をしらべると、いまは上流階級でつくった慈善団体みたいなところが運営してるのがわかったんで、諸島を管轄する警察官が連絡したらしいが、エレノアなんて名前の女性は入院したことがないっていわれたらしい」
「なんだそれ?どういうことだよ」
「病院か、エレノアのどちらかが、嘘をついてるってことかな」
ザックにしかめた顔をむけられたルイがやさしくこたえてやる。だがザックはもういちど、なんだそれ?とまゆをよせた。
「もし病院が嘘をついているなら、その女性とかかわりがあったのを知られたくないんだろうね。 エレノアのほうが嘘をついているなら・・・身元をごましたいのかも」
ルイが、なにか考えるようにあごをさする。