幽霊船
そうそう、とまた老夫婦がそろってうなずいた。
「だから、このあたりのもんは、東側に船はださない。港もないしな。東の浜にある船は、近場で貝をとる漁師のものだけだ。それだって、ほんとに島の近くまでしかでない。沖にいくとすぐ潮のながれで、『人魚の巣』につれていかれちまうからな。出入りは安全な西の港からだ」
「北の沖からこの島の東がわにくる船は、『幽霊船』しかないって、あたしのじいさんもよく言ってたよ」
「『幽霊船』!?」おもわずさけんだザックの口からパイのかすがとぶ。
ザックの反応に気をよくしたようなトマスが、そうだ幽霊船さ、と声を大きくし、片手をふると指をたてた。アランの顔をみながら、あれだ、あれ、と強調し、「だから、 ―― 来たんだ」とこわいかおをした。
「『来た』って?なに?『幽霊船』がほんとに来たの?」テーブルに散ったじぶんの食べかすを皿にあつめながら、ザックがまた身をのりだす。
「ふん。『幽霊船』なんかじゃないよ。ありゃ、あの女が船で逃げて来たってだけさ」
エマが不機嫌そうにザックの皿をとりあげ、台所にきえる。
「女が『幽霊船』にのってきたってのか?」
ジャンがいやなことをきかされた顔をトマスにむける。
「『幽霊船』だとおれたちは最初、噂した。なにしろあんなちいさな船が北側を通って東の海岸にこられるわけないんだ。しかも、女ひとりで漕いできたなんてな。だが、その女が病院から逃げ出してきたときいてから、なんだかみんなの態度がかわって、 ―― いまでは人気者だ」トマスは奥にいる妻にわざときこえるように最後を大きくつけたした。