人魚と王子の恋のおはなし
菓子パンの三個目をくちに入れ終えたザックはこどものころ家族といった海に、必ずといっていいほど水着の上にスパンコールのついた丈のながいスカートをはいた女の子たちがいて、『人魚デザイン』とか言っていたのを思い出す。「えっと・・・『人魚』って、けっきょく人間じゃないんだっけ?」
このつぶやきに、しんじられないという顔でエマが大笑いし、『人魚と王子の恋』の《おはなし》をしらないのかい?と今度は薄いパイのお菓子をかごに追加した。
「あ、なんかそれ、きいたことあるな」
ザックがすぐパイにも手をのばし、あちい、と皿に落とす。
「中央劇場でかなりまえにやってた舞踊劇だろ?」
菓子パンから手についた砂糖をはらったジャンがルイをみた。
「いや、何年か前まで季節限定でやってたんじゃないかな。元のはなしがこのあたりの《人魚伝説》だっていうんで、そのころからこの諸島方面の観光客がふえていったんじゃないかな。 ―― 上流階級とかのね」ルイが指先をなめてわらう。
そうそう、と老夫婦はそろってうなずいた。
「そんで、いままでみなかったような感じの観光客が来るようになったんだ」
「ばかでかいツバの帽子をかぶった、かかとのほそいくつの女が、この島の砂利道とか、港までの石畳に金切り声で文句つけてさ、なんだかえらそうなんだよ」
「男もそうさ。すべる、とか汚れる、とかで、ひどいやつはレストランのナフキンで靴をふいたっていうぜ。それなら果樹園なんていかなきゃいいのになあ。灯台をみたいっていうからいれてやりゃあ、上まで続く階段に文句つけて、触るなって言うのに大事なガラス部分をべたべた触る。遊泳禁止の東がわに勝手に泳ぎに出て溺れたりしてなあ」
「ジュリアのところに泊めてもらえないからって、金を払うからとめてくれってうちにいきなりくるのもいたよ。あのころこの島にホテルはなくてね。それを知ってるくせに、泊まるつもりでくるなんて、どうかしてるね」
夫婦の文句はつきることがないようだった。
はなしがそれてゆきそうなのをみてとったアランが、両手の砂糖をはらいながら《警備官》たちをみて、「 ―― つまり、島の東側で船の事故が多いのは事実なんだ」とお茶のはいったカップにてをのばす。