意外と柔軟
「 あんたたちみたいな観光客って、たぶん、こういう方が好きなんじゃない?これ、むかしうちの店に来た《上流階級》の客が、次に自分が来た時はこれをだせって置いて行ったワインらしいから」
ルイとジャンをみながらテーブルに置いたそれは、ラベルが汚れ色も落ち、瓶もいま拭かれたあとが残っているほこりっぽいものだった。
いどむような笑みをうかべ、女は伝票を目の前でふってみせた。目をとめたジャンが、冗談だろ?とその紙をつかむ。
みんなにむけられたその紙には、ジュースの四桁上の数字があった。
「店主からその値段だってきいてるけど。嫌なら注文通りの安いワインをもってくる」
「いや、これでいい」
ルイの返事にみんなが驚いた声をあげるが、女はふきだした。
「友達の前で見栄はるのはやめたほうがいいよ」
「見栄もあるけど、このワイン、ほんとうにいいモノだとおもうよ。まえにウィルがさがしてたのと同じラベルがついてる。とりあえず、あけてみようか」みんなが止める間もなく、ルイはコルクに器具の先をさしこんでてしまう。
グラスふたつに赤い液体が同じ量そそがれると、ひとつをオリビアへとさしだし、試してみろと言うようにうなずいてみせ、もうひとつをつかみあげるとすぐに飲み干した。
「 ―― うん。これ、ウィルに売りつけよう」新たに注いだグラスをジャンへとまわす。
疑り深そうにグラスをのぞきこんでいた女もようやく口をつけ、うう、とうなると、おいしいね、と困ったようにルイをみる。
「これ、あと六本残ってるけど、全部買う?あー、だめ、だめだわ。一本は店のみんなで飲むから、五本・・・、いや、二本残して、店で出した方がいいかな・・・」
「きみたちで一本、あと、これを残していた店主に一本、あとの四本を、さっきの伝票の値段にきみの紹介料をつけて友達に払わせるよ」
ルイの提案にオリビアはしばらく眉をよせていたが、それでいいかも、と納得したようだ。
「《上流階級》はみんな、あんたみたいに気前がいいといいのに」
ルイは否定せずに空になったグラスふたつにすこしつぐと、瓶をオリビアにさしだし、ほめられるのをまつような顔をした。まだずいぶんと残っているそれを受け取った女は唇につけた二本の指を微笑みとともにルイへとおくり足取りもかるくもどっていった。
「 なるほどね。たしかに意見がはっきりしていて、主義を通すけど、いがいと柔軟だな」
ジャンがグラスのワインを味わうようすもなく一気にのみほし、ザックが手をのばそうとしたもう片方のグラスはケンにうばわれ、けっきょくひとくちも味わうことができなかった。