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第六話 チカチカする

 目を覚ますと、見知らぬ天井だった。……いや、正確には「見慣れぬ」天井なんだけども。掛け布団を捲ってベッドから立ち上がる。初日から寝坊するわけにはいかないとアラームを五、六個かけておいたのだが、窓から差し込む光で自然に目が覚めたようだった。



 ゆっくりと身支度を整えていると朝礼の時間が近づいていた。昨日もらった入団初日のオリエンテーション資料を見て、時間を間違えていないことを確認すると、私は姿見の中の自分に向かって軽く気合を入れてから部屋を出た。



 廊下は暗い赤のカーペットに茶色の壁紙が目に優しい内装だ。北館――昨日タスクの検査をしたのと同じ建物だ――の三階に職員の宿泊施設がある。エナさんによると臨時の任務に駆り出される可能性の高い戦闘要員の半数ほどが利用しているようだ。正式なメンバーですらないのに宿泊している不届き者もいるけどね、とリリオさんはため息交じりに教えてくれた。



 朝礼まではまだ少し時間があるので隣の部屋のインターホンを気まぐれに鳴らしてみる。「はい」という無機質な声がスピーカーから聞こえてしばらくすると、少し慌てたような足音と共にドアが開かれ、ククリが顔だけをこちらに出してきた。朝一番の笑顔で出迎えると、無表情だった彼女の顔はゆっくりと呆れに変わっていく。



「……なに?朝っぱらから。」



「いや、もう準備できてるかな~って。もうそろそろ時間でしょ?一緒に行こう!」



「一応聞くけど……なんで貴女と一緒に行かないといけないの?」



「だって私たち、同期でコンビで友達だし!」



 私が満面の笑みでそう言うと、ククリは諦めとも絶望ともとれる表情をしながら部屋に引っ込んでいき、数十秒後に再び現れた。



「わかったわよ……準備は出来てるから。」



「わ~い!」



 ククリと一緒に行けるのがうれしくて手を握ろうとしたが、器用な手首さばきで回避されてしまった。恥ずかしがりなんだから。そんなひと悶着あって二人で一階の中央ホールへと降りた。



 少し緊張しながら扉をくぐると、すでに六人、団員らしき人がいた。なかにはエナさんや黛さんといった顔見知りもいて少し安心する。会釈や手を振られたりしたので会釈で返した。しばらくすると次々と団員たちが集まり、ホールは密度にして半分ほどが埋まった。集合時間は五分ほど過ぎているのだが何人かは特に悪びれる様子もなく入ってくるし、肝心のリーダーの姿はどこにもない。もはや多少の遅刻は仕方ないという雰囲気なのだろうか。



 二人で所在なさそうに立ち尽くしていると、黛さんが人の間をすり抜けてこちらにやってきた。「改めて入団おめでとうございます」とか「ククリさん、あれから体調はどうですか?」とか他愛ない話をしていると、不意に奥の扉が開き、リーダーのリリオさんが現れた。髪が鮮やかな青色すぎて寝起きに見るのはカロリーが高い。目がチカチカする。



 リリオさんがホール奥の大きな机の前に立つと、散り散りになっていた団員たちがぞろぞろと集まり始めたので、黛さんに続いて私たちも集合した。みんな個性的な格好をしていて少し羨ましく思ったのは内緒だ。エナさんが横に立つと彼は咳ばらいを1つしてから話し始めた。



「えー……みなさんおはようございます。それでは早速本日の朝礼を始めたいと思います。」



 リリオさんは各部署への連絡のようなものをいくつか口頭で確認すると、姿勢を改め少し声量を上げて話し出した。



「さて、さして重要じゃない連絡はこのぐらいにして……本題に移ろうか。みんなも気になってると思うけど、そこの見慣れない二人について。」



 リリオさんがそう言うと、ホール中の視線がこちらに集まる。うぅ……めちゃくちゃ緊張する。



「まぁまぁ、そう睨まないであげてよ。……ところで諸君、ここ最近、我ら『1st(ファースト)』は深刻かつ慢性的な団員不足に陥っている。理由はわかるかな?」



 団員たちに尋ねるように数秒間を置くと、リリオさんはいつになく真剣な表情をして人手不足の原因について話した。



「勿論、こんなクソ危ない仕事のくせに給料が特別高いわけじゃない、ってのが主な理由ではあるんだろうけど。それに加えて問題になりつつあるのが……異常な能力犯罪だ。」



 能力犯罪、という言葉に誘われてホールが少しざわざわとし出す。リリオさんは構わずに話を続けた。



「能力犯罪自体はもちろん昔から起きていたよ?そのために我々が居るようなものでもあるからね。でも今まではそこまで数が多くなかった。なにせ能力を使って人に危害を加えるとして、その相手がどんな能力を持っているかは……少なくとも一目見た程度で分かるものではないからね。しかし最近、その能力犯罪の発生件数が顕著に増加している。『異常な』能力犯罪と言ったのはそういう意味だ。犯人を捕まえて取り調べても動機は短絡的なものばかり……いまだにその原因は掴めていない。」



 思えば私とククリが出会ったきっかけも能力犯罪だった。私の地元ではそれほど能力犯罪が起きたという話を聞いたことがなかったため、都会は物騒だなぁと思っていたのだが、どうやらそういうわけでもないらしい。



「――そんなわけで私たちは日々多忙な生活を送っているというわけだが……。そんな問題を解消する期待の新人が本日より団員として働くことになりました。それじゃ二人とも、前に来て。」



 リリオさんに手招きされ、一同の前に出る。相変わらずククリは話し始める気配がないので私から自己紹介を始めた。自己紹介が終わり、私たちは拍手に包まれる。その拍手が止むと、リリオさんが再び話し始めた。



「というわけで、これからはみんなこの二人と一緒に頑張ってもらうからね。メンバーが多いからなかなか名前は覚えられないと思うけど……。みんな、何回も名前聞かれても怒らないであげてね?……それじゃあ今日はここまで!(くろろ)以外は解散していいよ」



 リーダーのその言葉を皮切りにホールからは次々と人が消えていき、残っているのは私たち、リリオさんとエナさん、柩と呼ばれた女性の五人だけになった。



「え~っと、なんで私以外解散なの?……会計課の女の子に手ぇ出したのバレちゃった?」



 柩さんは蛍光緑色で変わった髪型を人差し指でくるくると弄り回しながら不安そうに立っていた。都会の流行りなんだろうか、蛍光色の髪色。



「その件については後々みっちりと聞くとして、そんなことよりまずは自己紹介から、ね?」



 自分の疑問がスルーされたことに少し不貞腐れながらも彼女は話し始める。



千葉(ちば) (くろろ)でっす。ヒツギって書いてクロロね。好きなものはケーキとお花と女の子ぉ。よろしくね。」



 やや低めでダウナー気味の、間延びした声で柩さんは言った。……女の子?子供が好きってことなのかな。それにしては性別を限定してるのが気にかかるけど。



「柩には二人の教育係を担当してもらうから。よろしくね?」



 リリオさんがさも当然のようにそう言うと、柩さんは貧乏くじを引かされたことを悟り、表情を歪ませた。



「え~、なんでワタシぃ?」



「柩は人当たりがいいからさ、新人ともすぐに馴染めるかなと思って。」



「私が女の子好きだからってそんな雑な理由で……特別手当みたいなの出ないの?」



「出ませんよ。後進の育成もお仕事の一部なので。」



「私はさっちゃんと遊ぶので忙しいのにぃ……。」



 柩さんは人差し指を胸の前で合わせると、分かりやすくグリグリと手遊びした。口を尖らせて、露骨に不満がっているようだ。



「……柩さん。」




「減給しますよ?」



 にっこりとほほ笑んだエナさんのその一言に、柩さんは私たちの教育係を引き受けざるを得なかったようだ。



***



「えぇっと~それじゃあまずは二人のタスクを教えてもらってもいいかな?」



「……どうしても教えなきゃダメですか。」



「…………ククリちゃん、だっけぇ?結構容赦ないねキミ。」



 先輩相手に本当に容赦がない。ついでに常識もない気がするけど。柩さんは苦笑しながらも続けた。



「二人ともこれからはギルドメンバーとして、それもフィールドワーカーとして働いてもらうことになるんだよ?パトロールとか護衛とか警備とか……。そういう仕事をしてると、どうしても危険人物と直接接触する機会が多くなる。その時に備えて一人でもそこそこ戦えるようにしておかないとなんだよ。」



 柩さんは真面目な顔でそう説明すると、一人で勝手に納得したよう様子で大げさに頷いてみせた。エナさんも続いて頷く。



「そのためには個人の能力に合った訓練をしなきゃいけないんだ。一人一人の個性に沿って個性を活かすカリキュラムが必要なんだよ。」



 なんだか個別指導塾みたいなフレーズだ。



「それは知ってますけど、何と言うか貴女って頼りなさそうですし。口も軽そうですし……」



「う~ん、そう言われると反論のしようがないな~。頼りがいはそこそこあるし口は重い方だと思ってるよ?」



「まぁ今更何を言っても仕方ないので教えますが。」



 溜息をつく柩さんと苦笑するエナさんを横目に、ククリって今までどうやって生活してきたんだろう、と要らぬ心配をしてしまった。



***



「ふぅん。二人とも変わったタスクだねぇ。」



 私たちの能力について一通り説明し終えると、柩さんは数秒考えこむような仕草をした。



「まぁいいや、細かい研修内容とかはエナさんに考えてもらうから……キミたちは何かわからないことがあったら近くの団員に聞けばいいよ。みんな怖そうに見えるけど優しいからさ。」



 柩さんはそれだけ言うと「じゃあ私はさっちゃんと遊んでくるから~」とどこかへ行ってしまった。その場にポツンと立ち尽くす私たちに見かねたのか、エナさんがギルド内の施設やルールについて、建物を回りながら教えてくれた。やっぱり秘書というだけあって、こういったことは朝飯前なのだろうか、エナさんの案内はとてもスムーズで分かりやすいものだった。



それでもたくさんある施設の説明や、昨日し損ねた手続きなんかをしているとあっという間に日は傾き、明日は朝から訓練があるというので、訓練について少し相談をした後、私たちは早めの解散をすることになった。

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