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第二十二話 命綱、ちょうちょ結び

 物心ついたときから、私たちは一緒だった。二人とも親がいなくて、親戚が誰かなんて分かりっこなくて、要するに孤児だった。だから私と満春が出会ったのも、当然孤児院だった。



 私は当時からノロマで、ボロボロの抱き枕を大事そうに抱きかかえながら、暇さえあれば昼も夜も寝ていて、虐めるには最適な人間だった。そんな私を唯一庇ってくれたのが満春だった。これは運命の出会いだ、と彼を目にした瞬間に分かった。陳腐な言葉で言い表すならば一目惚れだが、そんな一過性のものと一緒にしてもらいたくはない。



 それからはもう、一直線だった。ただただ愛を伝え続けた。彼はそれを返してはくれなかったけれども、受け流すことはせずに、全身で受け止めてくれた。私が手を繋ぎたいと言えば手を繋いでくれたし、したいと言えば、キスをしてくれた。私が自分のタスクに気付いたのはまさにその時だった。本当に奇跡的にも運命の出会いだったというわけだ。



 私が虐められるせいで満春まで傷付けられるのだけは耐えられなかった。だから私はとても頑張った。虐めは無くならなかったけど、少しずつマシにはなり始めていた。友達も一人や二人は出来た。孤児院が燃えたのは、そんなふうに私の人生が好転しつつある最中だった。



 院長が何者かに恨みを買っていたらしい、と後に風の噂で聞いたが、真相は定かではない。孤児院を経営するために違法な商売で金稼ぎをしていたようだった。法を犯したせいで同じく法を犯す者に目をつけられるとは、何とも皮肉なことだが。



 そうして居場所を失って、私は――私たちは――孤独になった。私は満春がそばにいれば後はどうでもよかったが、そうは言っても腹は減る。万引きや強盗を繰り返し、いよいよ牢屋にぶち込まれそうになったところで……私たちは彼女に拾われたのだった。



 美しい人だった。満春が惚れてしまわないかと不安になったぐらいだ。彼女は新月の夜を切り取ったような真っ黒な髪をかき上げながら、私たちに手を差し伸べた。



「オマエたちは……兄妹か?」



「……違ぅ」



「なら、恋人か?」



「…………今はまだ、違ぅ」



 私がそう言うと、彼女は満月を貼り付けたような眩しさで笑った。とても美しい人だ、と私は思った。



 ***



 一瞬の出来事だった。周りを取り囲んでいた分身も、敵の両手両足も、綺麗に消し飛んでしまった。うっ、と微かな声を上げて、胴体だけの少女は地面に転がり落ちた。無くなった手足は再生していない。――いや再生してはいるものの、同じスピードで削られ続けている。



「た、倒した……んですよね?」



 私の問いかけを無視し、枢さんは無言で少女を見つめていた。



「私から何か聞き出そうとしてるなら、無理だと思うけど。1時間しかないのなら、尚更」



 彼女の挑発も無視して、枢さんは私に尋ねた。



「紗芽ちゃん……これ、()()()()?」



「え゙……やってみないことには何とも……」



「駄目で元々。気にしないで。戻せなかったらそのときは――」



 枢さんは至って冷静に、何かを諦めた人間に特有の――温厚ではないが冷酷でもない――声色で言った。



「殺すしかない。それだけの話だから」



「殺――」



「私のエピローグは1時間も保たない。この子のエピローグを解除できないんだったら……情報は惜しいけど、時間切れになる前に、殺すしかない」



 人ひとりの命が自分の行動にかかっている――なんて。生まれて初めての経験で目眩がした。命を救う。今さっきまで――というより今も私の命を奪わんとしている人間の命を、だ。なのに私の中に不思議と迷う気持ちは一つもなかった。



「やります――いえ、やれます」



 こちらを見つめる枢さんの目線を視界の端に感じながら、私は横たわる少女に手を伸ばし、そっと触れる。少女の目に浮かんでいるのは、怒り、諦め、そしてほんの僅かな……喜び。それは今しも死に行こうとしている者の浮かべるような表情ではなかった。生を諦めているというよりは死を希求しているかのような――。



「――ッ!」



 期待していた伸びやかな金属音は聞こえず、代わりに鳴ったのは静電気が走ったかのような耳障りな音。私は弾き飛ばされて痺れたように震える右手を凝視する――なんで? なんで出来ないの?



 呼吸を整えて伸ばした指先は、しかし少女の肌に触れるやいなや弾き返される。タスクがうまく使えなかったのは、ククリのときと同じだった。しかしあのときの感覚を()()()()()()()と形容するのなら、今の感触は退()()()()()()()。咄嗟に通常化できない理由を考えるが、しかし私の頭の中ではすでにある仮説が存在し、そしてそれはほとんど確信に近かった。



 一つ目の理由は、少女が通常化を拒んでいるということ。私のタスクで他者のタスクを通常化しようとする場合、その行為に協力的であればあるほど発動しやすい。ようは心を開いてくれるほどにうまく行きやすい。少女は生きることを諦めている。自ら死へと手を伸ばしている。その手をこちらから掴むことは容易ではない。そして二つ目の理由は――。



「――エピローグ、だから?」



 初めて見た、タスクの深淵。その窺い知ることのできない底。ついさっきの戦闘で身を持って感じた、強大さ。私の手に負えるものではないのかもしれない、私には止められない……そんな怯えを噛み砕いて飲み込んだ。やれるやれないじゃない、やらなきゃいけないんだ。



「だから無理だって言って――」



「ダメですッ! 貴方は私が死なせない! 貴方が死んだら――」



 私は吐ききってしまった息を慌てて吸い込むと続けた。



「貴方の大好きな人も、死んでしまうんですよ!?」



「……は?」



 キョトンとした顔で少女はこちらを見つめる。話が想定外の方向に転がっていくことに理解が追いつかないかのようだった。



「えっと……満春さん……? でしたっけ? その人のために死ぬぐらいなんだから、大好きな人なんですよね? 私には死ぬほど好きな人っていないからその気持ちは分かんないですけど……でも貴方が死んだら満春さんだって死んじゃうんですよ!?」



「何……馬鹿にしてるの……? 満春は死んだッ! それは私が一番よく分かってるッ! 理性じゃなくて本能で分かるんだよ!」



「目で見てもないのに分かるぐらい愛しているのなら……貴方しか知らない満春さんがあるんじゃないんですか? だったら貴方が死んだら……貴方の中にいる満春さんも死んじゃうんじゃないですか!?」



「ッ――」



「貴方は愛する人のために死ぬんじゃない、愛する人のために生きるんですッ!」



 少女の目に微かな光が灯る。それは希望の光、或いは道標の光。全てを失った世界に、それでもまだ生き続けるための理由の光だった。



「だからおとなしく……()()()()くださいッ!」



 少女の胸に手を押し付け、心臓マッサージでもするかのように両手でのしかかる。グラインダーで金属を削るときのような不愉快な音が辺りに響き渡る。掌が物凄い力で押し返され、ともすれば後ろにすっ転んでしまいそうになるのを必死に踏ん張った。重しが氷を溶かしていくように、少しずつ、しかし着実に手を伸ばす。深みへと沈み込んでいた少女は、今は確かに浮かび上がろうと水面へ手を伸ばしていた。



 不意に音が止んだ。抵抗感が無くなり、少女のふくよかな胸に掌が沈み込む。ちりん、と涼し気な音が流れて、それもすぐに消えた。と、同時に、失われていた両手足の断面から大量の血が噴き出す。再生が止まったのだ。安心する暇も与えられず、出血を止めようとして……しかしその必要は無かった。



「『一転死界(オールラウンド)』……傷口は塞いだよ、ひとまずは大丈夫。」



「はぁ……はぁ――あ、ありがとうございます」



 肩で息をし、額に貼り付いた前髪を持ち上げようとしたとき、下の方から声が聞こえた。



「あのぅ……手、どけてくれないぅ?」



「あ、ご、ごめんなさ――」



「満春にも触られたことないんだけどぅ」



 少女はひどく悲しそうに、そしてほんの少しだけ恥ずかしそうに言った。

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