第二十話 ばっちり見な!
首筋に刃がめり込む感触。皮膚が破れ、肉が割けるその感触は、しかし致命傷であろう部位を傷つける一歩手前で止まっていた。身の丈に合わないサイズの両手剣を片手で握っていた少女は、剣を取り落とさないように両手で握りしめながら、先ほどまでの身軽さが嘘のようにヨタヨタとよろめきながらも咄嗟に私から距離を取る。
「どうしてぅ……? 時間はまだぅ……」
少女は、そうしなければ立っていられない、とでもいうように剣を地面に突き刺して杖替わりにする。先ほどまで大きく見開かれていた目は半分ほど閉じてしまっており、気を抜けば完全に瞼が降りてしまいそうだった。その姿はまるで――まだ眠りたくはないと駄々をこねている子供のようだ。
「能力切れ――かな? 時間が経ちすぎたか、再生に力を使いすぎたか……あるいはパートナーさんに何かあったのか」
最後の一言を聞いて、敵は明らかに動揺を隠せない様子で小さく息を吸い込む。時間切れの類ではなかったらしい。
「そんな……満春ぅ――」
敵はしばらく呆然と立ち尽くし、それから目を閉じた。戦闘態勢は完全に解かれており、一瞬眠ってしまったのかとも思ったが――数秒して少女は目を開く。その瞳の中で燃えていたのは……敵対心と反抗心と、確かな「殺意」。どうやら戦いはまだ終わっていないらしかった。
「枢さん!? なんか事故って――ってめっちゃ怪我してません!?」
大破した救急車から声が聞こえ、続けて全く状況を理解していない紗芽ちゃんがこちらへ駆けてくる。自分の命が狙われてるとも知らずに、呑気なものである。
「い、今治しますね」
そう言って私に触れようとする紗芽ちゃんを指先で制し、敵へと向き直る。
「私の怪我を治したら……私はしばらくタスクが使えなくなるんじゃないの?」
「あ、あぁ、そうですけど……たぶん10分ぐらいは」
「だったらちょっとだけ待ってもらえるかな。まだ終わってないみたいだからね」
「終わってない――って」
言いながら紗芽ちゃんは敵の方を窺う。脚を震わせながらかろうじて立っている敵。誰がどう見ても勝負はついているだろう、とでも言いたげな表情。実際私も、立っていることすらままならない状態で戦うことができるのだろうか――と、ついさっきまで思っていたわけだが、それは杞憂であり、慢心でもあった。
「そっか――満春、死んじゃったんだねぅ」
大きく息を吸い、吐く。溜息ではなく、深呼吸。諦念ではなく、覚悟。それは過去に幾度か目にしたことのある、自らの命を投げ打つ者の覚悟だった。
「安心してね、満春ぅ。私もすぐにそっちに行くからぅ」
「紗芽ちゃん、構えて」
「ッ――」
「あいつらをぶっ殺したら、すぐに、ね」
***
突風が吹きつける感覚がした。それが現実のものではないと理解できたのは、髪や服が少しも揺らいではいないから。しかし確かに肉体は風圧を全身に感じている。それほどの圧。わずかに吐き気さえこみ上げてくる。
「枢さんッ――なんですかこれ……!?」
「あぁ、これぐらい派手なら紗芽ちゃんにも分かるんだね。これが輝力――タスクの奔流――が漏れだした、そのわずかな余波。」
こともなげに枢さんは解説する。身体から漏れ出しただけで、これほどの衝撃。いったいその体内ではどれだけのパワーが渦巻いているのだろうか。
「でも輝力って、生まれ持ったものから変わることはないんですよね? ならこれって――」
「変わることはない、なんて言った覚えはないよ? 輝力を上げるには5回ぐらい死ななきゃいけない、ってだけ」
「じゃあできないってことじゃあ……」
「うん、普通は出来ない。だからこれは――普通じゃない現象」
敵の少女の様子が変わっていく。その素肌の上に、白く光る模様が広がってゆく。おそらく戦いの末にボロボロになったのであろうパジャマの穴から覗く腹や脚にも浮き出たその文様は――茨。
「なんか出てきてません!?」
「あれは『ピリオド』だね。特殊な方法でタスクを発揮した時に現れる、マークみたいなものかな」
「特殊な方法……?」
「うん。限界まで鍛え上げられたタスクが最後に到達する、タスクの終着点。5回ぐらい死んだ結末の、その先の景色」
圧力が高まる。ただの錯覚のはずなのに、力んでいないと後ずさりをしてしまいそうだった。茨はやがて全身を覆い、その光は飽和していく。少女の姿が、その輪郭が光に溺れて見えなくなる。
「その能力の名は――」
光が全身を包み込み、そして次の一瞬で消える。体外に溢れ出していた力が、その内部に飲み込まれていく。と同時に、風がピタリと止み、静寂が訪れる。無風無音の空間の中で、二人の声だけが響き渡る。
「「エピローグ」」
少女の額が割ける。真っ白なものがそこから覗き――それを私は最初、頭蓋骨かと思ったのだが――そしてこちらを覗く。滑らかで真っ白なその真ん中に鎮座する、真っ黒な瞳が。
「『寝房遠慮』」
第三の目が、こちらをじっと覗き込む。深淵から。現世の淵から。
「エピローグはタスクの常識を超越する。その能力はもはや輝力や定義能みたいな数値では計れない。ナンバーワンでオンリーワンでプライスレスな一品モノ。だからそれを打ち破る一番わかりやすい方法は――」
枢さんはそう言って、ゆっくりと両手を開く。全身を脱力させる。緊張とは対極の構え。わずかな空気の振動。さっき感じたのと同じ……。
「――こっちもエピローグでぶっ叩く」
地面に、足元に、枢さんを中心として光の円が広がっていく。いや、それはただの円ではなかった。極めて細い線の集まり。無数の同心円の無限の連なり。密集する光の環。
「紗芽ちゃん、あいつを倒そうなんて考えなくていいからね」
「え……」
「攻撃を全部避ける必要もない。腕が折れても脚に穴が開いても構わない。とにかく死なないことだけを考えて」
「そ、そんな、私だって――」
私だって何かを――そう言いかけて言葉を飲み込む。この場を支配する空気。それに呑まれて言葉が途切れる。もうここは、そういう次元の世界じゃないんだ。
「今から始まるのはそういう戦い。紗芽ちゃんはとっても強くなったけど、まだちょっとだけ早いからね」
光の環が消える。見た目の変化こそ無かったが、しかし枢さんの存在感は明らかに異質なものになっていた。
「エピローグ――『一転死界』」
そして再び火蓋が切られる。
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