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第十七話 ビビーンってしたんだよね

 不死身、というのが、その姿を見て真っ先に私の頭に思い浮かんだ言葉だった。首の骨が折れ、首の太さが元の三分の一ほどになり、頸動脈から鮮血を噴き上げる人間が、それでもなお両足で直立し、重力に傾ぐその両目をしっかりとこちらに向けて睨みつけているのだから。



 露出した気管から空気を吐きながら、一歩、歩みを進める。傷が治ってゆくのが目に見えて分かる。首が少しづつだが、繋がっていく。数秒ほどで声帯が修復されたらしく、排水溝を詰まらせたときのようなゴボゴボという音を立てながらも、少女は喋り始めた。



「これで……仕切り直し…………ね」



「――『ポラリス』ッッ!」



 全身が悪寒に覆われた。恐怖だとか、焦りだとかではない、生理的な嫌悪感。コイツは……こんな生き物は――人間と呼べるのだろうか。



 音速を軽々と突破した鉄球で、心臓を、脳を抉る。それでも少女は倒れない。また一歩、こちらへと歩みを進める。片足を膝下から吹き飛ばす。少女は前のめりに転ぶが、眼差しだけは逸らされることはなく私の目を見つめている。



 吹き飛ばされた脚が切り口からゆっくりと生えてくる。いや、()()()()()ではなかった。気が付けば首も、脳も心臓も完治している。明らかに再生速度が上がっている――!



「順応、してるってことなのかな」



 流石に目の前で繰り広げられる逆再生動画めいた現実が受け入れられずに呟いてしまうと、敵は小馬鹿にするように噴き出す。



「順応……とは違うかな。これはどっちかって言うと『覚醒』だね」



「……覚醒?」



虚無睡眠(ナルナルコレプシー)。私の能力。『目を覚ます』能力。心の底から愛する人とキスすれば、身体能力が上昇する。」



 キス、の部分で艶めかしく唇を触るその仕草に、妖艶さよりもおぞましさを感じてしまったのは、彼女が捕食者の表情を浮かべていたからだろうか。運命の王子様とのキスで目覚めるお姫様がしていい表情ではないのだが。


 

「だから二人組でやってきたってわけね」



「目を覚ますって言っても、起きてすぐ100メートル全力疾走できる人は居ないでしょう?」



 時間とともに少しずつ能力が上昇していく、ということらしい。



「不便そうだね、スロースターターで」



「大器晩成って言ってほしいけど」



 破れた服までも治るわけはないようで、敵が着ているパジャマはズタズタになってしまっているが、その隙間から見える肌は傷一つない真っ白なものだった。吹き飛ばした右足もつま先まできれいに再生している。



「それに目覚めるのは治癒能力だけじゃなくて――例えば動体視力とか」



 首をコキコキと鳴らしながら、不意に大きく身体を左に逸らす。逸らしたその瞬間に、超高速の鉄球が敵のこめかみを掠めた。避けられた――だけではなかった。ガチャリと音を立てて鉄球が地面に落ちる。マッハ3で飛行する鉄球が、真横を通り抜ける一瞬のうちに斬り落とされたのだ。



「――瞬発力とか」



 瞬きの間に距離を詰められていた。剣もすでに振られていた。首筋を目掛けて、一直線に。身体に冷たい金属が侵入してくるのが、死の感覚が、ありありと感じられた。



***



「さてと、僕も今すぐにでも追いかけたい気分なんですけど……見逃してはくれなさそうですね? お医者さん」



 男がそう言うと、開いた右手の中にどこからともなく赤い林檎が現れた。紗芽を意識不明にした林檎の正体はヤツのタスクで間違いなさそうだ。



「……お前、身長いくつだ?」



「え? 191センチですけど」



 予想外の角度から飛んできた質問に面食らってしまったようで、男は反射的にそう返した。



「ふぅん――いいな、気に入ったぜ。私より身長デカいやつをいたぶってるときが一番興奮するからよ」



「は、はしたないですよ癒浦(ゆうら)さん……」



 濡羽(ぬれは)が眉をひそめてそう言った。



「別に、はしたなくはないだろうが。性癖を暴露しただけだろ……183センチ超えてる男ってそんなに居ないからな、パッと見で私より明らかに高い身長ってなると尚更だし、貴重なんだよ」



 ましてや、そんな高身長のやつを痛めつける機会となると、さらに限られるのは言うまでもないだろう。まさに千載一遇のチャンスであった。



「はぁ……もういいですけど。仕事の時間ぐらい真面目にやってくださいね?」



「当たり前だろ、まずぶっ倒してからじゃないとコトが出来ないからな」



「あの……もういいですか?」



 私と濡羽の掛け合いに痺れを切らしたかのように、男が唐突に口を開いた。



「変態の性癖暴露に付き合ってる時間はないんです。早く立夏を追いかけないといけないんで」



 参った、とでも言いたげに額に手を当てている。

 


「ずいぶんとその立夏とやらにご執心だな? それとも追いかけたがってるのは紗芽のほうか?」



 紗芽、と聞いて男は僅かに表情を強張らせる。やっぱり図星か。紗芽とククリの二人を襲ったというマッチ女とも何らかの繋がりがある、と見て良さそうだ。俄然拷問……もとい尋問のしがいが出てきた。



「……あなたたちには関係のないことです。あなたたちは今ここで――僕に殺されるので」



 フードで隠された顔からは感情がうかがえないが、男の声色はやや苛立ちが感じられた。



「ずいぶん簡単に言ってくれるじゃねぇか。二対一、数の有利は明らかにこっちにあるんだぞ?」



「数の有利――ですか。しかしそちらは医療部の方々でしょう? いくら数が多くても非戦闘要員では話にならないと思いますけどね」



「あぁ? 非戦闘要員だ? おい濡羽、なんか言ってやれよ」



「なんで角が立ちそうなとこだけ私に放り投げるんですか!?」



 濡羽はそう言って頬を膨らませるが、さして悪びれもせずに続ける。

 


「ち、地安の戦闘員の方に比べたら私達の戦力なんてゴミみたいなものだと思いますけど……。だからって通りすがりのチンピラにしてやられるほど弱くはないですが……」



「その通り。我らが1stの医療部メンバーは世にも珍しい、戦うお医者さんだからな」



 前半の「ゴミみたい」発言にはやや引っかかったが、流石に戦闘員に張り合える程の実力ではないため、私はツッコミを飲み込んだ。



「……それが最期の言葉でかまいませんか」



 男はその言葉を言い終わるが早いか、両手に林檎を持ってこちらへ近付いてくる。



「濡羽! いつもので行くぞ!」



「は、はい、癒浦さん」



 「いつもの」の言葉で私は前に、濡羽は後ろに下がって前後の陣形を組む。私は懐から武器を取り出すと、近接戦闘の構えを取った。


 

「『不果死疑(デッドリー・シン)』」



「『加虐圧搾(ハートフルペイン)』」



 背が高いということは、手足が長いということである。即ち身長差はイコールリーチの差であり、リーチに置いては相手に軍配が上がると言わざるを得ない。



「右ッ!」



 背後から濡羽の叫び声が聞こえた一瞬の後、林檎を握ったまま、男は右手を突き出す。

 


「クッ……」



 敵の体に攻撃が届く前に、こちらの体に林檎が触れそうになり、間一髪で身をよじった。あの林檎に触れるのだけは、なんとしても避けなければならない。もし指先でも触れてしまおうものなら、紗芽がそうであったように戦闘不能に陥ってしまうに違いなかった。



「左下!」



 右回転してできた死角を突くように、左手が足元から迫ってくる。回避は間に合わないと判断して、手首を掴んで引っ張った。敵は死角からの攻撃を、受け止められこそすれ加速させられるとは思わなかったようで、前のめりに大きく体制を崩した。



 流石に二対一をものともしないような発言をするだけあって、体術には覚えがあるようだ。崩された体制を意にも介さずに、引っ張られた腕をそのまま突き出すと、地面に掌を付けロンダートめいた大回転でもって拘束を脱して見せる。



 大回転ののち着地し、姿勢を整える。その長身からは想像のできない、見事なまでの軽業であった。そんな大回転のせいで、男が被っていた白いパーカーのフードがパサリと首元に落ちる。



「やりづらいなぁ……未来予知でもしてるんですか? 後ろの人」



 不快そうに頭を掻きながら呟く男のその言葉は、しかし癒浦の耳には入っていなかった。背後で濡羽が呆れるような、それでいて諦めたような溜息をつく。



「ッ――顔面良すぎるだろオイ……」



 癒浦は噛みしめるように吐息交じりでそう漏らした。いや、実際噛みしめていた。歯と、幸運を。



「あぁ……癒浦さんの悪い癖が」



 癒浦がとてつもない面食いであることを、濡羽は知っていた。というより、医療部では常識であった。そして彼女が惚れっぽい性格であることも、また周知の事実であった。後森(あともり)癒浦は、その男勝りな見た目に反して恋多き女性であった。

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