第十六話 地にある光は一つ星
見誤った、と直感した。後ろに回り込まれたとき、相手は間合いを詰め切ってはいなかった。だからガードを固めることよりも視界を向けることに意識を割いてしまったのだ。
しかし、僅かに視界の端で捉えた相手の手に握られているのは、全長1メートルはありそうな両手剣。そんな重そうなものを片手で持っているのだから、大した握力だ――と感心している暇など、もちろんない。武器があるということは、それだけリーチが伸びるということ。つまりは既に敵の間合いに入っているということだった。
右手で体の横に中段で構えた剣を、そのまま横薙ぎに払う。当然傍観しているだけでは身体が半分こになってしまうわけなので、ガードをする。
しかしなにしろ慮外の攻撃だったこともあり、咄嗟にガードに回せる鉄球は一つだけだった。そしてその一つだけでは、とても攻撃を受け止めきれないことなどは分かっていた。金属バットで打球をしたときのような軽快な音が響く。攻撃とは逆方向に力を加えるが抵抗もむなしく、鉄球は剣先にめり込んだまま、私の脇腹にもめり込んだ。
「ふぐッ!?」
あまりにもかわいくない声とともに私の身体は吹っ飛び、地べたにバウンドしながら転がっていく。ガード貫通してきた攻撃の威力じゃない――痛すぎるって!
「ッカ――スゥー……」
横隔膜をぶん殴られ、止まりそうになる呼吸を何とか一息で整える。おそらく折れてしまっているであろう肋骨の痛みに顔をしかめながら、敵の方を睨みつける。敵はまとわりついた蝿を払うかのような表情で剣先に付いた鉄球を振り落とした。
「斬ったら動かなくなったね……タスクの適用範囲は、鉄球? それとも――球体、かな。ずいぶん限定的な能力だね」
「したくてこんな能力にしたわけじゃないんだけどねぇ。成り行き上、仕方なくさ」
あの剣、僅かにタスクの波動を感じる――さっき放り投げた抱き枕……あぁ、なるほど。
「それ……輝剣? 届け出してないよね、どうせ」
届け出、という言葉が引っかかったようで、少女は僅かに表情を歪め、得物を見つめながら言った。
「生まれたときからずっと持ってたものを、何で届け出なくちゃいけないのかな」
輝剣――というのは俗称で、正式には「タスク或いはタスクに準ずる異能力を備えた物品」……みたいな名称があるんだけど、長いし要領を得ないしで誰も使ってない。必ずしも武器の形を持つとは限らないが「剣」と呼ばれているのは、その多くが輝剣士と呼ばれる武器職人によって生み出された、効率的に人を殺めるための道具だからだ。
当然そんな危険な代物が野放しにされるはずもなく、銃火器と同様、所持するには届け出や免許が必要になる。
「帝国ってのは――持つ人からも持たない人からも平等に何かを奪っていくから嫌いなんだ」
少女は眉間にしわを寄せながらそう呟いた。
「だから私は、あなたも嫌い」
それが「無駄話はこれでおしまい」の意味だったらしく、敵は僅かに重心を下げると、こちらへ突撃してきた。
真っ二つにされた鉄球はもはや「球体」ではなく、私の能力の制御下から外れる。紗芽ちゃんを守っている1つを除けば、手元にあるのはあと3つ。リーチの差を活かすメリットと、懐に潜り込まれたときのデメリット。それを天秤にかけ、私はガードを鉄球1つで賄い、残りの2つで敵へと襲いかかる。
敵は飛来した片方を、剣のスイングで場外ホームラン間違いなし、という勢いで吹っ飛ばした。吹き飛ばし――はしたものの、続く二撃目には対処が間に合わず、鳩尾に深々とめり込む。いくら身体が頑丈でも、呼吸が止まれば怯まざるを得ない……と思っての攻撃だったが。
「ッ――」
「……うっそぉ」
お前を殺すのに一呼吸も必要ない、と言いたげに、少女は防御すらせず、そのまま直進してくる。減速するどころか、攻撃を受けてなお、むしろ加速しているかのような威圧感を放っていた。
「たかが鉄球ごときで私を止められると思ったのなら――」
そのまま強引に剣の間合いまで割り込むと、敵はあろうことか武器を高々と頭上に掲げるように振りかぶった。防御など関係ない、ガードの上から叩き斬る……そんな意志のこもった攻撃的な構え――。
「――過小評価よ」
その構えから大剣が真っ直ぐに振り下ろされ……。
「たかが鉄球ごときで私が戦ってるんだと思ってるんだったら――」
振り下ろされる、直前。
「――それこそ過小評価だねぇ」
鉄球が、炸裂した。
「『カノープス』」
炸裂した鉄球の隙間から、まるで雲丹のように大量の棘が伸び、敵の全身を貫いた。私の携帯している鉄球はほぼ全てただの鉄球ではなく、内部に様々な機能を備えている。鉄球内部に埋め込まれたパチンコ玉サイズの鉄球を高速回転させることにより、その機構が作動するわけだ。煙幕や粘着ネット、スタングレネードといった鎮圧用の非殺傷武器から、手榴弾や、たった今敵の全身を貫いている針山なんかのモロ殺傷武器までなんでもござれの技のデパート状態である。能力の汎用性に欠けるぶん、こういうところで努力しているわけであった。
もっとも、一度機構を起動するとだいたい球体としても使い物にならなくなるわけだが……背に腹は代えられなかった。敵が全身から血を噴き出す。その場で二、三歩たたらを踏むと、力が抜けたように膝から崩れ落ち、動かなくなった。
「……また情報を聞きそびれちゃったな。リリオになんて言い訳しよう」
生半可な攻撃では意味がなかった。殺らなければ殺られる――と確信したからこその、ある種決死の一撃だった。それを説明して分かってくれないほど、うちのリーダーの頭は硬くないと信じよう。それよりも医療部の二人が心配だ。そろそろ応援が着くころだろうが、こちらにも応援を呼んで、私は現場に急ぐべきだろう――と、建物にぶつかって中破している救急車に戻ろうとした……その時だった。
微かな違和感を感じた。それが敵の少女の胸が上下しているからだと気付くまでには少し時間がかかったが。パジャマみたいなダボついた服を着ており、胸がやたらとデカいからパッと見では分かりづらいが……確かに呼吸をしている。脳みそから心臓から刺し貫かれた状態で、よもや生きているとも思えない。痙攣しているだけだろうか、と訝しみつつも警戒態勢を取ったのが、命拾いした理由だろう。さもなければ、次の瞬間に繰り出された一撃でおなかがザックリ抉られていたはずだからだ。
「ッ――!?」
間一髪で鉄球のガードが間に合うも、剣の一振りで鉄球はスッパリと半分になってしまった。地面に転がった断面からは、煙幕の原料である粉末が零れ落ちている。
「……下手くそだねぇ、死んだフリ」
なんとか軽口を叩くも、声が裏返っていなかった自信はなかった。生きている。全身が穴だらけになりながら、なお命を手放さないそのしぶとさに、驚きや恐怖を通り越して不気味さすら覚えてしまった。
「これで、あと一つ。車の近くに一つだけ。……もう間に合わないよ」
喉に空いた穴から空気が漏れ、しかしさしてそれが問題でもないと言った風に、少女は掠れた声でそう呟いた。もはやガードは存在しない。鉄球を救急車から呼び戻すまでにかかる一、二秒の隙を許さないコンパクトな構えで、しかしかなりの速度と正確さを伴って、少女は私の心臓めがけて剣を振り下ろす。もう間に合わない――。
救急車の方の鉄球は、もう間に合わない。
「なッ――!?」
敵の背後から音もなく飛んできた鉄球は、剣を持った右手に命中すると、そのまま手の骨をバキバキに砕いた。流石に骨が折れては力が込められないらしく、剣は手から離れてアスファルトの上へと横たわった。
「300メートル程度吹っ飛ばしただけで、私のタスクの射程距離を外れるわけがないでしょ」
意識外から相手の手を直撃したのは、切り裂かれずにホームランよろしくフルスイングで吹っ飛ばされた鉄球だった。流石に300メートルの距離を一瞬で移動させるわけには行かなかったが、なんとかギリギリ間に合わせることには成功した。
「射程距離が300メートル……? ふざけてるの? 操作系のタスクでそんな馬鹿みたいな射程距離、聞いたことないけど」
「それだけしかできないけど、それだけなら誰よりもできる、ってのが私のタスクだからねぇ」
一般的な操作系――その中でも手を触れずに物を動かすタイプのタスクの射程距離は、精々10メートル程度。……50メートルもあればかなり長い部類に入るだろう。はじめは私のタスクの射程距離も15メートル程度だったが、まぁ結構な努力の果ての賜物である。
「さ、仕切り直し、だね」
残り2つの鉄球を持つ私と、全身穴だらけの敵。仕切り直しとはいえこちらがかなり有利……というのは流石に虫が良すぎるかもしれない。
「仕切り直し? 悪あがきの間違いでしょ」
敵がいまだ体に刺さったままの棘を力任せに引き抜いた。傷口から大量の血が噴き出すも、すぐに出血は止まる。血液が凝固したのではなく、傷口がふさがったからだ。眉毛を整えるぐらいの気軽さで棘をスポスポ抜いてゆき、その傷口は瞬く間に治癒していく。気が付けば砕いたはずの右手も使って両手で棘を抜き始めた。当然その右手も完治しているように見える。僅か数十秒の後、敵の足元には棘の山が出来上がっていた。
「気持ち悪……なにその治り方」
「試したことないけど、首でももがれなきゃ死なないと思うよ」
首がもげても死なないんじゃないか、とまで思ってしまった。それほどの再生速度の速さ。回復能力持ちを倒す際のセオリーは2つ。気付かれずに倒す、回復される前に一撃で倒す、だ。しかし前者は当然無理だし、後者もかなり難しいだろう。さっきの鉄棘が最後にして唯一の殺傷武器だったからだ。ただの鉄球攻撃だと、骨を折ることぐらいは出来ても即死させるのは不可能だろう。
「これはちょっと、厄介なことになったかもね」
自嘲めいた笑みを浮かべながら私は言った。
「そのわりにはヘラヘラしてるのね。今から殺されるってのに、危機感が足りないんじゃないの?」
敵はそんな私の腑抜けた表情に、苛ついた様子で応える。
「勘違いしないでね。厄介なのは……切り札を切らざるを得ない今の状況だよ」
手元に残された最後の鉄球、その中身はスタンガン。――起動させたところで恐らく1秒も時間は稼げないだろう。だから切り札ってのは鉄球の中身の話ではない。
「私のタスク、『百花自転』は球体を操る能力。そして操ることのできる球体は最大で20個ぐらい――もっとも、数を増やせば増やすほど、その速度や精度は落ちるんだけどね」
「……何の話?」
「数を増やせば速度が落ちるのなら、逆に数を減らせば速度が上がるのは自明の理。この一球は……今までで一番速いよ」
目の前の一球に、全神経を集中させる。表面の1ミリに満たない凹凸すらも、今なら手に取るように分かる。中空に静止した鉄球を挟んで二人が相対する様子は、さながら西部劇の決闘のようだった。敵は剣を片手で握り、僅かな動きも見逃すまいと鉄球を凝視している。
付近の人々は皆既に避難しており、誰もいない道路には静寂が満ちていた。その静寂を、歩行者信号から流れてくる平和ボケした鳥の声が破る。
「――――」
「――――」
動き出した鉄球はコンマ1秒で音速の壁を突破するとそのままマッハ3程度まで加速し、一直線に敵の首の骨を粉砕すると、風穴を開けて向こう側へと飛び出していった。一瞬遅れて敵は剣で虚空を斬ると、そのまま慣性で身体をくねらせて地面に仰向けに倒れ込んだ。
「『ポラリス』」
地上に輝くただ一つの星は、血と脂に塗れていやらしくギラついていた。
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