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第十五話 おはようオーパーツ

「チッ……こちとらオペ上がりだぞ」



 わざとらしく軽い調子で毒づく癒浦を視界の端に留めながら、私はこの異常事態を努めて冷静に理解しようとした。



 まず――明らかにこのタイミングでの襲撃は不自然だ。紗芽ちゃんの訓練がいつ終わるかなんて私にも分からなかったのに、狙いすましたような襲撃。まさか何日も坂の上で待ち続けていたわけではないだろうし――いや、これは今考えるべきことじゃない。



 男女二人組。猫背で目深にフードを被った男と、パジャマみたいなブカブカの服に身を包んだ、地面に擦りそうなほど長髪の女。男の方はその姿勢もあって中肉中背に見えるが、恐らくかなりの高身長。筋肉量も平均以上はありそうだし、近接戦闘が得意そうだ。一方女の方は低身長、身体の重心がふらついているように見えるが――酔っ払っているのか、寝ぼけているのか――俊敏に動き回れそうには見えない。片手には抱き枕を握りしめており、夜中に地震が起きて慌てて飛び出してきたような恰好だった。

 


 それより重要なのは奴らのタスク。坂の上から転がってきた大量の林檎。紗芽ちゃんがそれに(不用意にも)触れた瞬間、紗芽ちゃんは気絶した。どうして坂の上から? 不意をついて襲い掛かるんじゃだめだったのか? 近接戦闘に自信がないのか、近付けない理由があるのか。林檎がどちらか片方のタスクだとするのなら、もう片方はなぜそばで立っているだけなんだ? タスクを使わないのか……使えないのか?



 なぜ二人組が同じ場所から現れる? 不意打ちなら多方向から襲うべきだし、多対多を想定していたなら四、五人の集団でもおかしくない。単独行動の身軽さや、集団行動の力強さを切り捨てての二人組――二人組であることにこそ意味があるのだとしたら? あっちは二人、こっちは三人。分断はできる。



 これ以上考え込むのは逆効果だ。こちら側の無力化に失敗した以上、相手は逃げ出すか、さもなくば近づいてくるか。どちらにしろ、速やかな行動が求められる。私は思考を1秒ほどで切り上げて、紗芽ちゃんの方へと――地面に散らばる林檎に触れないようにしながら――走り出した。彼女の腕を掴むと、懐から鉄球を3つ飛ばして身体を持ち上げさせる。



「濡羽ちゃん! 車借りるッ!」



 私の叫びを聞いてその目論見を理解した様子の濡羽ちゃんは、ポケットから鍵を取り出してこっちへと投げつけた。ナイスピッチ。そのまま私は踵を返して車に駆け込むと、ぐったりしたままの紗芽ちゃんを助手席に放り込み、エンジンをかけた。



「こちら千葉! 訓練施設前で二人組の襲撃! たぶん狙いは紗芽ちゃんだから、分断しつつこのままこの車で逃げる! こっちは一人でも大丈夫だから……施設前に応援お願い!」



 無線機で1stに連絡しつつ全力でアクセルを踏み込む。バックミラーで小さくなっていく敵の様子を確認し、その場違いさに私は自らの目を疑った。なぜか彼らは……キスをしていたのだ。



***



「あーあ、逃げられちゃったよぅ? やっぱ坂から転がすだけでどうにかしようとするのは無理だったんじゃないかなぅ?」



 一切こちらを責めるそぶりを見せずに眠そうな目を細め、純粋に疑問符を浮かべる姿に、僕は却って申し訳なさを感じてしまった。ただでさえ猫背の姿勢がさらに縮こまってしまう。



「う……ごめん」



「そういうやさしいところも好きだけどねぅ……こっからはプランBでいくからねぅ?」



「うん……分かった。お願い」



「おけー、全部私に任せてぅ――じゃあ、行ってきますのちゅー、してぅ?」



 立夏(りっか)はそう言ってつま先立ちになり、僕の首に腕を回してくる。僕は縮こまった姿勢をさらに縮めて、お互いの顔を近づけた。息が頬にかかるのをくすぐったく思いながら、唇を軽く重ねる。



「――めちゃウマだね」



「ハハ……それは冗談でもちょっとヤだな」



 何度見ても見慣れない巨大な胸を両腕で抱き寄せながら、舌なめずりして妖艶にほほ笑む彼女へと、僕は苦笑いを返した。



「じゃあ、行ってくるね」



「うん、こっちも急いで追いかけるから。……気を付けてね」



 立夏は大きく開いた目でこちらを見つめたまま無言で頷くと、風のような速さで走り去っていった。一瞬で豆粒のようなサイズになった彼女を見送ってから僕は、既に戦闘態勢、と言った様子でこちらを睨みつける二人組の方へと向き直る。



「さてと、僕も今すぐにでも追いかけたい気分なんですけど……見逃してはくれなさそうですね? お医者さん」



 本来乗り気ではなかったプランB――邪魔する奴は皆殺し――に移行してしまったことを残念に思いながら、僕は再びタスクを発動した。



***



 前方に細心の注意を払いながら、アクセルを強く踏み込む。スピードメーターの針は80付近を推移している。今自分が何から逃れようとしているのか一瞬分からなくなりそうだった――おおよそ生身の人間から逃れるには過剰な速度だ。にもかかわらず私はさらにアクセルを踏んだ。……()()()()()()()のだ、生身の人間が。こちらが他の車両を追い越しながらの走行であることと、向こうが路側帯を直進しているということを加味しても、常軌を逸した速度である。



 とはいえ序盤に保ったリードはまだ残されている。このまま何事も無ければ1stまでたどり着けそうであった。何事も無ければ、であるが。



「やば……」



 赤色に光る信号機を見て私は思わず言葉を漏らす。交差する車線にはかなりの数の往来があり、信号無視して突っ切るのは不可能だ。この信号は渡れない。しかしもちろん止まることはできない。



「止まれないんなら、()()()()()しかないよねぇ」



 私はフロントドアの窓ガラスを開けると、その隙間から5つの鉄球を外へと飛ばし、車体下部に移動させる。



「うっ……おりゃあ!」



 全力でアクセルを踏み込み交差点に突入する。ギリギリまで加速しながら、鉄球を上方向に移動させた。車体が持ち上げられ、下向きにGがかかる。5つの鉄球だと持ち上げるだけで精一杯だが、前方への慣性は残っている。それを利用して、救急車はなんとか交差点の向こうへと着地した。着地することには成功した……のだが。



 着地とほぼ同時に、フロントガラスが耳障りな音を立て、粉々に砕け散った。着地の衝撃かとも思ったが、接地時には細心の注意を払ったし、他の窓が割れていないことを見るにそうではないらしい。そして何よりの証拠に、ガラスの飛沫を浴びながら車内へと乗り込んでくる人物があった。フロントガラスを突き破った勢いそのままに紗芽ちゃんへと襲い掛かる。



「クソッ」



 こちらが弓なりの軌道で飛んだのに加えて、推進力を失ったせいで追いつかれてしまったらしい。どうやって交差点を渡りきったのかは不明だが、時速80km/hで走れるのなら走行中の車の天井を踏み越えてくるぐらいは造作もないだろう。


  

 ブレーキに全体重をかけ、ハンドルを回す。鉄球にも手伝ってもらい、車体をスピンさせた。車内にいる私と紗芽ちゃんは車体とともに回転するが、空中を突っ込んできた敵はその限りではない。肝の冷える音を立てて身体をフロントガラスのへりにぶつけると、車外へと吹き飛んだ。



 この狭い空間で戦うのは厳しいと判断し、私は車外へと飛び出す。紗芽ちゃんの意識はいまだに戻らずにぐったりとしているが、侵入経路の少ない車内の方が守りやすくて助かる。そんでもってさっきの一撃で敵がダウンしてくれてるともっと助かるんだけど――。



「痛いな……お姉さん、運転荒すぎ。速度超過と信号無視、安全運転義務違反で6点ね」



「……マジかぁ、ゴールド免許だったんだけど」



 案の定、ピンピンしてた。身体強化系のタスク――それも筋力だけじゃなくて耐久力か回復力も上がるタイプ。能力自体は単純で搦め手の心配はないけど、それは同時にこちらの搦め手も通用しないことを意味する。純粋な戦闘力勝負を強いられる、厄介なタイプだ。



「ペーパーなら、もう返納した方がいいんじゃない? ……ここで死ぬから関係ないか」



「まだそんな歳じゃないよぉ」



 言いながら、鉄球をこちらへ呼び戻す。まさか襲撃を受けるとは思っていなかったので、持ち合わせた鉄球5つで何とかやりくりするしかなさそうだ。1つは紗芽ちゃんを守るために救急車近くで待機させておくとして、4つで戦うことになる。……けどまぁ、何とかなるか。



 身体強化のタスクには何らかの制約が存在する。基本的には制限時間だが、これは相手の強化の度合いや輝力の差でかなり変動するので、当てにしないほうが良いだろう。とすれば気になるのは、やはり二人組のもう一人の存在だ。去り際に見た光景――あの場違いすぎるキス――が能力の発動条件だとすれば、医療部メンバーが敵の無力化に成功すれば、こちらの能力も解除される可能性がある。ただ、これも不確定なので留意する程度にしておこう。



「やっぱりボコボコにするしかないかぁ……女の子殴るのヤなんだけどなぁ。あっちの男が来てくれれば遠慮せずに戦えたのに」



 私はそう言いながら鉄球を飛ばす。敵は前後左右から襲いかかる相当量の重さを持った球体を、生身の人間にしては素早すぎる身のこなしでかわすが。



「遅いよ」



 それはあくまで生身の人間()()()()の話だ。私の能力は速度だけが取り柄ではない。空振った鉄球たちは減速することなく急旋回すると、反応する隙を与えずに、それぞれ後頭部・喉・鳩尾・脇腹へとクリーンヒットした。少女が苦しそうな息を漏らす。痛みからか、肺を圧迫されたからかは不明だが。



 人体の急所と、先ほどダメージを与えたばかりの脇腹。回復能力が完全でなければ、意識を失うまではいかずとも朦朧とさせることぐらいはできそうだったのだが。敵は身体を大きくひねって高速回転すると、生まれたわずかな隙間からすり抜けるように飛び出し、こちらへと走り寄ってくる。――目立ったダメージ、なし。



 右手に抱えた抱き枕が邪魔だったのか、空中へ放り投げると、身体を大きく前傾させ、ファイティングポーズを取る。インファイトをするつもりらしい。私は手元に戻した鉄球で前方をガードする。敵はそれを見て背後に回り込むが……その動きに合わせてガードを移動させれば問題はない。



 背後に移動させた鉄球を追って後ろを振り向いた私の目に飛び込んできたのは、巨大な剣を片手で構える少女の姿だった。

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