第十二話 ホタテ貝殻製の相合傘
「……それでなんで座学なんですか?」
現実を変える、と大見得を切った私が枢さんに連れていかれたのは、小さな会議室のようなスペースだった。てっきり訓練施設みたいなとこで崖登りとか滝下りとかさせられると思っていたのだが。
「だって紗芽ちゃん、タスクのこと何にも知らないんだもん。基本を知らずに応用ができるのはリリオとか未明ちゃんみたいな天才だけだから。凡人は黙って基礎の基礎から、ね?」
未明という人のことは存じ上げないが、あのチャラチャラして何事にも適当そうなリーダーが天才側に分類されているあたり、人を見た目で判断してはいけないことがよく分かる。……見た目だけじゃなくて態度の方もチャラチャラしてたが。
「だからってこのテキストはどうかと思いますけど……」
私はノートやシャープペンとともに置かれた、表紙に『葦でもわかる! タスク学超入門!』と虹色のポップ体で印刷されたテキストを見る。葦と思しき植物に目と口を付けたキャラクターが、鉛筆片手に笑っていた。思考しないことがお前のアイデンティティーだろうが。
「まぁまぁ、基本は私が教えるからさ、それは復習用に持っといてよ」
枢さんはそう言ってホワイトボードマーカーを手に取ると、4つの手足を持っていることがかろうじて認識できる、真っ黒でおぞましい存在を描いた。
「そもそもタスクっていうのは人間の精神が異能力という形で表出したものだと考えられているけど――」
「ちょちょ――ちょっと待ってください、そのクリーチャーみたいなのは何ですか?」
話が遮られたことに不服そうな表情を浮かべながら、枢さんは答えた。クリーチャーの中心からは虹色の閃光が迸っている。
「え――紗芽ちゃん……だけど」
「あ、大丈夫です、ハイ、話を続けてください」
全くもってなにも大丈夫ではなかったが。その自信に満ち溢れた声色を前にして、私は何も言えなかった。
***
「――で、タスクは今挙げた『操作系』『空間系』『心理系』『変化系』『感知系』『特異系』に分類されるわけだけど、この理論を組み上げたのがウチの濡羽ちゃんなんだよね。凄いよねぇ。おまけにその能力を癒浦さんが分析して簡易分析キットまで作っちゃって、特許取ればいいものを無償で製法公開しちゃったんだぁ。医療従事者としては褒めたたえられるべき行動だけど、1stとしては使用料取ってガッポガッポ儲けたかったとこだよねぇ……あ、脱線しちゃったかな。……大丈夫? ついてこれてる?」
「あ――ハイ、大丈夫です、完璧にオッケーです」
全くもってなにも大丈夫ではなかったが。タスクの強力さはタスクから発される波動のエネルギー量――輝力と呼ばれる――によって決まる、とか言い出したあたりから、知らないラノベの設定資料集を延々と読まされているようで、何も頭に入ってこなかった。わかったことと言えば、枢さんがその画伯っぷりに反して達筆だということぐらいだ。
「あ、でもでも、私のタスクって『特異系』なんですよね! ってことは普通じゃないってことですよね!」
「いや、特異系って結構多いからねぇ……全人口の3割ぐらいは居るし……。心理系や感知系の方が珍しいかなぁ」
とびきりの「個性」を得られたのではないか、とウキウキしていた私に、枢さんは残酷な現実を突きつけてきた。
「特異と言ってはいるけど、要は他の5系統に分類できないって意味だし……ニュアンス的には雑種、が近いかな」
「ざ、雑種――」
どうあがいても平凡からは逃れられない星の下に私は生まれてしまったらしい。現実に打ちひしがれている私を見かねて枢さんが話の続きを急ぐ。
「まーまーまー、紗芽ちゃんのタスク、見たことも聞いたこともないし、普通じゃないとは思うよ。それに系統のことは今はどうでもいい。覚える必要も特にないからね。……で、タスクの強力さに直接的に関わってくるのが『輝力』なんだよね」
「つまり、その輝力とやらを増やす訓練をするわけですか?」
「うんにゃ、輝力ってほとんど遺伝とか才能なんだ。輝力が持って生まれた数値から変動することは滅多にないし、意図してそれを引き起こすのはもっと難しいからね。だから紗芽ちゃんには『定義能』を鍛えてもらおうかと思ってるんだ」
またも聞き覚えのない単語が登場して私は頭を抱えた。ホワイトボードに向かってマーカーを握る枢さんに向かって尋ねる。
「定義能って……なんですか」
「紗芽ちゃん、高校でタスク学取らなかったのぉ? 地安で働こうとしてたくせに見通し甘くない?」
「が、学生時代は奉仕活動に力を入れてまして……」
まさか入団後に圧迫面接を受けるとは思っても見なかった。……入団試験の拷問も相当ストレスではあったのだが。
自慢ではないが、通学途中で困ってる人を助けまくった結果授業に間に合わず、出席日数が足りずにお情けで卒業させてもらった。当然授業なんてまともに受けてない。もちろん反省も後悔もしていない。人助けバンザイ。
「ま、タスク学なんて哲学とか心理学に片足突っ込んでるし、キョーミないよねぇ」
私もキラーイ、と吐き捨てるように言って、枢さんは説明を続けた。
「んで、定義能ってのは文字通り『タスクの効果範囲を定義する能力』のこと。ようするにどれだけ直感的にタスクを行使できるかってことだね――私のタスクなんかは輝力低めだけど、この定義能がバカ高いわけ」
どんなものでも手を触れずに動かせる能力は結構ありふれていて、それと比べると地味であることは否定できない枢さんの能力であるが、確かに繊細さはすさまじかった。全身火傷から無傷になった謎の技が印象に残っているが、鉄球の操作も精密極まりないものだった。更にはタスクの発動中、枢さんの両手はだらりと垂れ下がったままだったのだ。
ククリがバリアを張る直前に手を前に突き出していたり、癒浦さんが刺した針に掌をかざしていたり……タスクの発動に「手」が関与してくるのはよくあることだ。最も身近で最も使い慣れた身体の部位であるからだろう。
しかし手を動かすということは予備動作からタスクの発動を悟られるということでもある。ゆえに熟練者になればなるほどその動作を小さくするようにするらしいが……枢さんは指一本動かさずに複数の鉄球を操っていた。それは要するに定義能がとても高いということになるのだろう。
「直感的……ですか。今も十分直感的に出来てる気がするんですけど」
「でも紗芽ちゃんのタスクって――手で触らないと使えないんだよねぇ」
「あ――」
確かに、言われて初めて気付いたことだが私の能力は手を触れなければ使えない。産まれてこの方、手で触れることでしか能力を使ってこなかったし、それが当たり前すぎて手以外で発動しようなんて考えたことがなかった。
「例えば足で。髪で。唾液で。息で。……能力を使えないとは限らない。実際血液や息を媒介して発動する能力もよくある」
手で触れなければならないことが足枷になることは、メメとの戦いで「消える火」を目の当たりにして痛感した。敵の攻撃が見えなくなるだけで急激に対応力が無くなってしまうのだ。
「もし……意識せずに全身どこでも、触れた『異常』を通常化できるとしたら……対タスクにおいて無敵の防御になるかもしれないね」
「でも、定義能を上げるって言ったって――そんなことができるんですか?」
「簡単じゃないけど……輝力を上げるよりは断然可能性あるかな。輝力上げようと思ったら5回ぐらい死なないといけないから」
死ぬような訓練の間違いでは――と言いそうになったが、枢さんの顔がいつものふざけ顔ではないあたり、本当に5回死ななくてはならないらしい。どういうこった。
「わかりました。死ぬのはヤなので、その定義能とやらを上げる訓練をします。……で、具体的には何を?」
「方法は結構あるけど、ウチも人手不足だし……荒療治になるけど、半月ぐらいでモノにしてほしいかな」
「半月で? そんなこと出来るんですか? 相当厳しいんじゃ……」
「そうだね、3回ぐらいは死ななきゃいけないかな」
その台詞を聞いて、私は安堵した。いや、正確には枢さんのふざけ顔に、であるけれども。
「死なずにもっと人助けできるようになるなら、願ってもないですね」
とりあえず今は力が欲しい。私の『正義』を実現できるだけの力が。そのためには死ねないが、死にかける程度で強くなれるって言うなら本望だった。
***
「――やっぱり崖登りとか滝下りとかさせられるんじゃないですか!」
枢さんに連れられて私がやってきたのは1stの別館――私が寝泊まりしている北館や受付のある本館からは数km離れている――の地下にある訓練施設だった。ボルダリングの壁や飛び石なんかのアスレチックめいたものがひしめき合っているが、巨大な鉄扉に遮られてその奥を窺うことはできない。地上にある別館よりも面積的には大きそうな施設だった。
「……紗芽ちゃん、定義能どうこう以前に基礎体力もダメダメだし、ついでにこっちも鍛えちゃおうと思って」
真正面からダメダメと言われて少しだけショックを受ける。自分でも入団審査に合格したことに疑問を抱いてはいたが、まさか合格してからダメ出しを喰らうとは。
「これを半月でクリアしろって言うんなら、私を買いかぶりすぎだと思いますけど……」
自慢じゃないが、基礎的な身体作りならいざ知らず、格闘技や体操の経験はほぼない。興味はあったが、筋トレやランニングで手一杯だった。そのうえ鉄扉の向こうが施設のゴールである確証も持てないし。
「えぇっと……2つ、間違ってるかな」
枢さんは両手でダブルピースを作って顔の横に持ってくる。それだと4つにならないだろうか。
「まず、これに半月もかけてもらっちゃ困る。3日――それがタイムリミットだよ」
3日……?? 半月でどうにかするって話だったはずだけど、3日??
「3週間の間違いではなく……?」
「それから、普通にクリアしてもらうだけじゃない」
私のツッコミを無視して枢さんはそう言うと、顔の横に挙げた手を幽霊のようにブラブラと揺らして続けた。
「両手を使わずに、やってもらう」
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