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第十一話 シャネルの5番でモニコして

「で、身元は?」



「不明です。少なくとも戸籍や、防犯カメラに映った姿などは見当たりませんでした」



「少なくともって……それがないんじゃどうしようも無いよねぇ」



「紗芽さんによると『仲間』と発言していたらしいので、おそらくは何らかの組織に属していたものと思われますが……」



「まぁ、だろうね。ソロであそこまでやるのは不可能だろう。通り魔的な犯行ならまだしも、相手は2人の事を知っていたんだろう?」



「えぇ、紗芽さんによると2人の名前、そして恐らくは能力も知られているようでした」



「秘匿されているギルドメンバーの能力……それも入団して間もない新人ちゃんのそれを知っていたとなると、スパイ……なら良いんだけどね。首根っこ捕まえて癒浦に調べさせればいいから。もしスパイが見つからなかったら、なんらかの組織――最低でもかなりやり手の情報屋と通じてでもいなければ辻褄が合わないね。敵対している組織なんて数えだしたらキリがないし、虱潰しは現実的じゃないか……ここ数年で起こった不審な火災については?」



「そちらも調査中ですが……能力による火災とそうでないものの区別は困難ですし、望みは薄いかと」



「ん〜……つまりはなんにも分からんってことね……参ったなぁ。なんで殺しちゃったかなぁ枢……生け捕りにすれば情報抜きたい放題だったのに」



「どれだけ厳重に拘束しても――というよりすればするほど脱走のリスクが上がるようなタスクだったので、やむを得ず、とのことでした」



 虫が集りそうなほど彩度の高い青髪をボリボリと掻きむしりながら、"1st"のリーダー、フェ=リリオはため息をついた。会議室には重苦しい空気が渦巻き、吐かれた息は足元に沈殿している。対面するのは秘書のエナ=ブラウィン。柔らかな微笑みを浮かべてはいるものの、それが彼の基本の表情であることと、眉尻が下がっていることから推測するに、あまり喜ばしい状況ではないらしい。二人では持て余し気味の団長室で議論されていたのは、ククリと紗芽を襲った謎の人物についてであった。



「彼ら――仮に団体であるとします――がククリさんと紗芽さんを標的としているのであれば、今後も襲撃は続くと思われますけど……」



「だからって部屋に籠もってもらうわけにもいかないし……こうなったら自分の身ぐらいは守れるようになってもらわないとだね。ククリはいいとして紗芽の方は、とりあえず一人前に動けるようになるまでは柩に教えてもらおう。そこから先はまた適任が居そうだし。ところでやっぱりあの2人でチーム組むならもう1人欲しいよねぇ?」



「集団行動の基本は三人一組(スリーマンセル)ですもんね。……ということはやっぱりあの子ですか?」



 『あの子』という単語を聞いてリリオは上体を背もたれに預けると、息を吐きながら大きく後ろに仰け反った。



「そうなる、かぁ〜……。う〜ん、2人にアイツが制御しきれるか、ってところが問題なんだけど」



「きっと大丈夫ですよ。年齢も近そうですし、なによりフェリさんのお墨付きですよね、あの子は」



「札付き、の間違いじゃない? でも、現状それしかないか。本格的に任務に参加してもらうようになるまでには、こっちもなんとか教育しておくさ」



「では一先ず紗芽さんには柩さん付き添いの下、基本的な任務をこなしてもらうようにします。ククリさんは体調が回復次第、担当指導者の割当を」



「うん、よろしくね。いつもありがとう、感謝してる」



「もう、ほんとに調子が良いんですから」



 リリオが微笑みながら席を立つと、エナは前が見えているのか怪しい細い目を少しだけ大きく開くと、儚げに笑った。




 * * *


 


 身体が重い。頭が痛い。瞼が開かない。ぶ厚い遮光カーテンによって日光の届かない部屋のベッドの上で私は横になっていた。セットしたままになっていた沢山の目覚まし時計に起こされ、しかしそれを止めることすらできずに呆然としていた。午前七時に目覚まし時計が鳴ってから四、五時間は経過しているような気もするが、それを確認するために時計に目を向けることすらできない。己の無力さに押しつぶされていると、インターホンが鳴った。当然のことながら応対をする気は起きなかった。



 ……かれこれ十分以上無視し続けているのだが、インターホンを鳴らしたりドアをノックしたり「紗芽ちゃ~ん」と猫撫で声で呼びかけたりしてくる。目覚まし時計は数分ほど放置していれば鳴り止んだが、この人の場合はそうもいかなさそうだった。



「…………ぅ」



 意を決してベッドから転げ落ちるように抜け出し、重い脚を引きずって玄関へと歩いていく。ドアノブをひねる直前に「もうお昼すぎてるよ~? 早く起きなきゃこの『一日十個限定!デラックス3倍生クリームメロンパン』食べちゃうよ~?」などと宣う声が聞こえた。後に思えば、このまま開けるとおおよそ寝起きに食べるべきではなさそうな菓子パンに釣られた馬鹿だと思われそうなのが癪だが、今はそんなことを考えられるほど余裕はなく、そのまま扉を押す。



 扉の向こうには枢さんが立っていた。廊下の窓から差し込む光で輝いている蛍光ペンのような黄緑色の髪は、フェ=リリオの髪色と併せて初めて見た人に「ここの地安はまぶしい髪色が流行りなんだなぁ」と勘違いさせるだけの異彩を――文字通りの意味で――放っている。



「おはよ〜、元気?」



「……に、見えますか」



「見えないけど〜、元気になってもらわなくちゃ困るんだよね」



 軽薄そうな笑みを浮かべる枢さんを見ていると、少しずつ頭が冴えてきた。と同時に、自らに対する呆れと失望、諦めと後悔の念が湧き出してくる。



「私、何もできませんでした」



「うん、そうだね」



「ククリと枢さんがいなければ死んでました」



「だろうねぇ」



「……私は、駄目な人間です。理想ばっかり高くて現実は追いついてこない。私は1stで働くべきじゃない人間なんだって、分かりました」



「…………あのねぇ、紗芽ちゃん」



 枢さんは私の両肩に手を置くと腰を折り曲げて、うつむく私をさらに下から見上げて言った。



「自己憐憫ほど唾棄すべき感情は存在しないよ」



「っ…………」



 その冷たい声色と軽蔑の眼差しに、背筋が凍りつく。心臓の鼓動が急速に速まるのを感じた。



「何もできなかった? 何もするべきじゃない人間? そんなことを考えて落ち込んでいられるなんて、一体どんな平和で満ち足りた世界で生きてきたんだい? 自分の傷口を自分で舐めて、可哀想な自分に陶酔するのは止めな」



「そんなことっ……」



 咄嗟に反論しようとしたが、続く言葉は出てこなかった。一から十までおっしゃる通りの大正論だったからだ。恥ずかしさと悔しさで目の前が滲んでいく。



「何もできないからこの仕事を辞めたいって言うなら大いに結構。誰も止めはしないよ。――でも君が何もできないままで居続けたせいで、笑顔を失うことになる人間が、これからの君の人生で増え続けるっていうことを肝に銘じておいてほしいね」



 枢さんは突き放すようにそう言った後、僅かに視線を下へ向け、続けた。



「それが、一度でも人の笑顔を守ると決めた者に付きまとう呪縛なんだよ」



 その声はとても平坦で、なぜか少しだけ自虐的だった。



「紗芽ちゃんは……どうするの? 理想を見つめて現実を嘆くのかい? それとも、理想を捨てて現実との折り合いをつける?」



「私は――」



 私は。誰かの笑顔を守りたい。もうククリにも枢さんにも、傷ついてほしくはない。全てなんて大それたことを言う自信はないけど、せめてこの手の届く範囲の世界が、平和であってほしい。それが私なりの()()なのだから。



「私は、私の理想を曲げたくはありません。でも、現実を見捨てたくもありません!」



 枢さんは上目遣いのまま、駄々をこねる子供を親のように優しく微笑んだ。



「だから私は理想を叶えるだけの力が欲しいです。現実を捻じ曲げられる力が欲しいです! ――どうすれば、その力が手に入りますか」



「紗芽ちゃん――」



「――めちゃくちゃ頑張る覚悟、できてるぅ?」



 枢さんは、いつもの頼りなさそうな表情で、そう言った。

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