DAY1-3
夏木聖那。彼女はつい最近エレメンタルに入ったばかりの子だ。美鈴ちゃんと比べるととても女子らしい女子。そんな子だった。要は普通の女の子。そんな感じだと思う。
「遅くなってすみません」
夏木さんはそう言うとイーストボーイのスクールバッグを肩から降ろした。そして前髪を掻き上げると声にならない声でため息を吐いた。その様子から察するに余程急いで来たようだ。おそらくエレメンタルの営業時間を気にしてくれたのだろう。この子はこういう気遣いができる子なのだ。育ちが良くて頭が良い。それは彼女通う学校が成田城東高校という印旛地域随一の進学校であることからも窺える。
逆に美鈴ちゃんはがさつに見られがちな女の子だった。ボーイッシュである意味暴力的。ぱっと見はそんな子だと思う。まぁ実際は……。夏木さん以上に女子女子した一面もあるのだけれど。
「お疲れ! いやぁ聖那ごめんね。急だったから急がせちゃったよね?」
「お疲れ様です。ううん。大丈夫だよ。私も諏訪さんに相談したいことあったから助かったよ」
「あーね。なら良かったよ」
準備をする私の横で二人はそんな会話をしていた。タイプは違うけれどこの二人は気が合うのだ。たぶんこの関係性は私とバネちゃんのそれに近いと思う。
「では……。準備できたので始めましょうか」
そんな二人に私は事務的な口調でそう伝えた。二人はそれに「はーい」と仲良くハモりながら返事した――。
その後。私たちは週末興行について一時間ほど打ち合わせした。どうにか今週末には間に合わせなければ。全員がそう思って詳細を決めていった。……と言っても決めること自体はそこまで多くはない。あくまで今いるメンバーの舞台上での立ち回りや台詞回しの調整だけだ。
「――んじゃアレだね。台詞自体は削るだけでOKかな?」
一通り打ち合わせが終わると美鈴ちゃんにそう聞かれた。私はそれに「ですね」と軽く返した。これで問題無いはずだ。公演時間にはある程度余裕を持たせているし、台詞を数行削ったくらいではそこまで大きな変化はないと思う。
「それにしてもすごいですね……。諏訪さんの台本って台詞削ってもそこまで違和感ないです」
不意に夏木さんがそう呟いた。おそらく彼女はもっと大きな改変があると思っていたのだと思う。
「そうですねぇ。一応は最初にシナリオ組むときにシーンごとにタイムライン分けてますからね。だから余白削るだけで時間調整は割と簡単なんですよ。あとは……。逆に台詞を増やして時間伸ばしたりもできます。そうしないとクライアントの指定した時間に合わないですからね」
「ふぇ。すごい……。諏訪さんって文才あるんですね」
「……ありがとうございます。ちょこっとだけ文芸が得意なだけですがそう言って貰えて嬉しいです」
そう。私は昔から文芸……。特に脚本書きが得意なのだ。もちろん商業出版したり、テレビ局で採用されたりするレベルではないけれど、こうして小規模公演の舞台設定程度なら難なく書けると自負している。
「ほんと麗子さんは多彩だよねー。シナリオ書けるじゃん。あとはパソコン使えるじゃーん。そんで演技もできるんだからすげーよマジで」
「フフフ。ま、そこまで大したことはできませんけどね。あともう演技はできませんよ? 一〇代で役者は辞めたので」
「ふーん。そっか。なんか勿体ねーよね。麗子さんなら女優復帰だってできそうなのにさ」
美鈴ちゃんはそう言うと事務所の給湯室に向かった。そして「麦茶貰うよー」と言った。まるで自宅みたいな態度だな。そう感じる。
「あの諏訪さん?」
そうこうしていると今度は夏木さんに呼ばれた。
「はい? 何でしょう?」
「あのぉ。失礼ですが何でこんなにカップうどんがあるんですか?」
夏木さんはそう言うとチラッと詰まれたカップきつねうどんに視線を向けた。私はそれに「貰い物です」と軽く返した。なぜカップきつねうどんがあるのか。その理由は答えない。
「夏木さんも良かったらカップうどん持ち帰ってくださいね。私一人では食べきれないので」
「……ありがとうございます」
夏木さんはそう返すと再びカップきつねうどんの段ボールに視線を向けた。その目はまるで動物園のライオンの檻にライオンのぬいぐるみだけが置かれているのを見たときみたいに訝しんだものだった――。