DAY0ー3
『夜分失礼します。こちら諏訪麗子さんの番号でお間違いないでしょうか?』
私が電話に出るとそんな声が聞こえた。懐かしい声だ。少し大人びたけれど椎名さんで間違いないと思う。
「はい。そうです」
『……こんばんは。麗子ちゃん久しぶり。ごめんなさいね。遅くに』
椎名さんは落ち着いた声でそう言うと一瞬間を置いた。そして『あのね』と続ける。
『ちょっと会って話したいことがあるの。できたら近いうちに』
「……ちょっと待ってね。えーと」
私はそう答えるとバッグからスケジュール帳を取り出した。そして火曜日が今日の代休であることを確認すると「火曜なら空いてるけど」と答える。
『火曜ね……。うん! 大丈夫。こっちも空いてる。ごめんね。急で』
椎名さんは再び謝ると『少しでも早いほうが良かったから助かるわ』と続けた。穏やかな口調だ。やはり数年前より随分と大人っぽくなったように感じる。
「それで……。どこで待ち合わせしようか?」
『うーん。そうだね。……じゃあお昼に水道橋のラクーアにしましょう。前に天音ちゃんたちと行ったお店』
「分かった。じゃあその時間にラクーア行くね」
『うん。よろしくね。あと……。ありがとね、断らないでくれて。すごく嬉しいよ』
椎名さんはそう言うと『フフッ』と可愛らしく笑った。おそらく彼女は私が適当な理由をつけて断ると思っていたのだ。まぁ……。過去にあったことを考えるとそう考えるのも不思議ではないけれど。
「いえいえ。それじゃ楽しみにしてるね」
『うん! じゃあ火曜に』
椎名さんは私の言葉にそれだけ返した。そして間を置かず電話口から彼女の声が消えた――。
電話が終わると私は妙に心細くなった。健が帰ったときのような寂しさからではない。どちらかというと苦手な誰かに会う。その感覚に近いと思う。たぶん私は椎名さんが苦手なのだ。苦手……。言い得て妙な表現だ。そこには嫌いという感覚はあまりないように思う。
それから私はサイドボードから薄いアルバムを取り出した。そしてそれをペラペラ捲った。八年前の私の記録。こうしてこれを開くのは随分と久しぶりだ。
「天音ちゃん」
アルバムを数ページ捲ると私の口からは意図せずその名前がこぼれた。こうして彼女の名前を呼んだのは何年ぶりだろう。そんなことを思った。